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過ちは去るものだと思っていた


 親睦会は和気あいあいと始まり、滞りなく終了した。大学生独特のノリってもんがわからないまま出席するから、面倒臭い絡み方をされたら嫌だなあと密かに思っていたが、どうやら俺は人との出会いに恵まれているらしい。親睦会に出席したメンバーは、誰一人として悪酔いしたり無駄にお酒を飲めと押し付けてきたりしなかったのだ。担当の教授も、第一印象通り緩くて気さくで「適度に頑張ろうな〜」というタイプだったので安心した。
 残る問題は、彼女との今後についてだけ。問題というほど大袈裟なことではないのかもしれないが、俺にとっては人生の分岐点と言っても過言ではない。それほど彼女は特別な存在だった。

「結局、俺のこと覚えてるんですかね?」
「覚えてないって言ったらどうするの?」

 親睦会終了後、同じ方面に帰るのが俺と彼女だけだったから、必然的に二人きりで帰ることになった。これもまた偶然。俺たちには偶然を引き寄せてしまう力があるのかもしれない。
 その帰り道、俺は講義室で投げかけたのと同じ確認をして、彼女もまた、それに対して同じ返事をしてきた。まあ予想していた展開ではあるので、次に何を言うかはもう決めてあるのだが。

「覚えてないなら思い出してもらおうかな」
「どうやって?」
「今から時間ある?」
「今から?」
「俺に付き合ってよ、名前さん」

 その言葉に強制力はない。だから彼女が「嫌だ」と拒絶すれば、この話はこれで終わり。今後、彼女とは何の進展もなく、ただの同じゼミに属する先輩後輩として、よそよそしく過ごすことになるのだろう。
 しかし俺には、何の根拠もないのに自信があった。彼女は俺に着いて来てくれるという自信が。それは自分が好かれているからという自惚れからくるものではない。名字名前という女性が自分の欲望に忠実であることを知っているから、その忠実さに賭けただけだ。そして彼女は、俺の期待を裏切らない。
 彼女は「わかった」とも「いいよ」とも言わなかったが、その代わりに「嫌だ」とも「帰る」とも言わず、俺が歩き出すのを待っていた。つまり、俺に付き合ってくれる、と解釈して良いのだろう。
 ゆっくりと歩き出した俺の後を、ゆっくりと着いて来る彼女の気配を背中に感じる。普通なら「どこに行くの?」と尋ねてきてもいいところなのに、彼女は無言で大人しく着いて来るだけ。従順なのか何も考えていないだけなのか。恐らく後者だろうが、彼女は馬鹿ではないから、考えなしというわけではないと思う。
 きっとこれから先の展開を、ある程度は予想できている。その上で、大人しく着いて来てくれているに違いない。彼女は俺よりも年上で、ずっとずっと余裕があるはずだから。

「着いた」
「ここ?」
「そう。お察しの通り俺んちです」
「本気?」
「本気じゃないと連れて来ないでしょ」

 十分少々歩いて辿り着いたのは、めちゃくちゃ綺麗というわけではないが、みすぼらしいというわけでもない、いたって普通のアパートの前。この春から一人暮らしを始めたばかりの俺の家の前だった。
 なんとなく察していたのかもしれないが、まさか本当に家に連れて来られるとまでは思っていなかったのだろう。彼女は少しだけ躊躇う素振りを見せた。もしかしたらそれは演技なのかもしれないが、俺にとっては本気で躊躇っていようが演技だろうが、どちらでも良かった。

「ここまで来たのに帰っちゃう?」
「根に持ってるんだ? あの時のこと」
「俺のこと、思い出してくれた?」
「私が忘れてないってことわかってるでしょ、黒尾くん」

 わかってないよ、って、わかりやすく嘘を吐く。駆け引きがしたいわけじゃない。ただ、もう一度その熱を感じたかった。だからどうしても引き摺り込みたかった。自分のテリトリーに。
 ポケットから鍵を取り出して扉を開ける。どうする? って口には出さず視線だけで尋ねてみれば、彼女は少しだけ迷ってから一歩を踏み出した。二歩、三歩と近付いてきて、とうとう扉の前まで来てくれたところで、どうぞ、と招き入れる。
 あとは簡単。バタンと扉が閉まったら素早く彼女の両手を片手で頭の上に拘束して、顔を近付ける。普通なら怯えてしまうはずなのに、彼女の瞳は揺らぐどころか俺を誘うように熱を帯びていた。
 不覚にも高鳴る鼓動。ここまでしても、彼女を翻弄するどころか、危うく翻弄されそうになっているのが悔しい。

