スピカに願いを

うちのマスターは、黙っていれば美人というやつだ。

突然何を言い出したんだ、ルルハワの灼熱の陽気に当てられたか?とかサーヴァントの贔屓目、欲目じゃねえのか?とか色々あるだろうがまあ一つ聞いて欲しい。
俺のマスター、――つまりはシャーウッドの義賊、本人曰く出来が良くない方の顔を持たぬ皐月の王・ロビンフッドー――のマスターは藤丸立香……ではなく、もう一人の人類最後のマスターである湊蒼織の方であった。魔術師としての高い素質を持ちながら教養を全く持たない、与り知らぬ間に毒を行使する起源に目覚めていたある種此方も藤丸に負けず劣らずの経歴を持つ我がマスターを一言で形容するならば、先述した「黙っていれば美人」が一番相応しいと俺は思う。外見だけを形容するならば「守ってあげたくなるタイプのお嬢さん」とも。
ジャパニーズ特有の漆黒の豊かな髪は毛先に掛けて癖が掛かり、瞳はこのルルハワの海を閉じ込めたようなオーシャンブルー。長い間人理修復に尽力してきたとはいえマスターが前線に立つなんて馬鹿げた話はそう無い為、基本的に初対面・目上の人間・身内判定を下していない者に対しては余程の事がない限り丁寧な口調と柔らかい物腰を崩そうとはしない為にそういった印象を持たれがちだ。だからこそ、彼女の性格……つまりは自分が大事にしている物の為ならばそれがどれだけ苦しい茨の道だったとしても、傷だらけになりながらでも駆け抜けてみせるガッツのある人間だと知るといい意味で印象を裏切られるのだが。
兎も角彼女を総括すると見た目は守ってあげたくなる薄幸美人なお嬢さん、中身は大切な物の為ならばどんな障害でも乗り越えてみせる根性据わった、そして面倒見がいい至って現代的な若者――それが我らがマスター・湊蒼織なのである。

さて、ではどうしてこんな話題を唐突に切り出したのかという本題に戻るのだが。

「や、だから本当に連れが――」
「いいじゃん連れの奴なんて放っておいてさあ。俺達と遊ぼうよ」

つまりは、こういう事である。
確かに此処ルルハワは特異点を生み出した張本人であり厄介事を引っ提げてきた元凶であるBBの権能と制約によって今までの特異点とは違い街中での危険度は大分低い、が。どういう訳か在中しているカルデアのサーヴァント以外にも縁を結んでいない英霊のみならず一般の観光客の姿までちらほら見かけるという事は全く安全という訳ではなくこういう危険性があるという訳で。
多少自衛の心得があるとはいえ民間人に対しての魔術の行使は神秘の冒涜に繋がりかねない。最終的に特異点を修復するとはいえ時計塔当たりのお偉いさん方が怒髪天になるような事態は出来る限り避けなければならない訳で。しかし上記の人当たりの良さ故に口八丁やら何やらで逃げ出すには彼女の身内以外への対人会話スキルは向いておらずこうして見るからに対応にもたついているのだが。

「――ッ、やめて!」
「!」

確かな嫌悪感が滲んだ悲鳴だった。とうとう手を出しやがった軟派男達がうちのマスターの右手首を掴んでいる。そもそも明らかに乗り気じゃない相手に対して無理矢理とかナンパをする者としてどうなんだとかまあ思う所は色々あるが、俺のマスターに触った上に握った場所が最悪だ。穏便に済ませようと思ったが多少の棘は許されたっていい筈。必死に抵抗するサオリに手を焼いているお陰で特に無謀の王を使わずとも容易に近づけた。即座にマスターの側面を固めていた二名の項に手刀を叩きこむ事で昏倒させ、誰だと振り向いた手を出してくれやがった軟派野郎の左手首を締め上げる事で無力化した。目を丸くさせた彼女がろびん、と俺の名前を唇で形作る。

「俺の連れに何かご用です?それなら俺が承りますけど?」

にこりと張り付けた笑顔の圧に怯んだように男が手の力を緩めたのをサオリは見逃さず、思い切り手を振りぬく事で振り払うとロビン!と倒れ込むように駆け寄ったのを難なく受け止めると何もされてねえな、と耳打ちした。小さく頷くのを確認した後先程まで男が掴んでいた右手をしっかりと握りしめ、締めあげたままの左手を開放すると男は二、三歩よろめくように後ろに退いた。その表情は仲間を即昏倒させたからか確かな恐怖に染まっている、のを一瞥するとそれじゃあ、と改めて笑顔を張り付けた。

「この後俺達はデートなんで。ここいらで失礼させて貰いますよ」
「っは!?え、待って、ちょっとロビン!」

デートの一文字に酷く動揺したのか騒ぐマスターをそのままにストリートを突き進んでいく。……俺が、マスターを咄嗟に引き寄せたり強引に連れ出すときにいつも触っているのが令呪が刻まれた右の手の手首だった。それは別に最初は意図した物ではなかったし、今もいつも触れているのがこっちだから、という理由で手に取る事が多かった。けれど今、確かにあの男が今握るこの手に触れた時に去来した感情は嫌悪感、という奴で。……まるで、此処に触れていいのは俺だけというような独占欲じみた感情だった。マスターは人間で、俺は抑止の輪に刻まれた英霊であり影法師。ここに居るのはサオリとの契約で結ばれた一時的な生に過ぎず、全てが終わって彼女が人類最後のマスターの片割れ、という肩書から解放される時が俺と彼女が別れる日だ。主と英霊という関係上ずっと一緒には居られない。だから、俺は、マスターが向けてくる信頼と親愛を越えた、英霊に向けるべきではない感情を見て見ぬふりをして来たというのに。

