人々が行き交う歌舞伎町の大通りでもやはり、銀髪の男はよく目につく。
これは好都合、そう思うのはたった今買物を済ませたばかりの妙であり、両腕にさげられたスーパーの袋はガサリと音を立てた。女一人で持つには重いと思っていたのだ。
普段ならすぐにでも声をかけて、袋の一つや二つでも持ってもらうところである。しかし、そこに居るのが銀時ひとりであったらの話だった。銀時のかたわらには若い女がひとり。
この男にしては珍しい、と妙は思う。いや、ひょっとすると実は珍しくないのだろうか。周りにはろくな女がいやしないと、日頃から嘆く男の言葉を鵜呑みにしていただけで。妙が知らない場所では銀時という男は案外うまいことやっていたのやも知れない。

(だからと言って、なんだという話だけれど。)

男がいつどこで爛れた逢瀬をしようが合体しようがどうでもいい。どうか弟に悪い影響を与えてくれるな、妙が懸念することはそれぐらいだ。
銀時の前に立つ若い女は、恋をする目とでも言ったらいいか、そういう目をしている。遠目からでもよくわかった。彼女の邪魔をしてはいけない、そうして妙が立ち退こうとするも、ひねくれた天然パーマがひょっこり人混みから飛び出したかと思えば、目が合ってしまった。女の方へと一言二言を告げ、銀時はこちらへやって来る。シッシッと手の平で払い除けてやれたらよかったが生憎と妙の両手は塞がっている。
女の顔が名残惜しそうに見えたのはきっと、気のせいではないだろう。
罪なおひとだわと、妙が呟くも、銀時は首を傾げるだけであった。

「いま帰るとこか」
「ええ、買物の帰りで。それで、せっかく近くまで来たんだから万事屋に顔を出しに行こうと思って」

相槌だけを返して妙と共に歩き出す銀時は、なにも言わないが万事屋へ帰るのだろう。その証拠にお互いの爪先が揃う。荷物持ちを頼むタイミングは逃してしまった気がして、妙の両手は塞がったままとなった。

「勿体ないことをしましたね」

銀時に話したいことと言えば山ほどある。仕事はないのか、弟や妹分の少女はどうしているかと話題は尽きない。しかし今ばかりは別の話を持ち込まずにはいられないのだった。銀時が怪訝そうな面持ちで妙をうかがってくる。

「さっきのあの娘、銀さんに気がありましたよ」
「ほォ」

伊達にお水やってませんもの、オンナの勘というやつですよ、と、確信づけた理由を述べてやれば、銀時はにやにやと厭味ったらしい顔になった。どういう意図があってか、ふざけた表情は妙に向けられている。
自分を好いた女がいると聞いて、鈍感なこの男は驚きのひとつでも見せるだろうと思っていたのに。ずいぶん余裕のある顔をするので、妙にはそれが癪に障った。むきになって、じゃあ、と言葉尻を強める。

「あの方の連絡先は知ってるんですか」
「んなもん知らねェよ、仕事相手でもあるまいし」
「依頼人だったんじゃないんですか」
「いや、さっきそこで」

首だけを曲げて銀時が後方を振り返り、若い女が立っていた道端を指差す。「あのねーちゃんが変なのに絡まれててよ」助けた、なんともない顔で銀時は言う。男が、困っている者がいたら手を差し伸べずにはいられない性であるのは妙も知っている。自分も助けてもらった。誰かを助けるなんて難しいことだ、銀時はいとも簡単にやってのけるけれど。
自分は兎も角、助けられて惚れる女もいただろう、あの女のように。訪れる好意に気づくことなく男が逃してきた女は多かったろう。そこまで思考が巡った先で、妙の唇から溜息がこぼれる。

「いいんですか」
「何がだよ」
「いいんですか追いかけなくて」
「はいぃ?」
「あの子を追いかけて連絡先でも何なり聞いたらいいじゃありませんか」
「いやいやいや、さっきから意味わかんねーよ、なんなの、俺をどうしたいのお前」
「私はただ、チャンスを無下にしているのが許せないだけです」

不意にぴたりと銀時が歩みを止めたので、妙の足も止まった。後ろ手に頭を掻いて、銀時は何事かを言いたげに妙を見つめてくる。表情から察するに、面倒くさいものでも相手にした気でいるらしい。銀時の顔を見れば見るほど、むくむくと、言い知れないものが妙の喉奥でわだかまっていく。どうにも腹が立ってしかたない。

「つまりお前は、追いかけてほしいのか」
「え?」
「お前は俺に、あの女を追いかけて欲しいってことか」

銀時の言葉は、どこまでもまっすぐに妙に突き刺さるのだった。(そうじゃなくて、そうじゃないんですよ。)

「いえ、私はあなたのためを思って言ってるんですよ何か勘違いをしてなさるみたいですけど」

早口に捲くし立てる言葉は、呆れの感情を含んだ目で妙を見やってくる銀時にはたいして効き目がないように思われた。妙自身、お節介にもほどがある、自分はどうしてこの男に女を追わせたいのかと疑問に思い始めていたからどうしようもない。これでは負け戦だ。
悶々と思考する妙をよそに、銀時はボソリと続けるのである。

「いいのか」
「いいって、なにがです」
「俺が追いかけてお前はいいのか」

どうして私の許可を得る必要があるのか、勝手にすればいいではないか。と言いつつも、妙は追いかけろと言っている。矛盾であることに気付いたのはあとになってからだ。
男があの女を追いかけたならば、と考えながら、妙は両手のビニール袋ふたつを一瞥する。自分は銀時の背中を見送って、荷物は一人で持って万事屋へ行くのだろう。そこまで考えたところで妙はふと気付くのだ。(ああ、それは、)

「…やっぱり、だめ、です」

ようやく搾り出した声は小さい。無意識に荷物の取っ手を力いっぱい握りしめていたせいで、手のひらは熱を持ってつよく痛んだ。

「女ってのはよくわかんねーな」

銀時は妙の言葉を予測していたようにそう呟く。妙は聞こえないふりをした。頭の中では、たった今気付いたことがぐるぐると回っている。自分は馬鹿だろう、本当にそう思う。
あいかわらず銀時は妙の前に佇んでいた。その場にまだいてくれている。そこに安堵する自分がいることに、妙はこの気付きを確信している。

(自分はただ、否定がほしかっただけなのだろう)
(女を追いかけることなく、こうして自分の元に留まってほしかった)

自覚したら、いままで銀時を女の元へと行かせようとしていた自分がとんでもない馬鹿であることに気づかされて恥ずかしい。自分は元より、この男を突き放すつもりも、諦めるつもりもなかったのだ。
頭を俯けてうなだれる妙を見やり、もうそんなこと言うんじゃない、そう言い聞かせるように銀時は言う。

「なら、早く帰んぞ」

はい、と妙が返事をするよりも早く。横からするりと妙のより幾らも頼りがいのある腕が伸びてきて、あっという間に袋のひとつを持っていく。ふたたび二人は横に並ぶ。妙をなだめるように、銀時の歩幅はゆるやかだ。
そうして、自分がしてほしかったことをいとも簡単にしてしまう男が、妙にはとてつもなく憎らしくて、こいしくて仕方ない。



俺が好きなんだっていい加減気付けばいいのにね
title  cabriole

≫シズカさん
長らくお待たせしてしまってすみません。モテモテとはちょっと違う話になってしまったかもしれません。お妙さんの片思いはあまり書かないので新鮮な気持ちになれました。企画参加ありがとうございました!


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