「あんな人より、土方さんを好きになってしまおうかしら」

噎せた。「ゲホッゲホッ」大きく咳き込んで背を丸める。と、拍子に咥えていた煙草が手の甲にぽろりと落ちて火傷するわ、オマケに残っていた半分は地面に取り落としてしまうわで散々な目に遭う。
まあ大丈夫ですか。まるで他人事のように隣人が穏やかな声をかけてくる。今のはあんたのせいだと、ギリリと睨み上げてやるけれど、相手が怯んでくれる気配はない。当たり前である。煙が目に染みた土方の目は涙目だった。

「…あんた、アホか。冗談でもンなこと言うんじゃねェよ」
「あら、結構本気で言ったんですよ」
「余計タチ悪いわ!」

勘弁してくれと振り払う。眉間に刻まれる皺が深くなる思いだった。
涙の引いた目で土方がもう一度睨みを利かせるよりも先に、「庭にゴミを捨てないで下さい」と妙の方から咎められてしまう。ぐっと堪えて、黙って拾う。この女相手だとどうも土方は調子が狂う。
拾い上げた煙草を携帯灰皿に放り込み、隊服にしまいこむついでに、視線を志村家の庭のあちこちへ飛ばす。この縁側からの景色は庭全体が見渡せるからいい。
ストーカー癖のある上司を探して志村家を訪れた土方だが、今探しているのはそちらではない。
つい数刻前、この場所から立ち去った男がいる。実はまだ近くの植え込みだとかに隠れていた男が、今の妙の台詞を聞いていないかという懸念が土方にはあった。幸い、見渡してみたが庭には誰一人、ゴリラ一匹の気配もない。

「お妙さん」
「はい」
「あんた、どうするんだ」

まさか本気で土方を好きになるわけがあるまい。土方自身そんなフラグを建てた覚えもない。
「どうするも何も、ね?」妙が困ったように続ける。

「何もするつもりはありませんよ。少なくとも、私から謝るのは御免だわ。だって私、悪いことしたつもりはないもの」

勝手にあっちが勘違いしていっただけでしょう。それが妙の言い分であった。土方もそれに同意である。
土方はただ、上司を探しに来ただけの話だ。肩が触れ合う距離に近づいたのは、妙の肩に虫がとまったからで。妙が土方の手に触れたのは、捕まえた虫を覗き込もうとしたからで。そこに銀時が現れて勝手な勘違いをしたのがいけない。

「あんにゃろ、ちっとは事情を聞けってんだ」
「面倒くさい人でしょう、あの人」

あれを面倒くさいの一言で済ませてしまうのか! と、土方は呆れて口が塞がらない。そういえば以前、上司が彼女のことを菩薩だなんだのと言っていたことがあった。あながち間違っていないなと土方は素直に思った。
それに比べて、近距離にいた妙と土方の姿を認めただけで、わあわあ囃し立て去って行った、いけ好かないあの男ときたら。

(ああいいよ邪魔もんは退散すっからお前らは仲良くこのまま乳くり合えばいいじゃねーの、べっつにィ俺はァ、お二人さんがどこでイチャつこうが関係ないし? 俺はアレだから。雇用主と従業員の姉だっていうだけでそういう愛の劇場的な? ドメスティックバイオレンス? そういうのはなんも期待してないからね。むしろ願い下げだから。うん全然羨ましくねえし)

とか何とか、呼び止める妙の声も聞かず銀時は何処かへ逃げ去ってしまった。
そそくさと消えた銀時の様を思い返して、土方はそっと溜め息を吐く。三十路間際の男の癖して、言い逃げとは情けがない。拗ねた子供のような真似。

「さっきも言いましたけどね、あんな面倒くさい人より、土方さんみたいな人を好きになっていれば良かったとも思います。ちょっとはマシそうだもの」
「マシって何だ」

言い方ってもんがあるだろうが。あとその言い方だとまるで俺も面倒くさいようではないか。あんなのと一緒にしないでくれ。土方が不満を挟むが妙は何も言わない。
そうして初めて気付くのであった。女の視線は先程からずっと庭を向いている。(どうやら、)
畳んだ膝の上に固く握った拳を乗っけて、妙はぶん殴る相手が戻ってくるのを今か今かと待っているらしい。土方にしてみれば拍子抜けであった。(なんだかんだ言っておきながら、銀時が戻ってくるのを信じているらしい。)

