×
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -

突然だった。名前から、黒尾君の連絡先教えてくれない?という、耳を疑うような申し出があったのは。なんで?と尋ねたのは、ほぼ反射。そりゃあ、ただでさえ最近嫌な気配を漂わせている相手の連絡先を易々と教えるのは、彼氏として憚られる。


「実は友達が黒尾君とお近付きになりたいらしくって」
「ふーん…それで、なんで名前が仲介役なの?」
「徹がバレー部だから聞いてくれないかってお願いされたの。最初は断ったんだけどね…他に頼める人いないって泣きつかれちゃって…」


小さく溜息を吐く名前が嘘を吐いているようには見えなかった。いや、元々そんなに何かを疑っていたわけじゃないんだけど。
名前を好きになってから知った。恋愛ってものは疑い出したらキリがない。アイツとの関係怪しいかも、俺のこと嫌いになったかも、フラれるかも。「かもしれない」未来は無限にあって、けれども結局のところそれらは「かもしれない」出来事でしかない。それならばもう、信じるしかないのだ。好きならば、尚更。


「分かった。たぶん大丈夫だと思うけど、連絡先教えても良いか聞いとくね」
「ありがとう」


その話題はそれで終了。まあそんなに引き摺りたい話でもないし、それだけで終わって良かった。ちなみにその後の話題はというと、ゴールデンウィークはどうするかとか、ゴールデンウィーク直前に練習試合があってもしかしたら起用されるかもしれないとか、そういう日常的な話をした。
そう。ゴールデンウィーク。つまり季節は初夏になろうとしていた。早いもので俺達が入学してから1ヶ月が経とうとしているのだ。大学生活にも徐々に慣れてきて、友達も増えた。名前も同じように感じていると思う。
高校生と大学生の違いは、圧倒的に自由な時間が多いということだ。必修科目はあるが選択科目は自分で自由に選べるので、うまく講義の時間を調整すれば自由な時間は格段に増える。1年生のうちに単位を多く取得しておけば後々が楽になると聞いていたのでそこそこの授業数を詰め込んではいるけれど、それでも俺はなかなか充実した日々を送っていた。


「ゴールデンウィークはどこに行っても人多いから名前はあんまり出かけたくないよねぇ…」
「人ごみ嫌いだからね」
「知ってる」
「でも、いいよ」
「え?」
「徹が行きたいところあるなら、そこ行こう」
「ほんとに?本気で言ってる?」
「私、冗談とか言うタイプじゃないんだけど」


それは俺が1番よく知っている。が、珍しいことを言うものだから、つい聞き返してしまった。俺だって別に、わざわざ人でごった返しているところに好き好んで行きたいというわけじゃない。ただ、名前と少しでも思い出になることができたらなあと思っているだけだ。
正直なところ、ここに行きたい!あれがしたい!とプランを練っているわけではなかった。けれども、折角名前がそう言ってくれるのであれば今からでも何か考えてみようかなあなんて考え始めている辺り、俺はだいぶ尽くすタイプの彼氏だと思う。


「でも」
「でも?」
「そんなにお金かかるところには行きたくないかも…」
「ああ…うん、それは俺も同じだから」


地元から東京に出てきて、お互い1人暮らし。親の援助でどうにか生活できている程度の身分で贅沢しようと思うほど、俺は落ちぶれちゃいない。名前もきっとそういうことを考えているのだろう。
そんな話の流れで、そういえば、と。名前が今思い出しました、みたいなノリで言ったセリフは、そんな、ついでに言っとくね、って雰囲気で言うような内容ではなかった。少なくとも俺にとってはかなり重要な話である。


「私、バイト始めようと思ってるんだよね」
「は?なんで?どこで?いつから?」
「ちょっと落ち着いてよ」
「落ち着けないよ!一大事じゃん!」
「まだ決まったわけじゃないし。そんな親みたいなこと言わないでよ…」


