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 忙しいにもかかわらず我が家まで来て、宣言通り、律儀にも同棲したい旨を仰々しく申告した彼に対して、私の両親の反応ときたら「二人で決めたことなら口は出さない」と至極あっさりしたものだった。ただし父は「娘をしっかり守ってくれるという解釈でいいのかな」と脅すようなセリフを投げかけていたから、全面的に賛成、というわけではないのかもしれない。
 何もそんな言い方をしなくても……と私が口を挟むより先に、恐らく私の父の意図をわかった上で、彼は「はい」と怯むことなく凛とした態度で即座に返事をしてくれた。それを隣で見ていた私が彼に惚れ直してしまったのは言うまでもない。

 そんなわけで、私は早々に自分の荷物をまとめて彼との同棲生活をスタートさせた。最初は、ご飯の準備や洗濯は勝手にやってもいいか、洗濯物の畳み方や干し方にこだわりはあるか、シングルベッドしかないけれどどこでどう寝ようかなど、一から十まで気を遣っていたけれど、一週間も経つとなんとなく彼の生活スタイルがわかるようになってきて、同棲を始めて二週間が経とうとしている今では、驚くほど彼との生活に違和感を感じなくなっている。
 彼は細かいようで細かくないというか、私が気にしすぎていた部分もあったのだろうとは思うけれど、基本的に「好きにしろ」というスタイルだった。だから、ご飯や洗濯、掃除などの家事に関しては何も口を出してこないし、なんなら彼の方がちゃっちゃと片付けてくれていることが多い。同棲をするにあたってのルールはただ一つ。必ず同じ部屋で寝ること。それだけだ。
 狭いシングルベッドに二人で潜り込むとどうしても密着してしまうから、私は恥ずかしさとドキドキのせいでぐっすり眠れない。彼は彼で自分の帰りが遅くなった時に私を起こしてしまうのが気になるらしい。しかしお互い一緒に寝たくないわけではないし、どうしたものか。そこで双方の意見を考慮し話し合いをした結果、彼はベッド、私はベッドの隣に布団を敷いて寝る、ということになった。
 私は彼が夜中に布団に潜り込んできて目が覚めてしまっても全然構わないし、彼は密着していてもそれなりに寝られるだろうから私の意見は無視したいらしい(無視なんてひどい)けれど、とりあえずひとまずはこれで様子を見ようということで落ち着いたのだ。今回ばかりは妙なところで私を気遣う彼の性格に感謝しておこう。
 さて、そんなこんなで、穏やかに緩やかに幸せを噛み締める毎日を過ごしていた私のもとに、珍しい人物から電話がかかってきた。時計を見れば夜の十時を過ぎたところ。今日の彼の予定を聞いていた私は、少々身構えながら通話ボタンをタップした。

「もしもし?」
「あ、みょうじさん? 俺。瀬呂だけど」
「うん。わかるよ。どうしたの?」

 電話をかけてきたのは、中学時代の同級生である瀬呂くんだった。数ヶ月前に仕事でやりとりをしてからというもの、瀬呂くんとは会っていない。そして電話も久し振りのこと。
 察しのいい瀬呂くんのことだから、彼と私が交際しているのを考慮して不要な連絡は控えてくれているのだろう。そんな瀬呂くんがわざわざ電話をかけてきたのだから、よほどのことに違いない。

「それがさあ、珍しく爆豪が飲み過ぎたっぽくて迎えをお願いできないかなと思って」
「え。タクシーに乗るのも無理そうなの?」
「動けないことはなさそうだけど、俺らの言うこと全然聞かねぇから動かなくて。こうなったらみょうじさんにお願いするしかないと思って電話した」
「うーん……私の言うことも聞いてくれるかわかんないけど……」
「それは絶対大丈夫だと思う」
「そうかなあ……」
「とりあえず来てもらっていい? 店の場所は今から位置情報送るから」
「わかった」

