視線の矢と夏目 1/2



黒々とした瞳は無遠慮だが、その持ち主はとても気が小さかった。間野が見られていることに気付きそちらを見ると、必ず迷ったように視線を机に落とす。まるで怯えた小動物のような仕草は鬱陶しくて嫌いだった。
八角景一とは中学の三年間、特に接点はなかった。間野が意識的に避け、卒業の瞬間まで好いたことはなく、同じ高校への進学の理由に間野の名前が出た時は不快な思いをして、言葉を交わした時はいっそ呆れたものだった。
間野と八角は友人と呼べる間柄ではなかった。同窓会の日に、八角の欠席を話題にされた時にようやく思いだしたくらいだ。悪友の幸島が言うに、離婚をしたらしい。独身の間野は八角が結婚していたことには驚いたが、離婚についてはさして驚きもしなかった。高校の三年間、体の関係を持った相手が、女と上手くいくはずがない。あんなに不器用な男を他には知らない。そう考えだしてしまうと、間野は酔いのまわった頭で八角のことばかりを思い出した。


校内一の秀才として八角の噂は間野の耳にすぐ届いていた。けれど間野は、何度も物覚えの悪い八角を叱った。それもバレないように顔ではなく服で隠れる場所を殴って、蹴って、痛めつけた。申し訳なさそうにしながらも相変わらず黒い瞳だけで生意気にも間野を貫くのが、気持ち悪かったからだ。
「こんなにされても、俺が好きかよ」
「ごめんなさい。……間野くん、ごめん」
八角は拳の離れた肩を押さえて縮めた体を更に小さくする。痛かったのか惨めな自分が情けないのか、体を小刻みに震わせる様子にはまるで同情出来ない。馬鹿みたいだと何度思ったかわからなかった。
「謝るならさっさと続きやれよ下手くそ」
「うん、うん、ごめん。ありがとう」
「礼なんか言ってんなよキモいんだよ」
壁に背を預けて床に座る間野が足の間の八角を軽く蹴ると、八角はおずおずと股間に手を伸ばした。むき出しになった性器はふにゃふにゃしていて、小便の臭いがする。ゆっくりと顔を近づけて舌の先で舐めるだけでも恐ろしさが胸に広がったが、間野が黙っているうちにと口の中に一気に含んだ。
「もっと、しっかり舐めろ」
「ぅぐっ……ん、んぅ、ぅ…こ、こう?」
「教えただろ。頭使えよ」
「ごめ、ん…ごめ、なひゃ……っ」
唇に当たる皮の感触も、亀頭が頬の内側を掠めるのも、芯を持った硬さも、先走りと唾液が混じるのも全てが不快で仕方がないのだろう。八角は涙を滲ませて奉仕を続ける。不快なことから逃げようとすれば、髪を掴まれ指導された。初めてでもないくせに、おどおどするばかりで一向に進歩がないのは、間野の癪に障り快感を損ねるに十分だった。
「俺のことが好きって本当は嘘なんじゃねえの」
「ちが…!ほ、本当に、好きだよ、間野くんが好きだ」
「じゃあもっと嬉しそうにしゃぶれよ」
「そ、そんなの…わ、わからない」
「面倒くさ。お前ってほんと使えない奴だな」
間野がそう言うと八角は泣いた。八角は確かに頭はよかったが、どこか潔癖な育ちをしていて性的な行為に関してはあまりに稚拙だった。

恋人でもなく付き合いを始めて、ほとんど暴力のようなセックスだけをする関係はいつの間にか築いていた。八角がどんな解釈をしているのかは知らない。終わると黙って金を握らされた。ただ間野は性欲の処理が出来ればよかったし、女ではないから妊娠の面倒もない八角とするのは都合がよかった。オナニーより粗末な奉仕でも、人と交わることは特別だ。場所は決まっておらず、だいたい鍵つきの空き教室、それ以外では今のように両親が不在がちな八角の家でセックスをした。

暫く下手なりに必死な八角の好きにさせて、十分なほど勃起すると間野は掴んでいた髪を軽く引く。それが合図で八角はようやく性器から口を離すことが出来た。
「ケツこっち向けて」
「……やっぱり、するんだ」
「じゃなきゃお前の家になんか来ないよ」
間野は冷たく言い放ち、八角を四つん這いにさせて後ろに座り直した。恥ずかしそうにズボンとパンツが下ろされ、白い尻が露わにされるのを黙って眺める。唾液でべっとりと濡れたものが瞬間ぴくりと反応して、そこへ入ることを知っている単純な猿のようで笑えた。
「早く準備しろよ」
「わ、かってる」
ベッド下に手を差し入れて引きだした箱の中から、ローションとコンドームが出てくる。通販で買わせた透明な液がたっぷり入ったボトルを逆さにして手の平に出し、自らの尻の穴をまさぐる光景は淫らだ。指が一本埋まっていき、八角がひとりでに見悶える。
「やらしい奴、自分でケツいじって勃ってんの」
「知らないっ…だって……、勝手に」
「ちんぽ舐めてる時からだろ、それ」
「や、だぁ」
「やだってなんだよ。嫌そうな顔してたくせにマゾだな」
「言わな、ぃ、で…っ……、ん、はぁっ、あぅッ」
二本の指を差し入れて恐る恐る中を拡げる八角は滑稽でもあった。初めの数回はほとんど慣らさずに挿入を試みて、痛みで泣いたことを女々しいと殴られたことがトラウマになっているらしかった。本来男を受け入れる器官ではないのに、間野のために、八角は嫌でも行動している。
「もういいんじゃないのか」
「ま、まだっ…まだ、待って、ぁ、もう少し」
手際の悪さに呆れながらも間野は待ってやった。性器にコンドームを被せて手にローションをまぶし、そのまま扱いて気持ちを止まらせる。間違っても手伝ったことはなかった。汚いからと矛盾したことを言って、準備の出来ていないことを叱られた八角もそれを責めなかった。やがて八角は指を抜き、頭を下げて尻を突き出す。
「お、願い……します…」
間野は言葉を強要したことはないが、八角はそう言った。


 


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