×
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -
ふいうち素参る

ほんの数日の出来事ではあったが、名前ちゃんというターゲットを見つけて少しばかり楽しかった日々が、呆気なく終わりを迎えた。まあ、遊び相手にならないなら仕方がない。何度も言うが、面倒ごとは御免なのだ。
俺はそれまでの日常に戻って、その他大勢の女と着の身着のまま身体を重ねた。が、どうしたことか、ちっとも気持ちよくないしつまらない。元々そこまで満足するような女はいなかったから飽きただけかもしれないが、こうも昂らないと男としてどうかしてしまったのではないかと不安になる。そろそろ今キープしてる女とはオサラバする時期かなー。そんなことを考えながら、俺は夕方の通学路をダラダラと歩いていた。
今日は部活がオフの日だ。闇雲に練習すりゃ良いってわけでもないので、うちのバレー部には、たまにこういうオフの日が存在する。いつもなら研磨と帰るのだが、今日は新しいゲームの発売日ということで、研磨はさっさと帰ってしまった。もう慣れたものだが、こういう時の研磨の機敏さだけは目を見張るものがある。
バレーがなければ基本的に何もすることがない俺は、今日も暇潰しがてら女に声でもかけようかとスマホを取り出した。あー…誰にすっかな。特にめぼしい女も見つからずスマホから顔を上げた時、俺の目に何気なく飛び込んできたコンビニ。そういえばゴムなくなったっけ。コンビニのやつって数少ねーけど買っとくか。俺は気まぐれにそんなことを思って、ふらふらとそのコンビニの中に入って行った。
お目当てのものをとっとと買って帰ろうとした俺だったが、ふとスイーツコーナーの方に見たことのある後ろ姿を発見して足が止まる。間違いない、名前ちゃんだ。


「名前ちゃん?」
「うわあ!」
「…そんな化け物に声かけられたみたいな反応すんなっての」
「ごめんなさい…まさかこんなところで会うなんて思ってなくて…」
「そりゃそうだろうけどな」


あまりの驚きように思わずツっこんでしまったが、確かに、何の前触れもなく背後から声をかけられたら、それなりに驚いてしまうのも無理はないかもしれない。とは言え、名前ちゃんの場合はオーバーリアクションすぎると思うが。
それにしても、なぜ名前ちゃんがこんなところに?と思って思い出したのは、この辺りが山本の家の近くだということ。確か山本の家と名前ちゃんの家は近所だと言っていたから、このコンビニは名前ちゃんの家からも近いのかもしれない。
俺がそんなことを考えていると、名前ちゃんが突然首を傾げた。どうやら俺が手に何も持っていないことを不思議に思っているらしい。


「何を買いに来たんですか?」
「え?あー…小腹空いたからパンでも食おうかと思って」


純粋そうな瞳でシンプルな質問を投げかけられたものだから、まさかゴムだとは答えられず、俺は咄嗟に嘘を吐いた。別にそこまで腹はへっていないが、食べられないってほどでもない。
俺の返答をきいた名前ちゃんは、なぜか目を輝かせている。なんだ、この嫌な予感は。


「それなら私、オススメのパンがあるんです!」


そう言ってパンコーナーに行った名前ちゃんが持って来たのは、見るからに甘そうな菓子パンだった。クリームたっぷりのそのパンの袋には、新発売の文字。なるほど、どうやら名前ちゃんは、新作を俺にすすめようとしてくれているらしい。
俺はそこまで甘いものが好きじゃない。カレーは甘口派だが、甘ったるいお菓子はどちらかというと苦手な部類に入ると思う。だから名前ちゃんがすすめてくれるこのパンには、正直ちっともそそられなかった。


「俺、そこまで甘いの好きじゃねーんだよな」
「……そうなんですか…美味しいのに…」


俺の発言をきいた名前ちゃんは、途端、しょんぼりと肩を落として、本当に残念そうな姿を見せた。いやいや、そんなにヘコまなくても良いだろ。俺、すげー悪いことしたみたいじゃん。
なんとも言えない罪悪感に襲われた俺は、柄にもなく焦ってしまった。そして、どうにも名前ちゃんの落ち込んだ姿を見ていられなくて、全く意に沿わないことを言ってしまう。