 電話を切った直後に瀬呂くんからお店の位置情報が送られてきたことを横目で確認しつつ出かける準備をする。今日は彼から高校時代の同級生と飲みに行くと聞いていたから、瀬呂くんからの連絡があった時、彼に何かあったのだろうかと身構えたのだけれど、まさか酔い潰れたなんて。
 彼は普段ほとんどお酒を飲まない。緊急招集がかかった時に酔っ払っていたらいけないからだ。しかし、全く飲まないというわけではなくて、例えば今回のような飲み会の席や休みの日は嗜む程度に飲んでいた。ただ、酔い潰れるまで飲んでいるところはいまだかつて見たことがない。久し振りに同級生と集まったからハメを外しすぎてしまったのだろうか。
 彼にしては珍しいなあと思いながら、私はコートを羽織ってから家を出るとすぐにタクシーをひろった。道はそれほど混んでいないから、十分もあればお店に到着できるだろう。

 そういえば瀬呂くん以外の彼の高校時代の同級生に会うのは初めてだ。もしかしたらテレビでちらりと見たことはあるかもしれないけれど、私は過去のあれこれがあってからというもの、無意識のうちになんとなくテレビでヒーローたちの活躍を見ることを避けているところがあって、普通の人に比べてヒーローに関して疎い。そして、数多いるヒーローのうち誰が彼の同級生なのか、私は知らないのだった。彼に一度尋ねてみたことがあるけれど「それ知ってどーすんだ」と一蹴されてしまったので深追いしなかったのだ。
 今更だけれど、私が突然お邪魔してしまっても大丈夫なのだろうか。瀬呂くんは別として、そもそも彼は私のことを同級生たちに話しているのだろうか。年始の報道を見た人なら彼と付き合っている女がいることは知っているだろうけれど、私の情報は世間に公表されていないし、どんな目で見られるかわからなくて緊張する。
 でも、大丈夫。だって私は、以前までの私とは違うから。彼の“彼女”として堂々としていよう。
 目的地に到着した私は、タクシーの人に「少し待っていてください」とお願いしお店に入る。外の寒さを忘れてしまいそうなほどむわりとした熱気が充満しガヤガヤと賑やかな店内の一番奥。座敷スペースの入口に瀬呂くんが立っているのを見つけた私は、そそくさと近付く。

「ごめんね、急に無理なお願いしちゃって」
「ううん。それより勝己は……」
「へぇ。爆豪のこと名前で呼んでんだ?」
「え? おかしい?」
「いや全然。うまくいってんだなーと思って」

 何やらニヤニヤされているような気がするけれど、気のせいだと思うことにした。今は彼を回収することの方が先決だ。
 瀬呂くんの後ろについて行き座敷スペースにお邪魔すると、一気に視線が集まるのを感じた。もう少し小綺麗な格好をしてくれば良かったと後悔したけれど、急いでいたのだから仕方がない。スッピンじゃないだけマシだと思うことにしよう。
 彼は入ってすぐ左側のテーブルの一番端っこの席で突っ伏していて、確かに酔い潰れているように見える。試しに肩をトントンと叩いてみたけれど「んん」と鬱陶しそうに手を払いのけられてしまった。こんな状態で連れて帰ることができるだろうか。

「おーい、かっちゃーん。彼女さんが迎えに来てくれましたよー」
「爆豪が起きるまで一緒に飲みますか?」

 私は彼が「かっちゃん」と呼ばれていることに衝撃を受けた。勝己だからかっちゃん? 高校時代はそのあだ名で定着していたのだろうか。彼がそう簡単に許すようなあだ名とは思えないけれど、それだけこの同級生たちとは打ち解けているのかもしれない。
 金髪の人が彼を起こそうと声をかけてくれている中、紫髪の小柄な人が私にグラスを持って来た。すぐに帰るつもりだったから外でタクシーを待たせたままだし、一緒に飲んでいる場合ではない。私はお誘いを丁重にお断りし、気を取り直して彼を呼んだ。

