衝突編-04

家路をゆっくり歩きながら、深く息を吐き出し首を垂れる。むう、と少しだけ拗ねたようにユランは呟いた。

「誤魔化された…。」

先程の会話を思い出し、もう一度ため息をついた。香折が何かを隠しているのは明確で、恐らく他の仲間達も気づいていた。今まで触れてこなかったのは香折にも考えがあってのことだろう、そう思っていたからだ。しかし、そうも言ってられないのではないかと、なんとなく切り出してみたまではよかった。

『国語40点の俺がそんな器用なことできるわけねえだろ馬鹿にしてんのか!』

そう吐き捨てた香折に首を絞められ、思わず降参の手を挙げる。そんな風にうまく誤魔化されてしまっては手も足もでない。国語は分からん、なんて言っておきながら誤魔化すスキルだけは一人前だ。というか、国語が赤点なことは今関係あるのだろうか。

あれやこれやと考えているうちにいつも通り流されたのだと気付き、自分も悪かったなあと反省。うまくいかないものだと思いながら歩いていると、いつの間にか自宅に到着していたようで、何時ものように帰宅する。靴が綺麗に並べられた玄関に立ったその途端、少しだけひんやりとした空気がユランの肌を刺激した。

「外よりは涼しい…ただいまー。」

靴を脱ぎながら家にいるであろう母に声をかける。キッチンからおかえり〜というのんびりとした声が聞こえたのを確認し、自室のある二階へと続く階段をゆっくりのぼった。

病院で仲間達と別れた後、一件の仕事を片付けて帰宅していたユランは多少の疲れを感じていた。夕飯まで横になろう、と涼しさ対策のためにドアが開け放たれている自室に身を滑らせる。すると、先程とは別の、自然な風がふわりとカーテンを揺らしていた。

「あれ…?」

なんともいえない違和感。おかしいな、と窓に近づくと、出かける際にはしっかり締まっていたはずの網戸があいていた。猫でも入っただろうか、しかし特に部屋に散らかった様子は見当たらない。少しだけ不思議に思いながらそれを閉め、今度こそ横になろうとベッドの方を振り返った。しかし、すぐに異変に気がついたユランは思わず目を見開いた。

「…ない。」

出かけるまでそこにあった物が、消えていた。それは、秋から冬にかけてユランが着用していた物、大切な人からの預かり物。

「先生のコートがない…!」

キッチンにいる母の元へと急ぐ。母さん!と普段のユランにしては珍しく大きな声で声をかけた。

「あらあら、そんなに慌ててどうしたの?」
「今日ずっと家にいた?」
「今日?そうね、どこにもでかけてないわよ。」
「だ、誰か来なかった…?」

来てないわ、と首を振る。そんな母に向かって「もう!馬鹿!なんで気づかないの!」と吐き捨て玄関に走る。急いで靴を履き、ポッケの中から携帯を取り出した。家を飛び出しながら呼び出し音をBGMに駅まで急ぐ。

『もしもし?』
「伊折君!今どこにいる!?まだ学院にいる!?リョク君や花鈴ちゃんは!?」

普段のユランからは想像もできないほどの慌てぶりに、思わず伊折が驚きの声をあげた。

『俺はまだ学院にいますけど、リョク達はどうかな…まあ、ついさっき授業終わったばっかりだしいると思います。』
「じゃあ幸隆君や伊吹君達も多分いるね!?チーム文ちゃんにも声かけて、全員学院から離れないで!絶対に!香折さんにも連絡するから!」
『突然なんで…何かあったんですか?』
「茶色いコートを着た人を見かけたら絶対に声をかけないで!僕じゃないから!絶対だよ!すぐに行くから!!」
『…!ユランさんそれって──。』

伊折が何かを言いかけたその時、突然ぷつんと通話が途切れる。慌てて画面を確認すると、充電切れのアイコンが表示されていた。タイミングが悪すぎる、これでは香折に連絡ができない。最早急ぐしかないと両足に力を込めた。あまり運動は得意じゃないのになんて、息を切らしながらようやく見えた駅に駆け込む。丁度学院方面の電車が発車しようとしていた。

「ま、待って!」

更に力を込めて走る。あと少し。駅構内に発車を知らせるベルが鳴り響いていた。

「ま、間に合ったあ…!」

喉が痛い。こんなに全力で走ったのはいつぶりだろうか。夕方、帰宅時ということもあり、これを逃しても次の電車は10分もすればやってくるだろう。しかし、そんな悠長なことは言っていられない。もし、ユランの最悪な予想が当たってしまっているとしたら、コートを持ち出したのは先生だ。ユランに成りすまして襲撃するつもりであれば、あの人は彼等の情報をある程度入手しているのだろう。いや、最初からそれが目的で隼人を1番に狙ったのかもしれない。

「(先生、お願い。もう一度…もう一度だけ、僕達の話を聞いて…。)」

早く、早く、と気持ちばかりが焦っていた。
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