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センター試験も無事に終わり、名前のピリピリモードも幾分か解消された2月。まだ一般入試は残っているので油断はできないと言っていたけれど、センター試験の自己採点結果が思ったよりも良かったらしく、名前は少し落ち着いている。
さて、2月といえばバレンタインデー。俺は毎年、それはそれは沢山のチョコレートをもらっているのだが、今年は彼女の名前がいる。今までもバレンタインデーの時期に彼女がいたことはあったし、その彼女からチョコレートをもらったこともあった。けれど、名前は今までの彼女達と違って大本命なのだ。俺は名前からのチョコレートが、喉から手が出るほど欲しい。
しかし、先ほども言ったように、名前の試験はまだ終わっていない。つまり、安易にチョコレートちょうだい!なんて強請ることはできないのだ。ただでさえくれそうにない名前のことだから、強請ったらすごく嫌な顔をされるのは目に見えている。
というわけで、俺からは何も話題にすることはなく迎えたバレンタインデー。正直な話、俺と名前が付き合っているということは結構知れ渡っているし、今年は受験生ということもあって、去年ほどもらうことはないだろうと高を括っていた。が、甘かった。登校するやいなや、手渡されるチョコレート。下駄箱にも何個か入っていて、教室に入ると俺の机の上にはきらびやかなラッピングをされたチョコレートの山。自分でも、非現実的な光景だな、と思う。
念のために持ってきておいた大きめの紙袋にそれらを全て入れて席に座ると、待ってましたとばかりに女の子達に囲まれてチョコレートを渡された。嬉しくないわけじゃないし、好意自体は有り難いと思う。でも俺、彼女いるんだってば。
名前からしてみれば、じゃあ受け取らなければ良いじゃん、って話なんだろうけれど、勝手に放り込まれているものもあるし、全てを断り切るのは至難の技だ。モテるって辛い(モテないヤツら、ごめん。嫌味じゃないんだよ)。
漸く女の子達の集団が去って行ったところで名前の方を見ると、呆れたような視線をこちらに送っていて、非常に焦った。ヤバい。怒ってるかも。俺は慌てて名前に近付く。


「おはよう……怒ってる?」
「怒ってないよ。分かってたことだから」
「ホントに?」
「漫画みたいだなーと思ってただけ。すごいね。毎年こうなの?」
「……うん」
「食べるのも大変だね」


どうやら名前は本当に怒っていないらしく、俺の机の横に無造作に置かれている紙袋に目をやって、そんなことを言ってきた。怒っていないことに関しては一安心だけれど、問題は他にもある。大本命の名前は、一向にチョコレートを出してくる気配がないのだ。俺はじっと名前を見つめて、いつでもチョコレート受け付けてます!アピールをしてみる。


「……何?」
「え、いや、ううん、なんでもない」
「チャイムなるよ。席戻ったら?」
「…うん……」


アピール失敗。すごく怪訝そうな顔をされてしまった。たぶん名前は、俺の言わんとしていることが分かっているはずだ。分かっていて、わざと焦らしているに違いない。
そう信じて過ごすこと半日。授業の合間の休憩時間も、昼休憩も、名前は俺のところにやって来なかった。代わりに他のクラスや下級生の女の子達がチョコレートをくれたけれど、俺が待っているのは名前のチョコレートだけだ。もう放課後になってしまったし、そうか、一緒に帰る時に渡してくれるんだ!と思うことにした。
靴に履き替えていつもの帰り道を2人で歩く。ガサガサと音を立てているのは、紙袋に入った大量のチョコレート達だ。


「それ、全部食べるの?」
「え?あー…近所に配ったり後輩にあげたりもするよ。申し訳ないけど食べきれないし…」
「だろうね」
「………名前からはないの?」
「チョコレート?ないよ」


がーん。いや、薄々そんな気はしてたけど。もしかしたらもしかするかもって期待するじゃん。俺はあからさまに落ち込んだ。手作りが良いとか、我儘なことは言わない。既製品でも良いから、名前からのチョコレートが欲しかった。
俺の落ち込みように軽く引き気味の名前は、非常に困っている様子だ。これは本当に何もないパターンらしい。


「そんなにチョコ欲しかったの?」
「そりゃあ誰だって本命の彼女からのチョコは欲しいに決まってるじゃん…」
「ふーん…いっぱいもらうからいらないだろうなって思ったのに」
「名前のチョコは特別だもん…」


