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全てはアキダクトということで


彼のことが気になっている。そして惹かれている。つまり好きなのだ。それを最近になって改めて自覚した。だからと言って何かが大きく変わることはなくて、むしろ日常はいつも通りに流れていく。何度も言うのは恥ずかしいけれど、私は勢い任せに告白紛いなことをして、1度フラれた経験がある。今でも私なりに頑張っている方だとは思うのだけれど、脈なしな相手にこれ以上どうやってアプローチしたら良いのだろう。ただでさえ、どんな言葉を投げかけても飄々と受け流されてばかりだというのに。
考えたところで、恋愛経験が豊富というわけでもない貧相な脳味噌ではそう簡単に妙案が思い浮かぶはずもなく。あのバーに通い詰めて彼と少しでも多く会話をする以外の方法など閃かなかった私は、性懲りもなく再びお店に来てしまっていた。気付けば毎週金曜日になるとここに来ている私は、すっかり常連と化している。扉を開けて中に入れば、いつも通り言われる「いらっしゃいませ」の一言。私は慣れた動作でカウンター席に座ると、近くにいたバーテンダーさんにビールを注文した。
きょろきょろ。いつもならカウンターの向こうにいるはずの彼の姿が見当たらなかったので、それとなく店内を見回してみる。けれどもやっぱり彼はどこにもいなかった。どうやら今日は出勤していないようだ。こんなことは初めてだったけれど、そりゃあバーテンダーとしてここで働いている以上、どこかで必ず休日があるはずなのだから、こういう日があっても不思議はなかった。ただ、折角来たのに、とガッカリした気持ちになってしまうのはどうしようもない。だって私のお目当ては彼なのだから。
どうぞ、と用意されたビールに手をかける。彼がいないなら今日はこの1杯を飲んで帰ろうかな。そう思いながらグラスに口を付けようとした時だった。彼女と同じやつちょーだい、と。隣の席にするりと座ってきた人物が言った。この声はもしかして、と隣に顔を向ければ、やはりと言うべきかそこには黒尾さんの姿があって、急に全身に緊張が走る。いつもはカウンターの向こう側にいる彼が、今は隣にいる。これは一体どういうことだ。あまりにも彼に会いたいと思っていたせいで、ついに幻覚でも見えるようになってしまったのだろうか。彼を見つめて固まっている私は、さぞかし滑稽だろう。


「乾杯しとく?」
「え?あ、はい、」


彼のところにビールが置かれると、さも待ち合わせをしていました、みたいな。最初から一緒に飲むつもりでした、みたいな。そんな軽いノリで声をかけられて、戸惑いは増すばかり。私はいまだに状況を理解しきれていないまま、流れに身を任せて控えめに乾杯することしかできない。


「毎週来てくれてんだね」
「…だめですか」
「いや、こっちは大歓迎ですけど。それなりにお金かかるっしょ」
「まあ…でも他にお金使うところないから」
「女の人って服とか化粧品とか?色々お金いるもんなんじゃないの」
「私そこら辺テキトーなんで」
「あー…うん、そんな気はしてた」


だってめっちゃナチュラルメイクで買い物行ってたもんね、と笑いながら彼がクリスマスイブの前日の出来事をサラリと持ち出してきたものだから、私は人知れず痛手を負う。そういえばあの時から、彼は思わせぶりなことを言ってきていた。ナチュラルメイクというか、ほぼスッピンみたいな顔の私に向かって、そっちの方が好みです、って。少なくとも女が言われたら嬉しいと思う一言を、何の前触れもなく投下してきた彼。あれも営業トークの一環だったのだろうか。だとしたらバーテンダーというよりホストじゃないか。そりゃあ騙されるに決まってる。
前々から思っていたことではあるけれど、この人は色々と中途半端だ。私のことをフっておきながら今だってこうして隣に座って話しかけてきたりして、一体私のことをどうしたいんだと思ってしまう。私が彼のことを好きだと分かった上で、揶揄って楽しんでいるだけなのだろうか。彼の性格上、それは有り得ない話ではない。けれど、人の心を弄ぶようなタイプでもないような気がするから。彼のことはやっぱりまだまだ分からないことだらけだった。


