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私は普段、お弁当を作って来る。一人暮らしをしていて夜ご飯を自炊するなら、ついでにお昼ご飯のお弁当も作ってきた方が安上がりだからだ。東京で一人暮らしをしている時点で親にはかなりの負担をかけている。だからこれでも、できるだけ節約をしようと心がけているのだ。
そんな私でも、たまに食堂を利用することがある。夜ご飯を外食で済ませた翌日とか、作るのが面倒だなと思った日とか。今日は後者にあたる日で、たまたま徹にお昼ご飯を一緒に食べないかと誘われたので食堂に来ている。
お昼時の食堂は人が多いのであまり好きではない。お弁当を持って来ている時は食券を買う長い列に並ぶ必要などないのだけれど、今日は並ばなければならない。並んでいるうちに徹も来るだろう。そう思って列の最後尾に並んだところだった。


「名字サン?だっけ?」
「え?あー…えっと、バレー部の、」
「そ。黒尾鉄朗です。どーも」


背後からぬっと現れた黒い人物には見覚えがあった。先週の金曜日、徹と一緒に帰っている時に出くわしたバレー部の人。申し訳ないことに名前がうろ覚えだった私と違い、黒尾君は私の名前を覚えてくれていたらしい。しかも、たった1度、しかも夜道で、顔はぼんやりとしか確認できなかったはずなのに、この人でごった返している食堂でよくもまあ私を見つけることができたなと感心する。
黒尾君はそのまま、何食わぬ顔で斜め後ろに並んだ。もしかしたら食堂で誰かと食べる約束をしているのかもしれない。


「いつも食堂?」
「ううん。お弁当のことが多いんだけど、今日はたまたま」
「へぇ。自炊してんだ。エライね」
「そうでもないよ。サボりがちだし」


黒尾君とまともに話すのは初めてだったけれど、そんなに緊張することはなかった。私はお世辞にもコミュニケーションスキルが高いとは言えないから、初対面の人とは会話が弾まないことが多い。けれども黒尾君は、上手に話を広げてくれる。きっと徹と同じような、コミュニケーションスキルが高いタイプにあたる人間なのだろう。
気兼ねなく話せるのは有難い。けれど、高校時代に徹と一緒にいた彼らとはまた違う雰囲気に戸惑っているのも事実だ。


「今日はカレシさんと?」
「…分かっててそういうきき方するんだね」
「あ、バレた?」


ケラケラと笑う黒尾君は、なんだか食えない人だなと思った。人当たりは良さそうだし、悪い人ではないだろう。けれど、なんとなく胡散臭いというか。
降り積もっていく僅かな警戒心。それを感じ取っていて気付いていないフリをしているのか、本当に気付いていないのかも分からない。


「オイカーくんとは長いの?」
「長くはないかな…初めて会ったの高校3年生の時だからまだ1年ぐらいだし…」
「へぇ…じゃあ俺にもチャンスあるね?」
「…どういう意味?」
「名字サンは頭良さそうだから分かると思ったけど?」


確かに、ニュアンスから悟ることは容易かった。けれど、わざとらしく分からないフリをしたのは、まともに取り合ったら良くないような気がしたからだ。
ニヤリ。本日1番のいやらしい笑顔を浮かべた黒尾君を認めた直後、名前、と。心地良い声で名前を呼ばれた。途端、急に緊張がほぐれたみたいに、ふっと身体から無駄な力が抜けていくのだから徹は凄い。いや、私が絆されすぎているだけだろうか。