「後悔してねえならいいじゃねえか」
「……」
「悩んでも仕方ねえさ。あんたは、あの男を選んじまったんだ」

ええ心得てますよ、と、悔しげに、それでいて嬉しそうに。
私はあのまるでダメなお侍さんを好きになってしまったのよ、と、声は弾んでいる。
つまるところ、所詮は惚れ気であったのかも知れぬ。面倒くさい人だの、土方を好きになるだの言っていたアレも。
お互い好き合ってんならさっさとくっついちまえばいい、こんな馬鹿らしいことにもう俺を付き合わせてくれるな。ああやってられねえと、土方は立ち上がる。
土方さん、後ろから呼び止める声には振り返らない。

「そろそろ戻らせてもらうとするわお妙さん、俺は仕事があるんでな」

ああそうだ近藤さんを見かけたら殺さずに居場所を教えてくれ、捕獲は有りですか、有りだ。手短なやり取りをして、土方が立ち去ろうとしたときであった。

「言伝を頼めますか」

背中に声がかかる。仕事があると、今言ったばかりだろう。土方は顰め面を隠そうとしもしなかったが、背中を向けているので妙には見えていまい。

「言伝と言っても、一声かけてくれるだけでいいのよ。ええ、たぶん今ならまだ、近くをほっつき歩いていると思いますから」

土方が振り向きもせず、うんと頷きもしない内に、妙はさっさと話を続けてしまう。無言を肯定と都合良く受け取るこの図々しさは、あの男とよく似ている。

「言伝って、あの馬鹿にか」
「ええ。あの、どうしようもない馬鹿に」

自分で伝えに行けと、そう言えたらどんなにいいか。
もう一度、土方さんと呼び掛けられて、観念した土方が振り返ると、断ったらどうなるか分かってるだろうなと言わんばかりの目をした女が笑っていた。分かった、わあったよ。伝えてやろうじゃないか。土方は自棄気味に返事をした。
銀時が土方と妙の仲を勘違いしたのはほとんど奴の責任だろう。しかし、土方に否がないわけでもないのだ。

「何を伝えりゃいいんだ」
「今ならまだ、ハーゲンダッツ百個で許してあげます、と」

そう伝えてくださるかしら。縁側から庭の方をぐるりと見渡した後、妙が土方を真っ直ぐに見据える。恐ろしい女を口説いちまったものだと、銀時に向けてほんの少しだけ同情を感じながら、ああ分かったと返事をする。

「それを伝えりゃいいんだな」
「あともう一つ」

なんだまだあんのか、早く言えと土方が言伝の続きを急かすと、何事もないように、妙が口を開く。

「私は、あなた以外と乳くり合ったりするつもりはありませんから。そう伝えてくださいな」

ポカンと口を開いたまま閉められなくなった土方だが、そういや乳くり合うとか言っていたなと思い出して、どうにも堪えきれず、笑ってしまった。

「……お妙さん、それはあんたから言ってやってくれ」
「どうして?」

妙は、子供が不思議なものを見るときの純粋な目をしてみせるから面白い。妙は本気で言っているらしかった。
土方が銀時相手にその台詞を吐いたところで、お互い気分を悪くするだけだろう、そう言ってやれば、確かにそうでしょうねえと妙は快活に笑った。

「それじゃあ頼みましたよ、百個ですからね」

要らない念を押されて、土方はようやく歩き出すことが出来る。
門を出る直前に振り返ると、縁側から廊下を伝って玄関にまで出てきた妙が、手を振っていた。
人の都合を考えず物事を頼む所などは可愛げなんてものは全くない、けれど。こうやって律儀に手を振りながら送り出して微笑んでいる姿だとか、頼んだ言伝は少しだけ、可愛げがあるなと思う。本当に、少しだけではあるが。
なるほど、あの男はこのギャップにやられたわけか。なんて勝手に納得してから、土方はちいさくだがしっかりと手を振り返してやった。



憎めない女


≫ななさん
この度は企画参加ありがとうございました!楽しく書いていたら頂いたリクエストとはかなりかけ離れた内容になってしまいました申し訳ありません…!愛だけはたっぷり込めたつもりです!素敵なリクエストをありがとうございました(^^)


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