「勝己、起きて」
「ん……なまえ? お前なんでここに、」
「瀬呂くんから勝己が酔い潰れてるって連絡もらったから迎えに来たの」
「はァ? 誰が酔い潰れてるって?」
「今寝てたでしょ」

 肩を叩いても起きなかったのに声をかけただけですんなり身体を起こしてくれたのはなぜだろう。まあ理由はこの際なんでもいい。これで帰れる。私は「帰ろう」と言って立ち上がろうとした。
 すると、またしても感じる視線。どうやら座敷スペースにいる全員が私と彼を見ているらしい。もしかしたら私がこの空間に入ってきてからずっと観察されていたのかもしれないけれど、その視線を感じると途端に居た堪れなくなってくる。そんな私の胸中など知る由もない金髪の人が声を弾ませて話しかけてくるのがまた困りものだ。

「かっちゃんの彼女さん、可愛いっすね」
「へ」
「爆豪も結局男だよなー! やっぱり可愛い子選んでんじゃん!」

 金髪の人の思わぬ発言に戸惑っていると紫髪の人も一緒になって絡んできたものだから、私は反応に困って固まってしまう。けど、正直なところ、たとえそれが社交辞令だとしても、可愛いと言われて嫌な気はしない。
 しかしここで咄嗟に「ありがとうございます」とも「そんなことないです」とも言えず曖昧な微笑みしか返せないのが私である。こういう場合、どう反応するのが正解なのだろうか。考えている間に身体の重心が後ろに傾いた。彼が私の腰に手を回し自分の方に引き寄せたからである。お陰で私は無様にも後頭部を彼の胸にぶつけてしまう。

「こいつァ俺ンだ。手ェ出したらブッ殺す」
「うわぁ」
「出たよ、爆豪の“ブッ殺す”」
「相変わらずだな! 爆豪は!」

 紫髪の人の「またそのセリフか、聞き飽きたぜ」を滲ませた声と、金髪の人の呆れ混じりのセリフ、そして近くに座っていた赤髪の人の元気な声が続けざまに聞こえてくる。どうやら彼の「ブッ殺す」は高校時代からの口癖らしい。物騒なヒーローである。
 しかし今はそんなことを呑気に考えている場合ではなかった。彼に背後から抱き締められているような状態のままでこれ以上この場所にとどまることは精神的に耐えられない。
 私がどうにかして離れようとしても腰に回された腕の力はかなり強くてびくともしないどころか、離れようとすればするほど更に力強く引き寄せられてしまう。彼は同級生たちにこの状態を見せて恥ずかしくないのだろうか。酔っ払っているから正常な判断ができていないのかもしれない。
 そんな私たちに、可愛らしい女性陣の柔らかく生温かい笑顔が突き刺さる。私でも何度かテレビで見たことがある緑髪の人が顔を赤らめていたり、たしかエンデヴァーの息子ということで有名な紅白カラーの髪色をした人が整った顔を呆けさせてこちらを見ていたりするのが目に入り、私はますます恥ずかしさを募らせた。
 そこで金髪の人が追い討ちと言わんばかりに「爆豪ベタ惚れじゃん」なんて言うものだから、私はいよいよ消えてなくなりたい衝動に駆られる。そして私にとどめを刺すのは、いつだって彼なのだ。

「だったらどーした。悪ィかよ」
「否定しねぇのかよ!」
「否定する理由がねえわ」
「ひゅー!」
「か、勝己……帰ろう……タクシー待たせてるし……相当酔ってるでしょ…………」

 もはや拷問に近い仕打ちを受けた私は、息も絶え絶えに言葉を紡ぎながらどうにかこうにかこの場を立ち去る努力をする。しかし彼ときたら、ここにきてまだ「酔ってねェ」などとトンチンカンなことを言って動こうとしないものだから、私はこの状況から早く脱したい一心で渾身の力を振り絞り彼から離れた。
 なんとか彼と向かい合う形になり、いつもより眠たそうな目を見つめる。この顔でよく酔ってないと言い切れるものだ。

