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I

sの見解

 色恋の話にはめっぽう弱かった。というより、そもそも興味関心がないから弱いも強いもない、といった方が正しいかもしれない。俺はその手の知識を割く脳のキャパシティが勿体ないと思って生きてきたし、これからもそうだと思う。だから教え子たちがそういう関係に発展したとか、いい感じだとか、とにかくその手の話題について自ら気付いたことはなかった。まあ気付こうともしていなかったわけだが。
 しかし、今回は違った。この俺が「もしかしてこいつら……?」と自ら察することができたのだ。おそらくその違和感は、対象となる教え子が爆豪だから気付けたのだと思う。あいつは良くも悪くもわかりやすい性格をしているから。
 とはいえ、どれだけわかりやすい性格をしているとしても、爆豪は頭の回転が早い奴だ。俺を始めとする教師陣はもちろん、生徒たちにも悟られたくないと思って行動していたに違いない。しかし、それでも俺が気付くほど、爆豪はわかりやすかった。

 相手はサポート科の女子生徒。たしかみょうじだったか。名前までは覚えていないが、サポート科で優秀な生徒だということは耳にしている。そういえば緑谷とも仲良さそうに話をしている姿を何度か見かけたことがあるが、今振り返ってみれば過去に爆豪と話をしているのを見かけた時とは違う雰囲気だったように思う。
 俺が「もしかして」と違和感を覚えたのは、寮にみょうじが来ていた時のことだ。ルールさえ守っていれば(そして授業に差し支えなければ)プライベートの過ごし方は自由。だから俺は、極力、授業以外で生徒たちの元に行かないようにしている。教師がいるというだけでハメを外しにくくなるだろうという俺なりの配慮だ。ただ、エリちゃんを保護してからは、俺より少しでも年齢の近い生徒たちと交流させてあげた方が良いような気がして、以前よりも寮に顔を出すことが増えていた。
 みょうじはA組ではないが、よくA組の寮に出入りしているらしい。それは既に知っていた情報で、別段気にしていたことではない。A組の女子生徒の中に特別仲が良い者がいるのだろう、ぐらいに思っていたし、エリちゃんもみょうじのことは覚えていて、A組の女子生徒とともにお菓子を食べたり髪をいじったりして戯れているのを見て、仲良くしてくれて有り難いとすら思っていた。
 爆豪目当てで来ている(とまで断言していいのかはわからないが特別な関係だろう)と勘づいたのは、一年目が終わりに差し掛かった三月上旬のこと。その日は特に何かのイベントがあるというわけではなく、エリちゃんの希望で寮に赴いただけだった。

「……今日はいない?」
「あ、もしかしてなまえちゃんのこと?」

 麗日の問いかけに、エリちゃんがコクリと頷いた。どうやらみょうじに懐いているらしいエリちゃんは、A組の一員ではないみょうじがこの寮にいないのは普通のことだとまだ理解しきれていないようだった。A組の寮に行けばそこにいるのが当たり前だと思っている。それぐらいみょうじはA組に馴染んでいるということだろう。
 尋ねられた麗日はキョロキョロと辺りを見回していて、どうやらみょうじの所在を知らない様子。わらわらと集まってきた他の女子生徒も「なまえちゃんならさっきまでいたと思うけど」「あれ? どこに行ったんだろ?」と言っており、みょうじがどこに行ったのか知っている者はいないと思われた。
 女子生徒が誰も知らないみょうじの行方。男子生徒が知るはずもない。……と思っていたのに、そこで声を発したのが爆豪だったから、俺は違和感を覚えたのだ。

