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19 相愛
 エアコンの修理は無事に終わった。業者さんがプロの仕事をしてくださったお陰で、うんともすんともいわなかったエアコンから、今は無事に冷たい風が出るようになっている。私の部屋は非常に快適な空間だ。
 それなのに私は、その快適な空間にとどまることを心から喜べずにいた。なぜかって?そんなの、この空間に一也さんがいないからに決まっている。
 壁を一枚隔てた向こう側には奇跡的に想いが通じ合った彼氏である一也さんがいるというのに、その壁を壊すことは許されない。まだ付き合い始めて間もないのに、もともとは大嫌いで苦手だと思っていた相手なのに、今はどうしようもなく焦がれている。私はどうもおかしくなってしまったのかもしれない。
 それにしても、一也さんは一体いつから私に好意を寄せてくれていたのだろう。色んなことが目まぐるしく進んでいってしまったせいで、そこらへんのことは結局分からないままだ。
 知らなくても支障がないことではある。けど、知りたい。いつから、何をキッカケに私のことを女として見てくれるようになったのか。少なくとも再会したばかりの頃は、私のことを女として意識していなかったと思う。「お前女かよ」みたいなことを言われたような気がするし。
 ……気になる。休みだからやることがなくて(といっても掃除とか洗濯とか、休みの日だからこそやっておいた方がいいことは山ほどあるのだけれど)、一也さんのことばかり考えてしまうせいだ。
 スマホをぼーっと眺めて、一也さんに連絡しようか迷う。三時間ほど前に「じゃあまた」と別れの挨拶をしたばかりなのに「会いたいです」とメッセージを送ったら、さすがにうざいだろうか。……うざいよね、確実に。一也さんは淡白な付き合い方を好みそうだし。そんなメッセージを送ってくるぐらいなら直接来いよって言いそうだし。
 今からお隣のチャイムを鳴らして「会いたくなって来ちゃいました」って言う?それこそうざがられるに違いない。私はこんなに会いたくて堪らないのに、一也さんはたぶんそんなに焦がれていないのだろうと思ったら、ちょっと切なくなった。でも、私の方が異常なんだと思うから一也さんを責めることはできない。


「……寝よっかな」


 私の休日は基本的に、寝る、食べる、寝る、テレビを見る、スマホをぼーっと眺める、食べる、寝る、という、干物女の模範みたいな過ごし方で終わる。そりゃあ時々買い物に出かけたり、誰かと会う約束をすることはあるけれど、用事がなければ極力布団から出たくない。自分で言うのもどうかと思うけれど、インドア派の鑑のような人間なのだ。
 一也さんという素敵な彼氏ができたからといって、私の根本的な性格は変わらない。こういうところが「女かよ」と指摘される要因なのだということは分かっているけれど、そう簡単にこの性格は直らない。というか、直せない。
 こんな姿を見たら一也さんはどう思うだろう。シャワーを浴びた後、業者さんが来るからと思って最低限の化粧を施し、近くのコンビニやスーパーぐらいならぎりぎり行けるかな、程度の服に着替えた。そしてその格好のまま、私は快適な部屋のベッドに沈んでいる。幻滅されたとしても文句は言えない。
 まあいいや。今日はまた寝ちゃおう。明日になってまだ一也さんに会いたくて堪らなかったら、その時はちゃんと化粧して、ちょっと可愛い洋服を引っ張り出して、デートのお誘いでもしてみよう。それがいい。
 と、自己完結して目を閉じた直後、インターホンが鳴った。宅配便かな。何も頼んだ覚えはないんだけど。のそのそと布団から這い出て、来訪者が誰なのか深く考えることもなく、せっかくテレビ付きインターホンがあるのに画面で来訪者の顔を確認することもなく、私は玄関の扉を開けた。
 そして、そこに立っていた人物の顔を見て固まる。相手も相手でぎょっとした様子で固まっていたけれど、すぐに大袈裟な溜息を吐いて「お前はほんとに……」とぼやかれた。そう。そこに立っていた人物は、私が会いたくて堪らないと現在進行形で思っている一也さんだったのだ。