「酔っ払いは大体“酔ってない”って言うんです。ほら、立てる?」

 もしかして立てないほど酔っているのではないかと思い、先に立ち上がって彼に手を伸ばす。すると彼は私の手を取ったかと思うと、またもや自分の方に引き寄せたのだった。
 ぐらつく身体。彼の顔がぐんと近付いて、もしかしてこのままここでキスしてしまうつもりなのかと思い反射的に目を瞑る。けれども唇には何の衝撃もないまま数秒が経過。おそるおそる目を開けると、ほんの数センチ、数ミリで唇がぶつかるギリギリのところでほくそ笑む彼の顔が視界いっぱいに広がった。
 お酒くさいとか危ないとか、そんな感想は二の次だ。私の心臓は目の前の彼に鷲掴まれて今にも潰れてしまいそうだから、何も考えられない。ドキドキ、なんて生やさしい音ではなく、バクバク、ドクドク、破裂しそうなほど喧しい音が自分の身体中に響いている。

「酔ってねェからここで止まってやれるんだろが」
「わかったから……もう勘弁して……」
「わかりゃいいんだよ。オラ、帰んぞ」

 びっくりするほどスムーズに立って私の手を取った彼は、幹事と思われる人にきっちりお金を渡して、これもまた驚くほどすたすたと、よろけもせずにお店を出た。これ、私が迎えに来なくてもよかったんじゃない? と思ったけれど、全て後の祭りだ。
 座敷スペースを出る直前ちらりと様子を窺ったら皆さん揃いも揃ってぽかんとしていたから、彼の言動は相当衝撃的だったのだろう。彼の今までの女性関係については追及したことがないから知らないけれど、少なくとも高校時代に今みたいな言動を取ったことはないようで、嬉しいような気恥ずかしいような……でもやっぱり嬉しい、かな。とはいえ、今後はあんな心臓に悪いことは絶対にやめていただきたい。

 待たせていたタクシーに乗り込み行き先を告げた彼は、文句を言う間もなく寝てしまった。私の肩に頭をあずけて無防備に眠る彼を見たら、やっぱり酔っていたんじゃないか、と思うけれど、どこまでが酔った勢いで引き起こしたことなのかわからない。
 家に着いてタクシーを降りる時は普通。家の中に入ってからお風呂も歯磨きも当然のようにすませて、リビングのソファに座って水を飲む動作も普通。あれ、酔ってない? それとも寝たから酔いがさめた? 首を傾げる私に「早よ風呂入ってこい」と言う口振りも普通すぎて拍子抜けする。
 私がお風呂からあがって二人で寝室に向かう足取りも普通だから、彼は酔いがさめるのが早いタイプなのかもしれないと判断した矢先に、ベッドの中に引き摺り込まれてパニックに陥った。同棲をするにあたっての唯一のルールはどうなったの? 都合のいい時だけアルコールの作用が復活するの? そんなことある?

「ねぇ勝己、」
「可愛い」
「えっ!? なに!? どうしたの!?」
「……って言われてそんなに嬉しかったかよ」
「は?」
「ンなこと俺が一番わーっとるわ」
「え、ちょ、なに、ほんとにどうしたの、」
「うるせェ」

 全然頭の中の処理が追いつかない私のことなどお構いなしで彼が口を塞いでくる。お酒の味がほんのり残っていて、くらくら、私まで酔ってしまいそう。
 彼はそうしてむせ返るほど甘ったるい口付けを数回繰り返した後「今日はこのまま寝かせろ」と言い残して、私を抱き締めるというよりしがみつくような格好で眠りに落ちてしまった。この状態から逃れることはできそうにない。
 結局、酔っていた? 酔っていなかった? その真相はわからないままだけれど、私が一人で考えたところで答えが出ることはないから、明日の朝直接彼に確認してみることにして。
 密着している箇所から彼の高めの体温が伝わってくる。それが心地いい反面、無駄に意識してしまうから、安眠はできないだろう。でも、仕方がない。今日はぐっすり眠れない幸せな夜を堪能することにしよう。


アルコールに融解するルール