「あ、徹」
「黒ちゃんと一緒だったの?」
「今たまたま会っただけ」
「何の話してたの?」
「人多いねって…ただそれだけ」
「ふーん…そっか」


どうして私は、咄嗟に本当のことが言えなかったのだろう。後になって考えてみれば不思議なことだ。黒尾君と徹の話をしてたんだよ、と。そう言っても何らおかしくはなかったはずなのに。きっと本能的なことだったのだと思う。徹はなんとなく、黒尾君のことを警戒しているような雰囲気があったから。
それを分かっていてわざとなのか。じゃあまたね、名前ちゃん、と。今まで名字サンと呼んでいたはずなのに、徹の前でだけ親し気に私の名前を呼んだのは。徹がとても複雑そうな表情を浮かべていることにはさすがに気付く。やっぱり、あまりよく思っていないみたいだ。
徹はそれからも何やらぼーっと考え事をしていることが多く、せっかく頼んだラーメンも伸びてしまいそうだった。徹の様子が明らかにおかしいのは先週の金曜日からだ。あの日、初めて黒尾君と、もう1人のバレー部の人(申し訳ないことに名前は忘れてしまった)に出会った。それが徹にとってはあまり望ましくないことだったのかもしれない。
高校の時は徹の友達と言えば幼馴染みの岩泉君と、同じバレー部の花巻君と松川君。この3人以外とはそこまで関りがなかったと思う。だからだろうか、必然的に私が関わる男子というのもクラスメイト以外ではこの3人に限定されていた気がする。それが徹にとっては安心だったのだろうか。
大学に進学して、同じ大学といえど学部も学科も違う私達では、交友関係が変わってくるのは当たり前のこと。徹と共通の友人?知り合い?である黒尾君と少し話していたぐらいで、こうも敏感になるのは些かおかしいとも思う。2人の間で何かあったのだろうか。それとも、他に何か理由があるのだろうか。よくよく考えてみれば徹とはなんだかんだで順風満帆なお付き合いをしてきたので、こんな風にぐらぐらした感覚は初めてだった。


「最近考え事が多いね」
「んー…そうかな。ごめん」
「大学入ったばっかりで疲れてるんじゃない?」
「そうかも」


不安と言えば不安。不安定な状態を一刻も打破したいとも思う。けれど、何かあったんじゃないの?と尋ねないのは、私に勇気がないだけなのか。力なく笑ってラーメンを啜る徹が何を考えているのか、私には分からなかった。


◇ ◇ ◇



あの後、食堂を出た私達はたまたま私の友人と遭遇し、おかげでからかわれるハメになってしまった。冷やかされるのは好きじゃない。どう反応すれば良いのか分からなくなってしまうから。


「名前の彼氏、王子様って感じだね」
「羨ましいなあ」
「見た目はそうかもしれないけど…」
「性格最悪とか?」
「最悪…では、ない」
「じゃあいいじゃん。贅沢者」


そうか。私は贅沢者なのか。確かに、イケメンかそうでないかで分類すれば徹は間違いなくイケメンの部類だろうし、性格だってなんだかんだで優しくて私のことを考えてくれているのがよく分かる。これ以上何を望むのだと尋ねられたら、答えられない。それならば私は、どうして今こんなにも胸にわだかまりを抱えているのだろう。考えれば考えるほどドツボにハマっていくような気がして、私はそこで思考を中止した。
今日はもう徹のことで余計なことをごちゃごちゃ考えないようにしよう。そう決心した矢先、徹から放課後の練習を見に来ないかとお誘いがあって、正直迷った。けれど。いいよ、と返事をしてしまったのは私がきちんと徹のことを想っている証拠だと思う。
むかえた放課後、立派な体育館の2階から階下を眺めると、見知らぬ人達(恐らく上級生)に交ざって徹が練習しているのが見えた。高校時代と変わらぬその姿に、なんとなく安心する。徹はあの頃のまま、何も変わっていない。そんな風に思って、もう1度体育館全体を見渡していると、徹以外にも見覚えがある人を2人見つけた。この場合は勿論と言うべきか、その人物とは金曜日の夜に出くわした例の2人である。
同じバレー部なのだからいるのは当然だ。何も驚くことはない。ただ、黒尾君はなぜか私が来ることを予想していたみたいにバッチリ目が合って微笑まれたものだから、慌てて目を逸らしてしまった。会釈ぐらいすれば良かったのだろうけれど、条件反射というやつだろうか。またもや謎のわだかまりが大きくなっていく中、それを払拭すべく徹を見つめていれば、にこりと笑顔を向けた後で手を振ってくれた。この温かさが、私は堪らなく好きだ。その気持ちが少しでも伝わるように、私はゆるりと手を振り返した。

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