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27

くらくら暗闇に溶ける

シャワーだけだからそんなに時間はかからないと思っていたけれど、持ってきたボディクリームを塗ったり考え事をしながらぼーっと髪を乾かしていたせいで、結構な時間が経過していたらしい。私がリビングに戻ったら、そこには既にピザがあった。
チャイムの音や玄関の扉を開け閉めする音は聞こえなかったけれど、どれぐらい待たせてしまったのだろうか。主役を待たせるなんて言語道断の所業である。


「ごめん、冷めちゃったかな」
「10分ぐらい経ってるけど、まあ大丈夫でしょ。最悪レンジで温めたらいいし」
「お金も、先に渡そうと思ってたのに…」
「そんなの後にしよう。ほら、冷めちゃうから」


まるで私の方が主役のような扱いを受けているこの状況をどうにか打破したい。そう思いはしたけれど、ピザを食べた後の食器洗いも片付けもそれほど手伝わせてもらえず、彼がお風呂に入っている間はテレビを見るなり何なり好きにしていいよと言われてしまい、私は今のところお祝いらしいことを何ひとつできていない。
ケーキはいらないと言われたし買いに行くこともできなかった。だから、今からすることと言えば、もう一緒に寝ることぐらいだ。
一緒に寝る。彼と。そこで思い出す。冗談めかして言ったセリフを。「私をプレゼント」って、彼は本気でそれを望んでいるのだろうか。だって前回、私が初めてだったせいで彼は気持ち良くなかったはずだ。今回だって彼を満足させられる自信はない。
そもそも男の人が気持ち良くなれる方法って何だろう。私が何をどうしたら彼は満足できるのだろうか。調べて分かるものなのかは分からないけれど、私は携帯を取り出してコソコソと検索してみる。
男性、セックス、気持ち良くなる方法、検索。そしてズラリと出てきた検索結果に、私は固まった。まだ何ひとつリンクを開いたわけではないけれど、1番最初に出てきた表題があまりにも刺激的すぎて順応できなかったのだ。
「男が喘ぐほど気持ちいい!上手いフェラの仕方とコツ」って。フェラ。それがどういう行為か知らないわけではないけれど、私にはハードルが高すぎる。…とは思ったものの、今後のために見ておいた方が良いかもしれない。
今後のためってどういう意味だという話だけれど、この際それは置いておくことにして、私はその項目をタップした。これも勉強だ。そう思って開かれたページをスクロールした直後である。背後に人の気配がしたのは。


「男性だって奉仕されたいんです」
「なっ!?」
「偉いね。勉強中?」
「ちがっ、なん、いつの間にっ」
「そんなに動揺しなくても」


あっけらかんとした様子で首からタオルをぶら下げた状態で現れた彼は、そのタオルでわしゃわしゃと髪を拭き始めた。通りでドライヤーの音が聞こえなかったわけである。
そんなに動揺しなくても、と言われたけれど、これが動揺せずにいられるだろうか。男性への奉仕の仕方、すなわちフェラの仕方をネットで調べその記事をまじまじと見ているところを目撃されてしまったのだ。平然としていられるわけがない。
そんな私をよそに、彼は上機嫌で髪を乾かしに行ってしまった。彼がこちらに帰って来てからのことを考えると恐ろしい。きっと散々いじられるのだろう。私は彼の家であんな記事を読もうとしてしまった過去の自分に激怒した。しかし、怒ったところで現状は何も変わらない。
ものの数分で戻ってきた彼は、座っている私に近寄ってきて手を伸ばした。どうやらこの手を取って立てという意味らしい。私は彼の無言の要望通り、その手を取って立ち上がる。


「あっち行こっか」
「あっちって、」
「俺の部屋。今日寝るところ」


こっちこっちと言うように手を引っ張って連れて行かれたのは、リビング同様、ぱっと見きちんと綺麗にしてある寝室だった。と言っても、電気をつけていないからあまりよく見えないのだけれど。
まだ夜の10時を過ぎたばかりで、寝るには少々早すぎる時間だ。けれど、今からのことを考えれば、ベッドに向かうには妥当な時間かもしれなかった。
彼に手を引かれたまま、部屋に入る。扉を閉めてしまえば、その空間は真っ暗で何も見えない。暗闇に目が慣れる前に繋がれている手が離されてしまうと、私は途端に不安に襲われた。


