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I

dの返礼

「ばくごーのかっちゃんくんは勿論用意してるっしょ?」
「あァ? 何を」
「バレンタインデーのお返し。みょうじさんに」
「そういえば明日ホワイトデーだって女子が言ってたな!」

 アホ面の茶化すような口振りはいつものことだが、毎度イラつく。アホ面に乗っかって畳み掛けるように話を進めるしょうゆ顔とクソ髪も。しかし今日に限っては、くだらない内容だと一蹴することができなかった。
 ホワイトデー。知らなかったわけではない。今まで無縁だっただけで、そのクソどうでもいいイベントのことは一応認知している。

 バレンタインデーの時、俺は確かになまえからチョコレートをもらった。量産品とはいえ、他の奴らとは違う「本命チョコ」とやらを。正直、義理チョコとは言え、他の奴らにもチョコレートを配っていたのは腹が立ったが、付き合い始める前にもしていたことなのに口を出すのは憚られたので何も指摘しなかった。
 付き合い出すまでは義理チョコすらもらったことがなかったし欲しいと思ったこともなかったが、関係性が「恋人」に変わっただけで内心もらえることを期待していた自分が気持ち悪くて、自分自身の思考を爆破したくなったのは記憶に新しい。
 もらえて安心したか。嬉しいか。なまえから投げかけられた問い掛け対しての返答は本音だ。俺は心のどこかでもらえるのが当然だと思っていた。付き合っているなら無条件でもらえるものだと、勝手にタカを括っていたのである。

「もらったなら返すのが礼儀ってもんだろ」
「礼儀とか、そういうニュアンスで返すもんじゃないけどな」
「付き合ってんのに彼女に何もなしとか、それはさすがに有り得ないって!」
「うるせンだよ! ほっとけ!」

 勝手にぎゃあぎゃあと喧しい連中に一喝して、俺はソファから立ち上がった。これ以上ここにいたら何を言われるか分からない。クソうぜえ。
 部屋に向かう俺の背後ではアホ面がまだ何やら騒いでいるが、勿論無視を決め込む。何がホワイトデーだ。くだらねェ。なまえだって、俺から何か返されるという期待はしていないだろう。
 俺がンなことするわけねーだろが。自室に戻りベッドに寝転がった俺は、翌日のことから目を逸らすように目蓋を閉じた。

◇ ◇ ◇


「なまえちゃん、これどーぞ!」
「私にもくれるの? ありがとう」

 三月十四日の夕方、当たり前のようにA組の寮の共同スペースに来ているなまえは、A組の女子共から菓子をもらって上機嫌な様子だった。なぜ女同士で菓子を贈り合うのか、俺にはさっぱり理解できない。

「爆豪には何もらったの?」
「え」
「…まさかもらってないとか?」

 俺がいることを分かっていながらその話題を口にするとはいい度胸である。売られた喧嘩は買う主義だ。
 女だけで騒いでいる方へガンを飛ばすように視線を向ければ、苦笑しているなまえと目が合う。その目は俺を責めているわけではなかったが、この場をどうおさめようかと困っているようだった。
 勝手にどうにかしろ。……と目を逸らしたは良いものの、自分が全く関与していないわけではない(むしろ関係大有りだ)から結局放っておけず、俺はなまえの方へ大股で近付いて行く。こんなはずじゃなかったのに。クソが。

「爆豪、何も用意してないの?」
「今日ホワイトデーだよ〜知ってる?」
「だぁってろモブ共が!」

 俺の一言にシンと静まり返る共同スペース。その状況をまずいと思ったのか、なまえが慌てて取り繕おうとしているのが窺えた。

「勝己はそういうの用意するタイプじゃないって分かってるから! ホワイトデーだからって別に、」
「手ェ出せ」
「へ? なんで……?」

 なまえはポカンと口を開け信じられないほどの間抜け面を晒しながらも、言われた通り手を出した。手の甲を上にして出すあたり空気が読めない女だが、俺がポケットに手を突っ込んで乱雑に差し出すとさすがに意図を理解したのか、先ほど出した両手を受け皿のようにする。
 俺はその受け皿に、一握りのそれらをボトボトと落としてやった。無駄にカラフルなそれらは、何の変哲もない飴玉だ。俺の片手分の飴玉の量で、なまえの両手で作った受け皿はいっぱいになっている。