そりゃあ親みたいに口うるさくもなる。俺の大切な彼女である名前が、バイトを始めるだなんて言い始めたのだ。どこでどんなバイトをするのかは知らないが、変なところだったら断固として反対しなければならない。名前はそんな俺に、だから言いたくなかったんだ、みたいな顔をしていた。どうやらこの話題は忘れていたわけではなく、意図的に口にしていなかっただけのようだ。
ただ、反射的にあんな反応をしてしまったけれど、名前がバイトを始めようかな、と思う気持ちは分からなくもなかった。俺にも、ずっと親の仕送りだけで生活していくのは気が引ける、という気持ちが少なからずあるからだ。実は部活の練習の方が落ち着いてきたら、短期バイトとか、それぐらいはやってみようかなと考えていた。それがまさか名前に先を越されるとは。


「できたらゴールデンウィークあけから始めようかなって思ってる」
「どこで…?」
「候補はレンタルショップ、本屋さん、パン屋さん、ファミレス…」
「ファミレスだけは絶対だめ!」
「…一応きいとくけど、なんで?」
「ただでさえ可愛い名前が可愛い制服で接客なんかしたら変な男が寄ってきちゃうから!」
「どうせそんな馬鹿げた理由だと思った」
「馬鹿げてない!大真面目!」
「はいはい、心配してくれてありがと」


名前は、分かってたけど、って顔をして俺をあしらった。まあこういう対応はいつものことだけど。今日はその後の反応がちょっと違った。ありがと、の言葉の後に、ほんの少しだけ嬉しそうに笑ったのだ。たまにこうして気の抜けた表情を見せてくれるから、俺はその度に心を奪われる。ああ、好きだなあって思わされる。
きっとそっけない態度は照れ隠し。本当は俺が心配したことを喜んでいる。その証拠に、ファミレスだけはやめとく、と言ってくれた。ほんと、素直じゃないなあ。そういうところも可愛いんだけど。


「俺も」
「うん?」
「俺も、バイトしよっかな」
「え」


ほんの出来心だった。元々そういうことを考えていたから、ぽろりと口から零れただけ。そんなに重要なことを言ったつもりはない。だからてっきり名前は、ふーん良いんじゃない?ぐらいの反応をするものだと思っていたのに、意外にも動揺しているというか、戸惑っているというか。兎に角、随分と珍しい反応を見せていた。


「部活あるのにバイトもするの?」
「短期バイトとか、時間に融通が利きそうなバイトとか、探せばあるかなって」
「…ふーん」
「何?」
「別に…」
「別に、って顔してないけど」


なんとなく言いたいことは察知した。けど、あまり見られない名前の様子が面白くて、もう少し揶揄ってみたいという悪戯心が働いてしまった俺は、思わず頬を緩める。俺は名前のことが好きで、だいぶヤバいところまできちゃってるなって自覚はあるけど。実は名前だって結構俺のこと好きだよなあって。時々突然思い知らされる。
少しばかり不機嫌そうな名前は、きっと俺が揶揄い始めていることに気付いているのだろう。けれども何も言い返してこない。ってことは、やっぱりそういうことなんだね?


「バイト、してほしくない?」
「誰もそんなこと言ってないでしょ」
「ウェイターとかさ、似合うと思わない?俺」
「知らない」
「アパレル系とか。なんならモデルとかさ〜」
「…人にはダメって言うくせに」
「うん、そりゃ好きだから。心配するのは当たり前でしょ?」


思っていることを当然のように伝えれば名前は漸く降参してくれたのか、そうですか分かりましたよって諦めたような顔をして。とりあえずモデルだけは嫌かなって。そう言った。しかもちゃんと続きの言葉も添えて。


「私も心配だから」
「どうして?」
「どうしても言わせたいんだね」
「そりゃあ言ってほしいもん」
「…はいはい」


好きだからですよ。悪い?
凛として。でもちょっぴり恥ずかしそうに。やや小さめのボリュームで落とされた言葉に愛おしさが込み上げる。悪くないよ嬉しいよって笑ったら、つられたように表情を緩ませるのが、また愛おしい。
最近はギスギスした気持ちで過ごすことが多かったせいか、こんなに穏やかでふわふわした気分になったのは久し振りのような気がする。色々と不安なことや気になることはあるけれど。結局のところ、俺は名前を信じて、この好きって気持ちを大切にするしかないのだと、改めて気付かされた。
さてと。ゴールデンウィーク、どうしようかな。

|