「…今ちょうど甘いもん食いたい気分だったから、それ買う」
「え!本当ですか!」


足元に落としていた視線を上げてぱあっとキラキラした目で俺を見てくる名前ちゃんは、飼い主にご褒美をもらって喜ぶ犬のようだった。尻尾があったら間違いなくブンブン振っていることだろう。そんなに俺がパン買うのが嬉しいか?とは思ったが、あっと言う間に気分は浮上したようなので良しとする。つーかなんで俺、名前ちゃんのご機嫌とりしてんの。
よく分からない展開になってしまったが、買うと言ったからには買うしかない。俺は名前ちゃんの手からパンを攫うと、レジで会計を済ませた。ほんと、何やってんだ俺。
そういえば名前ちゃんは何を買っているのだろうかと少し気になって、俺の後に並んでいた名前ちゃんのレジの様子を背後から覗き見る。まあなんというか、口の中砂糖で麻痺するんじゃね?ってぐらい、見事に甘いもののオンパレードだ。その中には俺にすすめてきたパンもあって、名前ちゃんが極度の甘いもの好きであることが窺えた。
俺が背後に立ってレジの様子を眺めていることに気付いたのか、名前ちゃんはチラチラと俺の方を気にしながら会計を済ませている。そして名前ちゃんは、会計を終え店を出ようと歩き出そうとしたところで、何を思ったか急に立ち止まり、レジ袋の中身を漁ってオススメのパンを取り出して俺ににっこりと笑った。
こんなところで今買ったもん出すなよ、とツっこむより先に、その笑顔に釘付けになった挙句、可愛い、と思ってしまったのは、きっと名前ちゃんが俺に初めてそういう顔を見せてくれたことに驚いただけだと思いたい。本当に汚れを知らないんだろうなと思わせるふわっふわした表情に、眩しさすら覚える。


「これ、おそろいですね」
「……おそろいって…キーホルダーじゃねーんだから…」


何がおそろいだ。そんな可愛いこと、満面の笑みで言うやつがあるか。俺は呆れるフリをしてふいっと顔を逸らした。くっそ…なんで俺、こんなチョロい女の子に振り回されてんの。自分で自分のことが分からなくて、俺は軽くパニック状態だ。
そんな俺の心中など全く察していないであろう名前ちゃんは、取り出したパンを丁寧にレジ袋の中に戻してスタスタと出口の方に向かって歩き出す。なんというマイペースさ。これだからホンモノの天然ってやつは怖い。


「私、帰りますね」
「あ?お、おう…」
「食べた感想、今度きかせてください」


さようならー、なんて言いながらコンビニを出て行く名前ちゃんの後ろ姿を呆然と見つめる。言いたいこと言って、やりたいことだけやり切って帰っていきやがった。
俺は本来、女を掌の上で転がす側の人間であって、間違っても転がされる側にはならないはずだった。これは転がされているというより、ただ単に翻弄されているだけかもしれないが、それでも俺にとっては屈辱的な仕打ちだ。
コンビニを出て、折角なので買ったばかりのパンを齧る。期待を裏切らない甘さに軽く悶絶して、けれど捨てるのも勿体無いのでとりあえず完食した。おかげで口の中が砂糖まみれで大惨事だ。
こんなもん、2度と食わねー。そう思ったけれど、また名前ちゃんに笑顔ですすめられたら、なんとなく断りきれなくて食べてしまいそうな自分に愕然とした。
食べた感想きかせてください、と。確か名前ちゃんは去り際にそう言っていた。それはつまり、今度があると思って良いのだろうか。不味かったと言ったらどうせがっかりして泣きそうな顔するんだろうなと思うと、嘘でも美味かったと言ってやった方がいいのだろうか。
帰り道、俺の頭の中は名前ちゃんのことでいっぱいになっていて、ゴムを買いに行ったことなんて綺麗さっぱり忘れていた。やっぱり俺、男としてなんか駄目になったんじゃねーかな。


prev | list | next