「な、何これ」
「見りゃ分かンだろ」
「飴なのは分かるけど、そういう意味じゃなくて」
「それこそ分かれや」

 本当はこんなところでこんな風に渡すつもりじゃなかった。後から部屋にでも来させて、もう少しマシな渡し方をする予定だったのだ。しかし、アイツらに冷ややか且つムカつく視線を送られたら、黙って見過ごすことはできない。
 ホワイトデーなんてクソみたいにくだらないイベントだ。無視しても良かった。通常の俺なら何も用意しなかっただろう。
 だが、昨日寝る前に目を瞑った直後、思い出してしまったのだ。バレンタインデーの時のやり取りや、その時のなまえの表情を。
 どんな気持ちで俺へのチョコレートを用意し、どれだけの勇気を振り絞って俺に渡してきたのか。俺が受け取った後のなまえの安心しきった嬉しさの滲み出た表情が脳裏を過ぎったら、俺だけが何もしないのはフェアじゃないような気がした。だから仕方なく用意するに至ったのだが、俺の選択は間違っていなかったらしい。

「ありがと……」

 たかが飴玉如きで顔を綻ばせているなまえは単純だ。本来、なまえは単純で純粋で分かりやすい性格をしているくせに、複雑なことをごちゃごちゃ考え込む癖があるから、本心が分からないことがよくある。そういう、面倒な女。だが俺はその面倒臭さに慣れているから何の問題もない。
 外野が不気味なほど静かな空間で、なまえは居た堪れなくなったのか「私帰るね」と足早に寮を飛び出して行った。俺からの「お返し」が嬉しかったなら手放しで喜んで他の奴らに見せびらかすぐらいのことをしたって構わないだろうに、なまえはそんなことはしない。そういう性格だから。

「爆豪ってなまえちゃんのことだいぶ好きだよね」

 ぼそりと耳に届いた呟きは聞こえないフリを決め込んだ。だいぶ好き? 当たり前だわ。じゃなきゃ付き合うわけねーだろが。
 今更になって自分が取った行動の奇怪さに鳥肌がたってきて、ニヤついた視線の数々にイラつきを覚え始める。なまえはこの場に留まらなくて正解だった。一緒にいたら、それこそどんないじり方をされるか分からない。
 先ほどの呟き以外で特に何かを言われたわけではないが「テメェら黙れや!」と言ってなまえの後を追うように寮を出たのは、アイツらの視線がうるさかったからだ。目は口ほどにものを言う、とはよく言ったものである。

「なまえ」
「え、勝己……? どうしたの?」
「どうもしねえわ」
「なーんだ。二人っきりになりたくて追いかけて来てくれたのかと思ってちょっと嬉しかったのに」
「いちいち言うなや!」
「否定しないってことは図星ってことで良いのかな?」

 どいつもこいつも、うるせンだよ。俺はなまえの両頬を片手で挟むようにして黙らせた。むぅ、と唇を尖らせているなまえの顔は、我が彼女ながら不細工だ。
 本当はここで口を塞ぐぐらいのことをしてやりたいところだが、俺はまだ日が沈み切っていない夕方の明るい時間帯に寮の敷地内でそんなことをするほど非常識でもなければ盛ってもいない。

「ひゅーしゅる?」
「あ?」
「ちゅーしゅるの?」
「……馬鹿かよ」

 不細工な顔でふざけたことを言っている女になぜかぐらりと理性を飛ばされそうになっているあたり、俺は随分と甘い毒に犯されている。馬鹿はお互い様か、と自嘲したのはこれで何度目になるだろう。
 とりあえず、ここではしない。が、「後でな」。俺の落とした言葉に、なまえが不細工な笑みを浮かべた。