尚も肩を落とす俺に、名前が隣でゆるりと笑うのが見えた。…そんな笑顔には騙されないからね。


「徹、今日の夜、予定ない?」
「……なんで?」
「良かったらうちに夜ご飯食べに来ないかなと思って」
「え!行く!良いの?」
「お母さんに頼んだら良いよって。私が作る夜ご飯、チョコの代わりにならない?」


なんというサプライズだろう。チョコなんかよりずっと手の込んだ名前の手料理が食べられるのだ。代わりになるかならないかなんて、そんなの分かりきっている。


「チョコより嬉しい!」
「じゃあまた連絡するから…その荷物、家に置いてきなよ」
「うん!楽しみ!」


単純な俺は名前の言葉にすっかり気分を急浮上させて家に向かうのだった。


◇ ◇ ◇



名前からLINEで準備が整ったと連絡を受けると、俺はすぐさま家を飛び出して早足で名前の家を目指した。るんるん気分でチャイムを鳴らすと、なんというサービスか、名前がエプロン姿で出迎えてくれて、思わず目が点になる。


「徹?入らないの?」
「名前…ありがとう……」
「まだ料理食べてないでしょ」
「いや、うん、そうなんだけど、エプロン…なんか新妻っぽくていいね」
「……馬鹿なこと言ってないで入って」


正直に感想を述べたら、名前は俺を変態を見るみたいな目で睨んでからエプロンを外してしまった。言わなければ良かったと後悔したけれど、言ってしまったものは仕方がない。
俺は何度目かの訪問となる名前の家に足を踏み入れた。台所のダイニングテーブルには美味しそうな料理が並んでいて、これが全部名前の手作りだと思うと幸せな気持ちでいっぱいだ。
一瞬、クリスマスの日にこのダイニングテーブルの上で繰り広げてしまったアレやコレやが脳裏を過ぎったけれど、慌てて掻き消す。あんなこと、名前のお母さんの前では口が裂けても言えない。


「いらっしゃい。ゆっくりしていってね」
「ありがとうございます」
「ご飯できてるから食べよう」


名前が声をかけてくれて、俺は勧められた席に座る。丁寧に手を合わせて料理を口に運ぶと、それはそれは美味しくて驚いた。遥か昔、まだ付き合う前にもらった卵焼きも美味しかったし、名前はいい奥さんになりそうだ。


「美味しいよ。すっごく」
「良かったわねー名前?」
「…おかわりあるから」


照れ隠しなのか、黙々と箸をすすめる名前は口数が少ない。名前のお父さんは今日も仕事で遅くなるらしく、3人で楽しい食事を終えると、名前が冷蔵庫から何かを取り出して俺の前に置いた。


「チョコ…欲しかったんでしょ」
「え、」
「名前ったら、帰ってくるなりそれ作ってたのよー」
「お母さんは黙ってて」


目の前のそれは紛れもなくバレンタインデー用にラッピングされていて、それだけでも感動ものなのに、どうやら名前のお母さんの話によると帰ってから作ってくれたもののようで、更に嬉しさが込み上げる。夜ご飯だけで十分だったのに、まさかお土産までもらえるとは思っていなかった。口元がだらしなく緩んでしまうけれど、これはもう不可効力というやつだろう。


「今食べても良い?」
「え、夜ご飯食べたばっかりじゃん…」
「甘いものは別腹」
「女子みたいなこと言うね」


駄目だとは言われなかったので、俺は綺麗なラッピングをできるだけ丁寧に開けて中身を確認する。コロコロしたトリュフからは甘い香りが漂っていて、その匂いだけで美味しいことが分かってしまう。
口の中に1つ放り込むと、ほろほろと溶けていくチョコレートが舌に絡みついて、仄かな苦味とともに甘さが広がる。ほんと、名前は料理が上手いなあ。


「美味しいよ。ありがとう」
「どういたしまして」


いつの間にか名前のお母さんは台所から姿を消していて、もしかしたら2人きりにしてくれたのかな、なんて都合の良いことを考える。俺はなんの前触れもなく名前の手を取って自分の方へ引き寄せると、その唇にちゅう、とキスを落とした。


「徹!」
「お母さんいないもん」
「そういう問題じゃない…!」
「チョコのお礼」
「…徹がしたかっただけでしょ」
「バレた?」


でも名前だって、嫌じゃないよね?
俺は狡猾にも名前を至近距離で見つめながらそんなことを問うてみる。ばっかじゃないのって言うけどさ、そう言う時の名前は俺のこと拒まないって知ってるよ。
もう一度、味わうように口付けを交わした俺達は、チョコレートよりもどろどろに甘い空気を共有したのだった。


吐息溶解


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