「ろ、ロビン、ねえロビンってば……!」
「はいはい聞いてますよ。取り合えずここいらでいいでしょ」

ビーチと道路の間にある小さな公園のような休憩スペースはビーチで遊び惚ける、或いは買い物に来たサーヴァントや観光客で占領されているも同然だったが座る場所もないような隅の隅だと人気も遠のく。漸く向かい合ったマスターは俺が怒っていると思っているのか少し怯えたような表情で此方を見上げている。まあ多少は怒っているが、先程のはほぼ不可抗力だ。致し方あるまい。
藤丸が水着を新調したようにマスターも今回の調査もとい特異点修復に合わせて新しく水着を用意していた。グレーの大きいフリルがぐるりと巻かれたオフショルダー型のワンピースの物に、黒いシフォン生地のパレオを巻いた姿は俺の贔屓目や欲目を抜きにしたって可愛かった。何時もは無造作に流しているだけの髪も水着に合わせたのか綺麗に纏め上げていて、ちらちらと尾っぽが動く度に見える項が魅惑的だった。そうでなければ男がナンパなんてする筈がない。メイヴの騒ぎの時にも口にしたが、本当にそこいらのサーヴァントにだって負けていない。本当にそう思っているのだ。

「マスター、幾らルルハワが今までの特異点と比べて安全だからって護衛なしで外に出歩くのはNGですよ。何かあったらどうするんです」
「……ごめん。ちょっと買い出しに行く程度だったから大丈夫かと思って。軽率だった」
「そう思ってるんならちっとは反省してください。ったく、血の気引きましたわ」
「ごめん……」

肩を落として益々しゅんと落ち込む姿に小さく嘆息しつつ髪をかき乱す。特異点問題やらサバフェスの事やら問題は山積みといえど、このような重い空気はルルハワの乾いた空気と賑やかな陽気には似合わなかった。しまった、と小さくロビンフッドは心中で呟く。普段切り替えが早い彼女が落ち込むときはずぶずぶと沼に沈むように深く落ち込む質なのをすっかり失念していた。今まで貯め込んできた反省事項を纏めて抱え込んで溺れていく、みたいな。

「……マスター、少し前にメイヴのステージの前で言った事覚えてます?」
「マスターだって負けてない、ってやつ?」
「そうです。アンタは冗談か世辞だと思ってるかもしれませんけど、こっちは本気でそう思って言ってるんで」

ぱちり、と瞳の中の大海に光が零れ落ちた。その様子だとやっぱり冗談か世辞だと思っていたらしい。
そもそも俺は英国圏のサーヴァントだ。日本鯖と違って世辞なんて文化は根付いちゃいない。

「だから……まあ、その、なんだ。アンタはきっと大方自分よりも可愛い奴や美人の娘が居るから眼中に無いだろうとか何とか思ってるかもしれねえですけど、アンタが思ってるよりマスターは可愛いんですから。そういう意味でも護衛なしで動き回るのは厳禁っつーことで」
「……なんだかロビンにナンパされてるみたい」
「はは、ナンパを趣味に連ねて公言する男が可愛いって言ってるんだから信憑性あるっしょ?」

一応言っとくけど、今更迷惑なんて思わねーですからね。
握ったままの右手を持ち上げて、親指の腹で手の甲をなぞる。弓に矢を番えたような文様の令呪は外ならぬロビンフッドを喚んだ時に刻まれたものだ。他の彼女に召喚されたサーヴァントと違って、これはロビンフッドという英霊が偽りの生を受ける生命線。俺と彼女を結びつける証明で、縁で、糸で、絆で、呪いで、運命の印。特別な証を覆い隠すように、包むように一回り大きい自分の手で握った。

「……もう、アンタの右隣に陣取って三年も経つんですから。今更遠慮とか無しだぜ?マスター」
「そう……だね。君は私の相棒なんだから、遠慮なんてしなくていいか」
「過労死だけは勘弁してほしいですけどね」
「ごめん。それは保証できない」

至極真面目な顔で告げてくるマスターに思わず肩を落とすが、仕方ないよねと彼女はおかしそうに笑った。ロビンが近くに居ないと落ち着かないし、何よりパートナーサーバントだもん。傍に居てもらわなきゃ、と。円卓の騎士やら拳法の開祖やら余程自分よりご立派な英雄たちが彼女の下に集っているというのにそれでもなお「出来が悪いロビンフッド」を重宝し、私の相棒と呼び、リソースをつぎ込んで引き返せないところまで俺を引っ張って来たこの我慢強くて趣味が悪い、いっそ一周回って気持ちいい程に真っ直ぐすぎる信頼を向けてくるマスターの隣に立ち続けるのは……まあ、悪い気はしなかった。

「だから、ロビン。早速だけど私の護衛、宜しくね」
「はいはい、承りましたよ。……今の俺は気分がいいからついでにエスコートもしてあげますよ。お手をこのまま拝借、お嬢さん」
「あはは、じゃあお願いしようかな!先ずはメインストリートに戻ろう、弓騎士様?」
「だから俺は不肖騎士見習いですって」

寧ろ、遠い月の海での戦いで果たせなかった望みを。そして生前叶わないと切り捨てた小さな夢を。
今此処でなら叶えられるような気がして――。

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