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毒占欲が満たされたら死にます


 初めて会った時の私の印象は、それはそれは最低最悪だっただろう。というか、よくもまああれだけ負のオーラを放った女に声をかけてくれたものだと思う。それだけ彼はお人好しでお節介……いや、面倒見が良いということかもしれない。

 彼に声をかけてもらった日のことは鮮明に覚えている。大学一年の夏の夜。あの日は当時付き合っていた彼氏と別れてムシャクシャしていた。そんなに好きだったわけじゃないから別れたこと自体にダメージはほとんどなくて、まあいっか、程度だったのだけれど、別れる時に言われた言葉に腹が立っていたのだ。「お前、誰とでもすぐに寝るだろ。だから付き合ってただけだよ。そんなにイイ女でもないくせに本気で好きになるわけねーじゃん」と。大体そんな内容だったと思う。
 単純に最低な男と付き合っていただけ。私の男を見る目がなかっただけ。自業自得といえばその通りだ。しかしそれにしたって、あんまりな物言いではないだろうか。
 誰とでもすぐに寝る。自分では全くそういうつもりじゃなかったから、その言葉を投げつけられた時はただただ愕然としていた。好きだと言われて付き合い始めて、この人は私のことを好きだと思ってくれているんだから身体を許すのは普通のことなんだろう、という緩い考えで、求められたら拒むことなくそういうことをしていたのは事実だ。けれど、付き合っている時に彼氏以外の男の人とセックスをしたことは一度もない。だから「誰とでも」なんて言われるのは心外だった。
 ただ私は彼氏との関係が全然長続きしなくて、平均するとおよそ一ヶ月スパンで誰かと別れては付き合ってを繰り返していたから、私を知る男からしてみれば「誰とでもすぐに寝る」という認識になっていたのかもしれない。とはいえ、やっぱり何度考えたって「誰とでもすぐに寝る」とか「そんなにイイ女でもないくせに」とか、元カレにそこまで言われる筋合いはないと思うのだ。
 しかも私は知っている。私に罵声を浴びせてきた元カレが浮気をしていたことを。どっちが「誰とでもすぐに寝る」んだか。言い返してやろうとも思ったけれど、最低男に無駄なエネルギーを使いたくなかった私は、結局胸に嫌なわだかまりをかかえたままコンビニに行き、冷たいジュースを一気飲みして、何をするでもなく項垂れていた。そこに彼が現れたのだ。

 初対面にもかかわらず、会話をしながら直感で悟った。この年下の男の子は、人を傷つけることはしないんだろうなあって。こういう人と付き合ったら、もう二度とムシャクシャしたりイライラすることはないんじゃないかなあって。本当の恋愛ができるんじゃないかなあって。
 たぶん心が荒みすぎていたのだ。だから誰でもいいから癒してほしかったのだと思う。そして私は、たまたま通りかかっただけの優しい男の子に縋りついた。最低な女だ。
 まだセックスの経験がないと聞いて、私みたいな女が「初めて抱いた女」になったら可哀想だし、キスぐらいさせてもらえたら良いかって、勝手なことを思っていた……はずなのに、穢れを知らない男子高校生の反応があまりにも可愛くて、新鮮で、私の一挙手一投足にドキドキしてくれていることが伝わってきて、それが嬉しくて、止まらなくなってしまった。何度も繰り返すけれど、私は最低で理性のカケラもない女なのだ。
 彼は私のリードに辿々しく対応しているだけで、決して上手いわけではなかった。それなのに、彼とのセックスはそれまで経験してきたどんなセックスよりも気持ちが良かった。満たされた。それを私は「身体の相性がいいのだ」と思い込んでいたけれど、今ならわかる。その考えは間違いだった、と。私はあの時、あの瞬間から、彼に心を奪われていたのだ、と。



「音駒高校の男子バレー部って全国制覇狙えるぐらい強いんだって。名前知ってた?」
「んー? 知らない。ていうかなんで急にそんな話ふってきたの?」
「私の彼氏バレーやってるからそういう話になってさあ、スポーツやってなくても知ってるもんなのかなーと思って聞いてみただけ。やっぱ地元でも知らないよねえ。私も知らなかったもん」