「今日は休みですか?」
「そ。でも休みの日も大体店に来てるから休みの意味ねぇの」
「それはお酒作りの勉強のためとか?」
「まあね。あとは単純に暇だから」
「暇なの?」
「暇なの」


非常に嘘っぽかった。私服姿は送ってもらった時も含めて何度か見たことがあるけれど、それなりに整っている。今もそう。だから休みの日には買い物に行ったり、お洒落なカフェでコーヒーを啜ったり、そういう姿が似合いそうなものなのに、暇だから勉強のためにお店にしか来ていない、と。彼はそう言っているけれど、いやいや、そんなわけないだろう。やっぱり絶対に嘘だ。
ていうか告白しておいて今更だけれど、彼女とかいないのかな、なんて。今までの口ぶりからすると恐らくいないような気がするけれど、それを確認しても良いものか迷う。すると彼の方から質問が飛んできた。いい人見つかりましたか?って。私の気持ちを知っていてこういうことをきいてくるなんて、とんだ捻くれ者だ。ぐびり、ビールを飲み干す。こうなったらこっちも開き直って、真正面からぶつかってやろうではないか。


「そう簡単に見つかりません」
「そんなこと言ってたね、お友達と」
「黒尾さんは?彼女いないの?」
「いたら休みの日に暇してないよね」
「じゃあいないんだ」
「すぐフラれちゃうんですよボク」
「もっとマシな嘘吐いてください」
「いやホントに」
「どうしてすぐフラれちゃうのか、原因は分かってるんですか?」
「…3Bの一角だからじゃない?」


知りたい情報は聞き出せたけれど、思わぬところでまた傷を抉られてしまった。3Bとやらの話は私をフる時に使った話だって、彼は覚えていてわざと口にしたに違いない。性格悪いなあ、この人。いや、うん、そんなの知ってたけど。知ってて、それでも好きなんだけど。…私、なんでこの人のこと好きなんだろう。
それこそ今更のように気持ちを整理すべきかなと考え始めた私の横で、彼はビールを飲み干してから空いたグラスを指差してきた。次いる?という問いかけには頷くことで返事をする。さすが、職業柄かもしれないけれど、よくお気付きになる人だ。


「何頼む?」
「何が良いと思う?」
「どんな風に飲みたい気分ですか」
「…気持ちよく酔いたい気分、かな」
「今日は車じゃないから送ってあげられないけど大丈夫ですかね」
「飲んでる時点でそんなの分かってます」
「それでも酔いたいの?」


そうなの酔いたいの。あなたの横で。そんな気持ちを吐露する代わりに、私はニッコリ笑って見せる。それをどう解釈したのだろうか。彼はカウンターの向こうのバーテンダーさんに何かを注文した。そうして届いたのは薄いオレンジがかった色のお酒で、アキダクトという名前らしい。


「お望み通り強めですよ」
「でもこれ1杯じゃあ酔わないでしょ?」
「酔うまで付き合いましょうか?」
「お願いできるなら」
「…名前さんさあ…俺みたいな男はやめといた方が良いよって言ったのに」
「私、やめときますなんて言ってないから」
「意外としつこいね」
「今更気付いたんですか」


とことん攻めてやろうと思った。だってこんな機会はもう2度と訪れないかもしれない。今日が彼の休みの日だということも、休みにもかかわらずお店に来て私と遭遇したことも、全部偶然かもしれない。けれど、ここに来て私の隣に座ってくれたことは彼の意思だと思うから。私に話しかけずに違う席に行くことだってできたはずだし、話しかけてくれたとしてもすぐに立ち去る選択肢だってあったはず。それなのに彼はまだ私の隣にいて、酔うまで付き合おうかとまで提案してくれている。それならば私は、例え弄ばれているとしても諦めたくなかった。


「じゃあこれは提案なんだけど」
「何ですか?」
「俺の実験台になってくんない?」
「…どういう意味?」
「試作品の味見。お願いしようかなって」
「…喜んで」


気紛れでも良い。利用されているだけでも良い。彼といられることが、今の私の何よりの幸せなのだから。

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