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1月は往ぬる、2月は逃げる、3月は去るとはよく言ったもので、年が明けてからこの日を迎えるまでは、本当に一瞬のようだった。センター試験やバレンタインデーはあったけれど、それもあっと言う間に過ぎ、今日…3月1日は私達が高校を卒業する日だ。胸元に色とりどりの花を纏わせた私達卒業生は、今日を境にそれぞれの新しい道に向かって歩き出す。
体育館で卒業式を終えすすり泣く女子生徒もいる中、それぞれのクラスでの最後のHRも終わった。思えば、私はこの高校に来てからまだ1年しか経っていないわけで、他のクラスメイト達に比べたら思い出は少ないはずだ。けれど私にとってこの1年は、信じられないぐらい濃いものとなった。
転校してきたあの日、もしも徹に出会っていなければ、私はなんとなく1年を終えて、こんな感傷に浸ることもなかったのだろうなあと思うと、あの巡り合わせは運命だったんじゃないか、なんて私らしくもないことを思う。琴乃や和音という大切な友人にも恵まれて、転校ばかりを繰り返してきた私にとって、こんなに幸せだと思えた1年はなかった。
HRの後、皆それぞれ、思い思いに友達と写真を撮ったり、談笑したりと騒がしい教室内。それはどのクラスも同じようで、廊下も沢山の生徒達で埋め尽くされている。私は琴乃と和音とたっぷり思い出を語り合った後、徹の姿を探した。しかし、教室内には見当たらない。キョロキョロと辺りを見渡せば、人で溢れかえっている廊下に一際目立つ女子の団体が目に入り、なんとなく察しがついた。
徹はバレンタインデーで山のようなチョコレートをもらう男だ。卒業ともなれば、同学年だけでなく後輩達が別れを惜しんで徹の元にやって来るのは、必然と言っても過言ではない。沢山の女の子達の隙間からふわふわの髪が見えるから、あそこに埋もれているの間違いなく徹だろう。


「名前…いいの?」
「いいよ。予想はしてたから」
「でも今日で高校生活最後なのに…せめて写真とか…」
「徹とは春休みにも会えるし。本当に大丈夫だから」


琴乃と和音は納得していない様子だったけれど、あんなに大勢の女の子達の中から徹を引っ張り出す勇気は、私にはない。いつかは解放されるだろうし、のんびり待っておこう。


「名字さん、卒業オメデトウ」
「…松川くん達も、オメデトウ」
「あちゃー…及川は連れて行けないかー…」
「だから言ったろ。置いて行きゃいいんだよ」
「もしかしてバレー部で集まるの?」
「まあね。可愛い後輩達が祝ってくれるらしいから」
「名字さんは及川があんなんでいいの?」
「連れて来てやろうか?」
「大丈夫。ありがとね」


ぼーっとしていた私の元に、岩泉くん、花巻くん、松川くんの3人がどこからともなくやって来て、思い思いに口を開いた。お目当ては徹の回収だったのだろう。廊下の人だかりを見た3人はすぐに状況を察したらしく、私を心配してくれているようだ。


「中学の卒業式ん時もああだった」
「うわー…大変そ…」
「名字さんはこれからどうすんの?及川待っとくの?」
「うん…一緒に帰ろうって言われたから。行きたいところあるし、3人はバレー部の方に行って」


私の発言を聞いた3人は、徹の方を一瞥してから教室を出て行った。私もそろそろ行こうかな。いまだに女の子達の相手に大忙しな徹を置いて、私も教室を出る。向かうのは、屋上だ。