 大学二年生に上がる少し前のこと。友人が突拍子もなく高校生男子の話を引っ張り出してきたものだから、内心どきりとした。音駒高校は彼の通っている学校だから尚更。
 そういえば部活してるんだったっけ。背が高いしバスケ部とかかな。定期的にセックスはするくせに彼のことについてほとんど何も知らなかった私は、後日、彼に尋ねてみた。「そういえば部活やってるって言ってたけど何部なの? 試合とかある?」って、軽い気持ちで。
 そして返ってきたのは「バレー部」という、まさかの答え。しかもよくよく話を聞くと、彼は補欠などではなくレギュラーメンバーで、三年生が部活を引退してからは主将を任されているというではないか。
 そんなに煌びやかかつ重要なポジションであれば、さぞ忙しいのだろう。それなのに彼は、暇人でしかない私の気まぐれなお誘いに合わせて時間を作り、文句も言わずに相手をしてくれていた、と。要約すればそういうことになるらしい。
 五ヶ月あまり何も気付かず、というか、気付こうともせず、のうのうと彼に依存してきた自分が心底恥ずかしくなった。彼は私なんかのために時間を浪費していい人間ではない。もっと有意義で、キラキラしたことのために時間を有効活用するべきだ。本気でそう思った。
 だから私は、彼に一切連絡を取らないことにした。私の考えを馬鹿正直に伝えても、お人好しな彼はきっと私を切り捨てることができない。たとえ私が彼にとって不必要な存在だとしても、傷付けるようなことはできない。彼はそういう性格だ。
 だから私は、あえて最低な手段を選んだ。気まぐれで自分勝手な私は今の関係にあきてしまった。だから彼を切り捨てた。そういう筋書きにすればいい。どんなに優しい彼でも、これならさすがに愛想を尽かすだろう。いつも連絡するのは私の方だから、このまま音信不通になれば彼との関係は自然消滅する。それで丸くおさまるはず。
 とはいえ、本当は心のどこかで期待していた。彼の方から連絡してきてくれるんじゃないか、って。しかし結局、何ヶ月経っても彼からの連絡はなくて、意外と私は遊ばれていたのかもしれないなあ、なんて、傷付いたこともあった。自分で関係を終わらせようと決めて、自分から突き放したくせに。私に傷付く権利なんてないのに。

 それから一年。彼のことはもう忘れた。未練などこれっぽっちもない。……と、自分を誤魔化しながら過ごしてきた。どうせもう二度と会えないのだ。引きずっていたって仕方がないではないか。そう何度も言い聞かせてきた。
 それでも、どうしても忘れられなかった。時間が解決してくれる、なんて嘘だ。時間が経っても私は何も変わらない。変われない。この気持ちは、きっと永遠に消えない。お陰で一年間、彼氏はいないまま。かつて「誰とでも寝る」と罵られた私は、「誰とも寝ない」女になっていた。
 だから大学の講義室で彼を見つけた時は、それはそれはもう驚いて、本来なら無視するべきだったのに、気付かないフリをしなければならなかったのに、気持ちが抑えきれずに声をかけてしまった。その後どうにか気まぐれな女を装うために余裕ぶって突き放そうとしてみたり、遊びに付き合うだけのフリをしてみたり、色々な手を使ってみたのだけれど、結果はご覧の有り様。私はどうあがいても余裕のある大人の女になんてなれなかったということだ。

「名前さん? 聞いてる?」
「ごめん、ぼーっとしてた」
「眠たいなら寝ていいよ」
「大丈夫」
「このまま名前さんの家でいい? 寄りたいところがあるなら寄るけど」
「ある」
「どこ?」
「黒尾くんち」
「……それ、寄るだけ?」
「疲れてたら寝ちゃうかも」
「今は寝ないのに?」
「運転してる人の隣では寝ない主義だから」
「気にしなくていいのに」
「黒尾くんちで寝たいの」
「ヤラシイ意味じゃなくて?」
「どうでしょう?」
「まあいいや。どっちでも」

 チェックアウトのギリギリまで散々イチャイチャしてお昼ご飯を済ませた後、彼の心地良い運転で、車は軽快に走っている。隣を見たらちょっと機嫌が良さそうな彼の横顔があって、自然と口元が緩んだ。私、たぶんこれまでの人生で今が一番幸せなんじゃないかな。冗談抜きでそんなことを思う。
 彼に声をかけてもらったあの日から、彼に触れたあの日から、私はずっと、この日を待っていたのかもしれない。幸せすぎて、いつでも死んでもいいわって思えるような、そんな日を。