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その攻撃は反則では?

雨の日は少なくなってきたけれど、まだ梅雨明け宣言はされておらず蒸し暑い日々が続いていた。もう十分すぎるほど暑いような気がするけれど夏本番はまだ迎えていないなんて、地球温暖化というのは恐ろしい。私は快適な温度に設定されている本屋さんのレジカウンターにぼーっと立ちながらそんなことを思っていた。
4月末から始めたバイトにも、最近では漸く慣れてきたような気がする。とりあえずレジ打ちは1人立ちしたし、それ以外の業務も少しずつこなせるようになってきたことは確かだ。そんな中、来週から新しいバイトの子が入ってくるからね、と社員さんに告げられたのは2日前のこと。名字さんと同じ大学の子みたいだから色々と教えてあげてね、と言われて、分かりました、と返事をしたは良いものの、よく考えてみたら私もまだまだ新人なわけだから、その子に教えてあげられる状況ではないかもしれない。まあ、簡単なことであれば尋ねられたことには答えられるかもしれないから、持ちつ持たれつで上手くやっていこう。そう思っていた。
けれども翌週、新人のバイトの子の顔を見た私は、その考えを瞬時に捨て去ることとなる。それもそのはず。社員さんの横に立ち、これから宜しくお願いします、と平然とした顔で挨拶をしている人物が、あの赤葦京治だったからだ。
同じ大学の子、なんて言われたものだからてっきり女の子だとばかり思っていたけれど、まあ別に男の子でも何の問題もなかった。問題なのは、彼だということ。同じ大学の人間なんて腐るほどいるというのに、よりにもよってなぜ彼なのだろう。もはやこれは彼による陰湿な嫌がらせとしか考えられない。挨拶を終えて涼しい顔をしている彼に睨みつけるような視線を送れば、目が合って僅かに細められる。その顔を見てはっきりと分かった。絶対確信犯じゃん。
とりあえずバイト初日にいきなり1人で仕事を任されることはないので、その日彼と一緒に働く機会はなかった。恐らく先輩が基本的な業務の流れを教えているのだろう。ただ、今日は良いとしても、同じバイト先で働いている以上、今後一緒に働く機会は何度も訪れるに違いない。私は先のことを考えて大きく溜息を吐いた。同じくレジ担当の先輩に、大丈夫?何かあったの?と心配されたけれど、全然大丈夫じゃないし、一大事件が巻き起こりました。…とは言えないので、何でもないです大丈夫です、などと嘯く。この仕事、結構好きなのに。今後の展開によってはバイト先を変えなければならないかもしれない。
そんな憂鬱な気持ちのままバイトの勤務時間を終えた私は、事務所でタイムカードを切っているところで彼に遭遇した。お疲れ様、なんてにこやかに言ってきて、本当に腹が立つ。この男は私をイラつかせるために存在する悪の権化か何かなのだろうか。内心でははらわたが煮えくり返っているけれど、ここは事務所。社員さん達や他のバイトメンバーがいる中で下手な言動をするわけにはいかないので、私は心を無にして、お疲れ様でした、と言葉を返す。


「本屋さんのバイトって意外と色んな仕事があるんだね」
「…なんでこのバイト先を選んだの?」
「本、わりと好きだから」
「嘘でしょ」
「嘘じゃないよ。ほんとに、わりと好き」
「わりと、ね」


どんな理由でも胡散臭く聞こえてしまうのは仕方がないことだ。彼はそれだけのことをしている。じとりとした視線を送る私に、名字さんも本好き?などと呑気に会話を続けようとする彼の神経は相当図太いのだろう。私は先輩がタイムカードを切りにきて彼に声をかけたタイミングで、お先に失礼します、と事務所を後にした。


◇ ◇ ◇



翌日は何ともタイミングが悪いことに、彼と同じ講義がある日だった。けれども、彼に会いたくないからと言って講義を休むなんて馬鹿馬鹿しいことはしたくない。というわけで、私はいつも通りに講義室の前の方の席に座って講義前の準備をしていた。すると、おはよう、と。聞き覚えのある声とともに隣の席に人が座った。勿論、赤葦京治だ。
いつも近くに座ってきてはいたけれど隣の席に座られたのは初めてのことで、一瞬戸惑う。同じバイト先で働くようになったかと思ったら、今度はこの距離感。昨日から一体何だというのだろう。2日連続で厄日か何かか。いや、もはやこれはそういった類の問題ではない。彼による奇襲である。