「赤葦君…?」


彼の名前を呼ぶ。返事はない。私は手を伸ばす。なんとなくそこに気配はあるしシルエットも見える気がするのに、伸ばした手は空を切る。
もう一度、彼の名前を呼ぶ。すると、正面からぎゅーっと抱き締められた。良かった。ちゃんとそこにいてくれた。それだけのことに安心する。
暖房が効いていたリビングとは違い肌寒い部屋。彼の体温は心地良い。お互いがきちんと見えないことと、確実に誰にも見られていないということで、抱き締め合う行為の恥ずかしさが薄らいでいるのか、私はすんなりと彼の背中に腕を回すことができた。
今なら、この状況なら、言えるような気がする。今日が主役の彼にとってプレゼントになり得るかもしれないあの一言を。


「誕生日おめでとう」
「ありがとう」
「わ、私を、」
「うん?」
「私を、プレゼント、します…」


語尾が明らかに小さい声になってしまった。顔が見えなくてもこれは恥ずかしい。冷静になったら負けだけれど、冷静になったら何を言ってるんだという話である。
あれ本気にしちゃったの?って笑われたらどうしよう。恥ずかしくて死ねる。一緒に寝るなんて無理だ。
沈黙が怖い。赤葦君?この空間に入ってからまだそんなに時間が経っていないのに、彼の名前を呼ぶのはこれで三度目だ。今日はこれから、あと何回彼の名前を呼ぶことになるのだろう。
ああ、そういえばリビングの電気とエアコンつけっぱなしだな。このまま寝るんだとしたら消してきた方が良いんじゃないだろうか。
沈黙が苦痛すぎてここから脱出するためのそれらしい理由を探し出した私は、彼の背中から腕を離して距離を取ろうとした。けれど、彼にぎゅうぎゅうと抱き寄せられたことによって、それは叶わずに終わる。


「あ、赤葦君、」
「プレゼントなんだけど」
「それは、あの、冗談!そう、冗談だから、えっと、あっちの部屋の電気とエアコン消しに、っ」


彼にキツく抱き締められた状態でジタバタしながらしどろもどろに言い訳をする私の口を、彼の口が制した。単純にうるさかったからかもしれない。言っても聞きそうにないほどもがいていたから、強引な手段を取るしかないと思ったのかもしれない。
兎に角、理由はどうあれ、私は今、彼にキスをされている。それも、何秒もくっ付けたままの長いものを。
そんなにずっと塞がなくたって、うるさかったのは謝るから許してほしい。そう思っていても声を出すことはできないから、彼には伝わらない。
とんとんとん。彼の背中を叩いてギブアップを申告する。けれど、彼は一向に離れてくれる気配がなかった。鼻で呼吸はしているけれど、それでもやっぱり苦しい。
とんとんとん。また彼の背中を叩いたところで、漸く口が離れた。思いっきり肺に酸素を取り込む。冷たい空気が一気に身体の中に入り込んだせいなのか、僅かに寒さを感じた。けれど、彼の体温がその寒さを一瞬で掻き消す。


「プレゼントは逃げちゃダメでしょ」
「だから、そのネタは」
「俺は本気だったから嬉しかったんだけど。冗談で終わらせちゃうんだ?」
「えっ」
「今日、俺の誕生日」


しつこい。そんなの分かってる。分かってるから、恥を忍んで一生懸命あのセリフを言ったのだ。もう、ほんとにやだ。彼に振り回されてばっかりで。でも今日は仕方がないか。1年で1度きりの大切な日だから大目に見てあげよう。
やっと暗闇に目が慣れてきた。見上げれば先ほどよりもくっきりと彼の顔のパーツが見える。彼からも私の顔はこんな風にぼんやりと見えているのだろう。


「赤葦君の好きにして良いよ」
「…そういう言い方するの、よくない」
「へ、ごめ、!」
「抑えられなくなるから」


彼に押されるような形で後退していく。やがて、何かにぶつかって尻餅をつき、後ろに倒れた。柔らかい。そうか。ベッドか。
気付いた時には、彼がまた唇を重ねてきていた。リビングの電気とエアコンがつけっぱなしであることなんて、もう、気にしている場合ではない。