「俺たち、身体の相性いいんだっけ?」
「酔ってるの?」
「俺未成年だからお酒飲んでないの、名前さん知ってんでしょ」

 あいている方の手で彼女の美しい身体のラインをなぞる。つう、と。背中や腰、お尻を撫でる指先は震えていないだろうか。仕掛けているのは俺の方なのに、彼女よりも俺の方が緊張しているような気がする。
 彼女は、男に何の断りもなく身体を触られているというのに不愉快そうな顔をすることなく、これでもう終わり? とでも言いたげに見つめてくるから、やっぱりどうも俺が主導権を握っているとは思えない。行動は完全に俺が仕掛けている側なのに。

「俺とえっちなことしようか」
「うん。いーよ」

 露骨に「えっちなこと」と口走ってみたのに、彼女は少しも迷うことなく、何の躊躇いもなく了承の返事をする。俺以外の男にもこういう反応をするのだろうか。そんなことを考えて、彼氏でもないくせに不愉快な気持ちになる俺は身勝手だ。

「少しぐらい動揺してくれませんかねえ」
「可愛くないって?」
「んーん。そういうんじゃなくて」

 そう。可愛いとか可愛くないとか、そういう話ではないのだ。内心かなり必死な俺と、自分より図体の大きい男に両手を拘束され身体を触られているにもかかわらず、涼しい顔をして全てを受け入れようとしている彼女。俺はその温度差を、少しでも埋めたいと思っただけだ。
 そもそも玄関先でがっついている時点で余裕も何もあったもんじゃないが、それは過去の彼女だって同じこと。しかしあの時の俺は、完全に主導権を握られていた。今日はあの日と立場が逆転するはずだったのに、どうも上手くいかない。
 拘束などせずとも彼女が逃げることはないと確信した俺は手の拘束を解き、代わりにあいた手で頬を撫でて上向かせる。身体をなぞっていたもう片方の手で腰を抱き寄せて密着度を高めれば、まだ何も始まっていないというのにいやらしい気持ちになってくるのは俺だけなのだろうか。微動だにせず俺を見つめる瞳は、暗い家の中でも輝いて見えた。

「ほんとにしちゃっていいの?」
「そのつもりで家に入れてくれたんでしょ?」
「名前さんって誰にでもそんな感じ?」
「黒尾くんだけだよって言ったら信じてくれる?」

 どうして質問に質問で返すのか。明確な答えをくれないのか。俺は不満さを露わにして至近距離で彼女を見つめる。それに対して幼い笑顔を浮かべる彼女は、どこまでも俺を振り回したいようだった。

「俺だけだって言うなら、なんで急に連絡してこなくなったのかわかんないんだけど」
「細かいこと気にする男はモテないんだよ、黒尾くん」
「はぐらかそうとしてもダメですよ、オネーサン」
「バレた?」
「バレるよそんなの」
「じゃあ答えてあげるからその前に、」

 えっちなことしようよ。
 俺が頬に添えていた手に自分のそれを重ねて、彼女はまるで頬擦りするかのように愛らしく、それでいて色気たっぷりに首を動かす。先に誘ったのは間違いなく俺の方なのに、ほんの少し躊躇いを見せている間にあっさりと形勢逆転されてしまった。
 悔しいが、ここまできて引き下がることはできない。というか、俺がこれ以上待てなかった。我ながら堪え性がなさすぎて笑えてくる。こう見えて俺、わりと振り回すタイプの男になったつもりだったんだけどなあ。
 そっと重ねた唇は、あの頃と変わらず柔らかい。絶妙なタイミングで目を閉じて、いつでもどうぞ入ってきてくださいと言わんばかりに薄く口を開くあざとさで、今まで何人の男を落としてきたのだろうか。こんなの、落ちない方がおかしい。
 交わる吐息、熱、唾液、その他諸々、色んな感情を混ぜ込んで。俺たちはまた、過ちを繰り返す。