「アイツなら寝た」
「寝た?」
「徹夜あけなんだよ」
「私たち知りませんでしたわ」

 八百万の言葉に、他の生徒がうんうんと同意を示しているのを見て「なんで爆豪は知っているんだ」というシンプルな疑問が浮かんだ。爆豪は他人のことに無頓着といってもいいタイプの生徒だ。女子生徒の一人(しかもA組の一員でもないサポート科の女子生徒)がどこに行ったかなんて、わざわざ神経を研ぎ澄ませてまで把握するとは思えない。
 しかし実際はどうだ。何事もなかったかのように、通りすがりに、ついでと言わんばかりに、知っていることがさも当然であるかのように、みょうじが今どうしているのか答えたではないか。
 さすがの俺でも、ここまできたら爆豪とみょうじに特別な関係があるのではないかと勘づく。そして極め付けが、次に続く生徒たちの会話だった。

「徹夜で何してたのかしら」
「試作品の研究だとよ」
「さっすがかっちゃん、なまえちゃんのことなら何でも知ってんね」
「うるせえ」
「あれ? でも寝たってどこで? 帰ったか?」
「俺が送った」
「ふーん。玄関通った記憶ないけど」
「ほっとけ!」

 上鳴や切島、瀬呂に絡まれている爆豪を見て、コイツも丸くなったもんだなあと少し感慨深くなった。どの生徒も成長していると思う。ただ爆豪は入学直後から事件に巻き込まれたり体育祭で好成績を残したというのに醜態を晒したり、実力は問題ないのだが素行に引っかかる部分が多く気になっていたのだが、もともとの性格ならどうしようもないか、となかば諦めていただけに、みるみるうちに変貌を遂げていったことに驚いていた。
 A組の生徒たちだけでなく、オールマイトやベストジーニスト、エンデヴァーなど多くのプロヒーローたちに刺激を受け学びを深めたこと、入学一年目にしては少々過酷すぎる実践を重ねたことが爆豪の大幅な成長に繋がったのだろうとは思っていた。しかしみょうじのことを話す爆豪を見ていたら、もしかしたらみょうじの存在も少なからず影響していたのかもしれないと考えずにはいられなかった。
 勘違いしてほしくないので言っておくが、俺は恋愛することによって強くなれるとは思っていない。未知の経験をすることで学びはあるかもしれないが、それで人の根本的な本質が変わるとは思えないし、誰かを守るために……なんて、映画に出てくる夢見がちなヒーローにしか当て嵌まらない理論だと思っている。
 しかし、もしみょうじが爆豪に影響を与えたのだとしたら。もしみょうじの存在が今の爆豪の成長に繋がっているのだとしたら。俺が知らないだけで、夢見がちなヒーローはこの世界にわりと多く存在するのかもしれないと、合理的じゃあない考えが思い浮かんだ。俺もまだまだ甘い。

「爆豪」
「なんスか」
「みょうじの代わりにエリちゃんの面倒を見てやってくれ」
「はあ?」

 理不尽だという気持ちを包み隠さず顔と声に出している爆豪の肩を叩き「俺が迎えに来るまで頼んだぞ」と念を押す。爆豪とエリちゃんの相性はあまりよくないかもしれないが、俺が思っているより悪くもないかもしれない。なんとなく、という、何の根拠もない直感で俺が行動するのは珍しい。まあどうせ緑谷や他の生徒たちも一緒に面倒を見てくれるだろうし、問題はないはずだ。
 爆豪に頼むつもりはなかった。しかし、俺よりも一つ多くの経験を積んでいるとわかったなら話は別だ。子どもの相手という経験も、今後の爆豪にはきっと役立つことだろう。

 爆豪とみょうじがどういう関係だとしても、在学中に問題を起こさなければ口出しはしない(もちろん学校のルールと節度をわきまえて過ごすことは大前提だ)。しかし、もし浮ついた様子が見られたら、その時は容赦なく指摘してやろう。
 そう思って残りの二年を過ごしたわけだが、爆豪とみょうじはこちらが驚くほどお互い切磋琢磨し合って立派にそれぞれの進路を選び卒業していった。恋愛ってもんも、もしかしたら必要な知識なのかもしれない。少しでもそんな風に考えさせられるなんて、教師として未熟な証拠。俺もこれからまだまだ学ぶことがありそうだ。