◇ ◇ ◇



そっと扉を開けると、そこには真っ青な空が広がっていた。騒がしいところにいたのが嘘みたいに静かな屋上には、当たり前のことながら誰もいない。
ここで徹に告白してもらって、付き合うことになったんだっけ。あの時の私、みっともなかったなあ。学校で泣いたりしたのは、後にも先にもあの1回だけだ。
最初は徹のことを、チャラチャラしてそうだし関わりたくないタイプの人だと思っていた。けれど、バレーに真剣に取り組む姿とか、優しく微笑む表情とか、温かい指先とか。その全てを知ってしまってからは、徹に魅了されてばかりでちょっと不満だったりする。
最後ぐらい、この校舎でゆっくり過ごしたかったかもなあ。そんなことを思ったのが通じたのだろうか。扉が開く鈍い音が聞こえて振り返ると、そこにはなんと、今の今まで頭の中を支配していた徹がいた。
こちらに歩み寄ってくる徹は、制服がヨレヨレになっているしどこか疲れているように見える。あの女の子達の大群を撒いてくるのは相当大変だったことだろう。それでも私のところに来てくれたことが、素直に嬉しかった。


「やっぱりここにいた」
「女の子達は?もういいの?」
「名前と過ごす時間なくなっちゃうの嫌だもん。もう疲れちゃったしね」
「バレー部は?岩泉くん達、さっき迎えに来てたよ」
「んー…後で行く」


徹はそう言って、ふわりと私を抱き寄せた。大きな身体を丸めて私の首元に擦り寄ってくる徹は、甘えているみたいで少し可愛い。学校でこんなことをされるのも最後なんだなあと思うと、いつもならやめてと言うところだけれど、これも思い出か、と受け入れてしまえるから不思議だ。


「色々あったね」
「うん…名前、ここで泣いてたもんね」
「それは忘れて」
「忘れないよ…名前との思い出は、全部」


首元から顔を上げて、ふふ、と笑う徹の表情は柔らかい。風がびゅう、と吹き抜けて、徹の髪がふわふわと揺れる。


「大学…受かってるかな」
「大丈夫だよ。一緒に東京行こう」
「受かってたらね」
「一緒に住んじゃう?」
「それは無理」
「即答!ちょっとぐらい悩んでよ」


相変わらず馬鹿なことしか言わない徹は、私の拒否する早さにぶーぶー文句を言ってくる。黙っていたらかっこいいし、たまに真剣な顔をされるとドキッとするのに、通常モードだとこれだから締まらない。まあ、完璧じゃないところが良いのかなあ。


「今、すごい失礼なこと考えてたでしょ」
「そんなことないよ」
「ね、もう1回ぎゅーさせて」
「今日はなんか甘えただね」
「かっこいい徹くんが見たい?」
「自分で言ってて恥ずかしくない?」
「…最近デレてくれるようになったと思ったのに…最後の最後にひどい……」


肩を落としてがっかりしている徹を見て、思わず笑ってしまう。私、このパターン多いよなあ…絆されてばっかりだ。悔しい。もしかしたら徹の掌の上で転がされているだけなのかもしれないけれど、私はどうやっても徹のこの表情に負けてしまうのだ。


「かっこいい徹って、どんなの?」
「……知ってるくせに」


徹はそれまでとは違って恍惚とした笑みを浮かべると、私の唇をいとも簡単に奪った。とろり、とろり。そんな効果音が聞こえてきそうなほど、頭が蕩けていく感覚。なんて狡いんだろう。
どちらからともなくそっと離れると、至近距離で見つめ合う。最初は恥ずかしくて見ることのできなかった徹の目も、今は少しなら見つめていられるようになった。


「好きだよ」
「知ってる」
「そこは私もって言うところでしょ」
「言わない」
「言ってくれるまで離さないけど」
「…ほんと、ずるいね」


馬鹿。……好きだけど。
私の素直じゃない告白に、徹は満足そうに笑って。するりと私の頬を撫でた後、ぎゅーと抱き締めてくれた。ほわり。胸があったかくなる。
告白された時も思った。こんな感情知らない、と。徹といると自分の知らない感情がどんどん溢れてきて戸惑ってしまうけれど、それがなぜか嫌ではない。もしもこれから先も徹といられるのなら、まだ自分の知らない感情を知ることができるのだろうか。
不安と期待が入り混じった卒業の日。始まりのこの場所で徹の温もりを感じながら、私はまた、新しい始まりをむかえるのだった。


ハローワンダープシュケ


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