視線の矢と夏目 2/2



膝立ちになって八角の中へ性器を埋め込んでいく。温かな肉の締めつけは女とは違っていて、癖になる。間野は腰をしっかりと掴んで俯いたままの八角を揺さぶった。
「は、ぁっ…、ん、んっんくっ」
押し殺した息遣いと肌をぶつける音に高揚して、間野は狭い体内を味わった。八角がそれで快感を得ているのかなどはどうでもよかった。気持ち良くなりたいのなら自分で行動するべきなのだ。八角の服従心ばかりが育てられ、支配欲は相変わらず満たされない。背中を手の平で打つと中は締まる。
「ひぃンッ…ぁ、やだっ、叩かないで…!」
「じゃあ自分で動いてみろよ。楽するな、ほら」
「あぅ、あっわか、わかんな…ぁっやぁ、や、そこぉっ」
「自分だけ気持ち良くなってんなよ」
反射的に逃げる体を引き戻すと、いいところを擦ってしまうらしい。八角は嫌と言いながらも徐々に腰をくねらせるようになった。間野の機嫌を窺う目は、今は床を見つめている。間野は不可解な苛立ちを覚えて八角を必要以上に言葉でなじった。
「お前さ、いつもケツどう洗ってんの」
「ト、トイレのっ…せ、洗浄ぅ…ッ」
「そんだけじゃ中まで洗えてないだろ」
「今日、ぁっ、うぁっきょ、うは…っ時間、なかったから」
間野は温水でゆすいだだけの肛門を素手で触ったことを嘲笑う。繋がったところはじゅぷじゅぷといやらしい音を立てていた。ゴムを被せているとはいえ、その中に性器を埋めている自分を棚上げして、八角を傷つけるためだけに台詞を探しては吐き出す。
「時間があったらちゃんとやるわけだ。物好きの淫乱」
「う、んっ…ぅ、はひっ、し、しますぅ…!」
語尾で突きあげると、必死に答える八角は大きく跳ねた。射精したかのような一瞬の強い締めつけに間野も奥歯を噛み、耐えるとまた執拗に腰を振る。間野は八角のものに触れたことはなく、いつも自分で擦らせていた。けれど今日はそれさえも許さぬように肘を掴んで上体を起こさせる。
「ぁっあ、や、なにっ待っ、あっ…んあぁッ」
「もう触らなくたってイけるくらいにはなってんだろ」
「やぁっ、あ、イけな、あっ、だめ、離してぇ…!」
八角が頭を振って嫌がっても間野は爪をめり込むようにして、離しはしなかった。押し進んでは引いてを繰り返す激しい腰使いに、八角の上ずった声が弾む。
「いぁ、やっ…っ、やぁ、あんっ、あっあっ」
正面に鏡でもあればあの瞳が濡れてどろどろになっているのが見えただろう。一度も向き合ってセックスをしたことはない。肩越しに覗きこんで見えたのは、突きあげにならって揺れる性器だけだ。
「お前のちんぽ、先走りすごいな」
「言わなっぅあっあ、ひっ言わな、でぇ…!」
軽く擦ってやるだけでも達してしまいそうなほど前を膨らませて、八角はぐずぐず泣く。間野は同じように射精感が高まってくると項や耳を軽く噛み、痛みを残した。痛いというくせに股の間を濡らす八角の穴はよく締まり、下半身が蕩けるほどに気持ちがいい。間野はほっそりとした男の体を犯しながら薄く笑みを作った。
「お前の中だけは…ほんと、最高だよな」
「ぁあっ、んあっあっはぁっ、間野くッ…ぅ、ぃ、あっ」
「なあ八角、お前がちゃんと中を綺麗に出来たら、生でしてやろうか。それで、中出ししてやるよ」
「ひぃ…!ぃ、いや、っあ、ぁあっ…!」
間野は程なくしてコンドームの中に精液を吐きだし、甘く囁かれた言葉に八角も遅れて性器に触れることなく射精したのを、間野は見逃さなかった。

「……あーあ、なんだ、ちゃんとイけたじゃん」
八角は解かれた腕を咄嗟に前について崩れ落ちる。間野は手早く身なりを正して、窓を開け放った。すうっと駆け抜けた風に撫でられた八角が起きあがり、縋るような目を向けたのがわかる。すると、また言いようのない苛立ちが沸き起こるのを避けたかったというのに、やはり上手くいかなかった。
「ま、間野くん…そ、その」
「何も言うなよ。あっち向いて黙れ」
「ごめんなさい……ごめ、気持ち悪くて、ごめん」
裸の背中に向けて再び手を振りあげて、間野は八角を打った。先ほどまでセックスをしていた淫靡な雰囲気など、もうどこにもない。日陰で生きる人間らしく白い肌が色づいて、まだらに染まっていくのを間野は他人事のように見た。
「こんなの、誰にも見せられないな、八角」
いつだかも忘れた打撲の痕が青なじみになり、引っ掻き傷は細い瘡蓋になっていた。他に八角を痛めつける人間がいないのだとしたら、全てが間野の暴力によるものだった。八角は人を怒らせるのが上手い。間野以外にも手をあげた人間はいたかもしれない。
「間野く…っごめッ……、ぁっ、ごめんなさい」
「ッ、こっち見るなって言っただろ!」
八角に見られると居心地が悪かった。間野は声を張り上げて、切りつけるように鋭く手を振りおろした。痛みに八角は呻いて、体を丸める。それでもまた、許してほしいと黒すぎる瞳で間野を見る。セックスは間野が初めてだと解っていたが、どこか痛みに対しての耐性のある八角は謝り続けた。


間野は懐かしい夢を見ていたことを自覚し、膝をすり合わせて寝返りを打った。床はひんやりと冷えていて、体温を奪っていくようで気持ちがいい。汚点ばかりの青春時代で熱された頭を冷やすには丁度よかった。けれど、それを許さないかのように思い出が1つ顔を出す。
「あ、そうだ、そう、確か……」
ふらりと起きあがった間野はぶつぶつと意味もなく呟いて、寝室の収納を漁る。不要になった服が邪魔をして何度も舌打ちをした。そして、目当てのものを探り当てるまでに長くはかからなかったことに満足して、取り出した菓子の缶を抱いて座りこむ。記憶は正しく、当時のことを鮮明に再生し、やがて消えていく。
「……いくらあるんだろうな、これ」
中には何枚もの夏目漱石と八角景一の連絡先が残っていた。



150130

 


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