「席、近くない?」
「誰か隣に座る予定あった?」
「それはないけど…」
「じゃあ何も問題ないでしょ」
「席なら他にもいっぱい空いてるのにわざわざ私の隣に座る必要ある?」
「あるよ」


平然と胸を張って答える彼に、私は顔を顰めてしまう。この席が特別良い席ってわけではないと思う。むしろ前の方だし、講義をサボりたい人からしたら嫌な席だ。まあ、彼がサボりたいタイプの人間かどうかは知らないけれど、兎に角、そんなに座りたいと思えるような席でないことは確かだ。ていうか私が言えたもんじゃないけれど、彼には一緒に座る友達がいないのだろうか。哀れなことだ。


「言ったでしょ、俺。名字さんのことが気になるって」
「…だから?」
「もう少し仲良くなりたいなと思って」
「それでバイト先も同じにしたと?」
「まあそういうことになるね」


なんとも呆気なく暴露してくれたけれど、こんなの見方によればストーカーではないだろうか。家まで押しかけられたわけじゃないし、しつこく付き纏われているってわけでもないけれど、バイト先に押しかけて来た時点でヤバいヤツだとも思うし…、あれ?もしかして私、ナチュラルに犯罪に巻き込まれそうになってる?いや、さすがにそこまでは考えすぎだと思うけれど、彼に対する不信感みたいなものは容赦なく募っていく。
席の移動も考えたけれど、講義が始まるまでもう時間がなかったので、私はそのままの席で講義を受けることにした。いつものことながらそれほど板書を取ることもない退屈な内容。けれども私は真面目に前を向いて講義に集中する。
すると、講義開始から30分ほどが経過した頃。横からするりとルーズリーフが滑り込んできた。何だ?と思ってよく見ると、滑り込んできたルーズリーフの端っこに、男性にしては整った字で、この講義の後って暇?と書いてある。そんなこときいてきてどうすんの?そりゃあまあ暇だけど暇だからって何?そんな思いを込めて顔を顰めながら隣の彼を見遣れば、トントンと文字が書いてあるところを指さされる。うん、気付いてるけど。返事はしませんよ。私は結局、そのまま何の返事もせず、ルーズリーフの存在を無視し続けて講義を終えた。勿論、講義が終わるなり彼に文句を言われるのを覚悟の上で。


「ねぇ、気付いてたよね?」
「講義の邪魔はしないでほしいんだけど」
「ごめんごめん、優等生の名字さんはああいうの怒るタイプか」
「その優等生っていうの、馬鹿にされてるみたいで嫌だから言わないで」
「分かったよ。もう言わないから、その代わりに今から食堂行こう」
「…意味が分からないんだけど」
「え?一緒にお昼ご飯食べようって誘ったつもりだったんだけど」


意味分からなかった?って。いや、そういう意味で「意味が分からない」って言ったんじゃないよ。なんであなたと食堂でお昼ご飯食べなきゃいけないんですか?って意味で言ったんですけど、そちらこそ分かりませんでした?
彼との会話は本当に疲れる。こちらの意図を読み取ってくれないというか、読み取ろうとしてくれないものだから、言葉選びも大変なのだ。まあ必死に言葉を選んだところで、彼は彼のペースで話を進めてしまうのだから何の意味もないのだけれど。


「一緒に食べる友達、いないでしょ?」
「大きなお世話」
「俺も友達いないからさ、名字さんと同じ」


薄く笑った彼は、じゃあ行こう、と勝手に話を進める。彼に友達がいないなんて嘘だ。昼休みの時間帯に男友達とワイワイお昼ご飯を食べているところだって何度も見かけたことがある。それなのに、どうしてそんなすぐにバレるような嘘を吐いてまで私と、それも2人きりでご飯を食べようなんて誘ってくるのか。そもそも、どうして私の隣の席に座ってきたりしたのか。その答えはどんなに「優等生」の私でも、さっぱり分からなかった。
けれども、かなり強引に引っ張って行かれた結果とは言え、食堂で彼とカレーライスを食べている自分自身の方が理解できなかったなんて、こんな馬鹿な話があって良いのだろうか。ああ、もう。いちいちこっち見てくるのやめてよね。全然食事が進まないじゃない!