「まずはインターホンで応答しろ」
「宅配便かなと思って」
「不審者だったらどーすんだよ」
「そんなこと有り得ませんって」
「危機感なさすぎ」
「へ、」


 怒っているような、楽しんでいるような、よくわからない表情で私を家の中に押し込んだ一也さんは、片手で私の両手首をいとも簡単に拘束したかと思うと、もう片方の手で後頭部を引き寄せて噛み付くような口付けをしてきた。あまりに突然の出来事に、私は目を見開いて固まることしかできない。
 唇が離れて手の拘束が解除されても、私は呆然としたまま、何の反応もできずにいた。一也さんってこういうことしてくる人だっけ?まだそんなに深くまで一也さんのことを知っているわけじゃないから何とも言えないけれど、「先生」だった頃の一也さんからは全く予想ができない行動すぎて、いまだに夢だったのではないかとすら思う。


「今の俺みたいに襲ってくるやつがいるかもしんねーだろ」
「ああ……そういう」
「そういう?」
「私に防犯意識を植え付けるためにしただけですよね?」
「は?」
「押し掛けてきて急にこんなこと、普通しませんよね。一也さん、そんなタイプじゃなさそうだし」


 本当はちょっぴり嬉しかった。会った途端キスをしてくるぐらい私のこと好きなのかもって、自惚れかけてしまった。けど、そうだよね。一也さんは恋人だけど私の元先生だし、社会的常識を身に付けろと忠告したかっただけなんだ。
 へらへら笑いながら「次からは気を付けます」と言う私に、一也さんは再び溜息を吐いた。また呆れられてしまったのだろう。私の顔から自然と作りものの笑顔が消えていく。
 こんな私だって、一也さんにいつでもドキドキしてもらいたいと思っているし、別れたすぐ後でも「会いたい」と思わせるような女になりたいと夢見ている。呆れられてばかり、子ども扱いされてばかりの女でいいと思っているわけではないのだ。
 努力が足りない。そんなの、自分が一番分かっている。だからこそ、この状況では落胆するしかなかった。やっぱり私は女として不出来なのだと。そして私は決意した。これからはもっと一也さんに求められる女になるために頑張ろうと。


「何もわかってねぇよな、お前」
「すみません。頑張ります」
「何を?」
「いい女になるための勉強を?」
「誰のために?」
「一也さんのためですけど」
「だから何もわかってねぇって言ってんだよ」


 一也さんは後頭部をがりがり掻き毟って、少しイラついた様子を見せた。そして言う。


「なんで俺がここに来たと思ってんの?」
「え?それはえーっと……エアコン修理が無事に終わったか確認するため?」
「違う」
「じゃあ……うーん……」
「会いたくなったから」
「えっ!?」


 耳を疑いたくなるようなセリフが聞こえてきて、思わず素っ頓狂な声をあげてしまった。だって今、会いたくなった、って。一也さんが私に会いたくなって来ちゃったってことでしょ?そんな、それこそ夢みたいなことがあっていいのだろうか。


「そんなに驚くことか?自分の彼女に会いたくなって何が悪ぃんだよ」
「だ、だって、一也さんはなんていうか、こう、彼女なんて一ヶ月に一回会えば十分だろ、みたいなタイプかなって思ってたので……」
「どんなタイプだよ」
「会いたいって言わない方がいいのかなって思ってました」
「言えって。そういうことは」
「会いたかったので来てくれて嬉しいです」
「はい。よくできました」


 茶化すような口調だったけれど一也さんの顔は満更でもなさそうで、本当に私に会いたくて来てくれたんだってじわじわ実感する。顔がどんどんだらしなくニヤけていくけれど、こればっかりはどうしようもない。
 じゃあさっきのキスも、私にキスしたくなったからしてくれたのかな。防犯云々の話は後付けってことで、私の都合のいいように解釈しちゃっていいのかな。どうしよう。すごく好きだ。一也さんのことが、一時間前よりも、一分前よりも、一秒前よりも、好きになっていく。やっぱり私はおかしくなってしまったみたいだ。


「一也さん」
「何」
「うち、そんなに綺麗じゃないんですけど」
「そこらへん期待してねぇから」
「冷蔵庫の中も空っぽだし」
「だから期待してねぇって」
「ただ、エアコンは直ったので快適です」
「それで?」
「……一緒にいたい、です」
「最初からそう言えばいいんだって」


 嬉しそうな一也さんの手を引いて、涼しさだけが取り柄の家の中へ入る。
 やっぱり掃除しておけば良かった。買い物にも行っておくべきだった。化粧も服装も、もう少しマシなチョイスをすれば良かった。後悔はある。けど、一也さんは「お前らしい部屋だな」って笑うだけでちゃんと私の手を離さずにいてくれたから、このままでもいいのかもって思えた。
 私達は自分達が思っている以上にお互いのことが好きなのかもしれない。

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