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I

Jの飽満

 学園祭は滞りなく終了した。ウチらのクラスの演奏は、爆豪の言葉を借りるなら「音で殺れた」んじゃないかと思う。ウチはただ好きなように楽しませてもらっただけ。爆豪にはステージ終了後「変なアドリブすんなっつったのはどこの誰だよ」と小言を言われたけれど、本気で怒っている感じではなかった。だからウチは、爆豪もなんだかんだで楽しんでいたんじゃないかと勝手に思っている。
 ステージが終わった後、ウチは皆と校内を見て回ったりしていた。その間の女子組の話していたことと言ったら「爆豪(くん)となまえちゃんはどうするんだろうね?」という大きなお世話な内容。
 とは言え、他人の恋路はどうしても気になってしまうもの。あからさまに詮索したら爆豪にキレられそうなので、ウチらは遠くからそれとなく動きを観察していた。けれど、結局、ウチらが見る限り爆豪はなまえちゃんと合流することなく一日を終えたようだった。本当に大きなお世話だと思うけれど、ちょっとがっかりである。

 一時期あの二人を見ていて、喧嘩したのかな、と心配していたこともあるけれど(これもまた大きなお世話だと思う)、学園祭前からの二人は、それまで以上に親密そうに見えた。と言っても、ベタベタ引っ付いたり、放課後ずっと一緒に行動したり、毎日お昼ご飯を一緒に食べたり……みたいな分かりやすいことは一切していない。むしろウチには、適度に距離を保っているように見えた。
 ただ、二人が会話をしている時の雰囲気や、お互いに向け合う視線みたいなものは、途轍もなく柔らかかった。なまえちゃんの方がそういう雰囲気を醸し出したり視線を送ったりするのは分かる。ああ、爆豪のことが本当に好きなんだなあと思って、微笑ましくなるぐらいだ。
 けれど爆豪に関しては、なんていうか、ただただ驚きが大きかった。そんな空気出せるんだ。そんな目で人を見ることがあるんだ。なまえちゃんと一緒にいる時の爆豪は、いつもの爆豪とは違う生き物のように見えた。

「やっぱりちょっと変わったよねぇ、爆豪くん」
「そうだね。相変わらず口は悪いけど」
「なまえちゃんの力だろうね〜!」
「そんなに変わった? かっちゃん」
「変わったよ! だって今日の授業の時…」

 A組対B組の対戦形式の戦闘訓練を終えた日の夜、B組の何人かに交じってなまえちゃんもA組の寮で夕食を食べていた。肝心の爆豪は緑谷とどこかに行ってしまったようで不在なのだけれど、夜ご飯のビーフシチューを一緒に食べながら待っていたら? という話になったのだ。
 爆豪のことを話す時のなまえちゃんは幸せそうな顔をする。あの顔を思い浮かべてどうやってうっとりするのかと疑問を抱いたりもするけれど、それこそ二人にしか分からない世界だと思うから、何も言わずに眺めるだけに留まる。
 今日の授業中、足蹴にされながらではあったけれど、爆豪がウチを庇うような動きを見せたこと、以前とは違いワンマンプレイではなくチームとして連携が取れるようになってきたことを話すと、なまえちゃんは自分が褒められたみたいに喜んだ。

「そういえば最近は緑谷ちゃんとも仲が良さそうよね」
「確かにそうですわね。今もお二人でどこかに行ってしまったようですし」
「そっか…嬉しいなあ」

 呟くようにそう言ったなまえちゃんには、何か思うところがあるのだろう。嬉しいという感情以上の何かを感じた。

「そういえばかっちゃん、コスチュームのこと何か言ってた?」
「緑谷くんに褒められて噛み付いてるところなら見たけど」
「さすがデクくん、目敏いなあ」
「あれはなまえちゃんがデザインしたの?」
「うん。ずっと試作を重ねてたんだけどやっと実践で使えるコスチュームに仕上がったから…かっちゃんが着てくれるって」

 今日一番の笑みを零したなまえちゃんを見たウチらは、ビーフシチュー以外のものでお腹がいっぱいになった。幼馴染というだけあって、爆豪の戦闘スタイルも特性も“個性”の性質も、なまえちゃんはよく知っているのだろう。
 ヒーローを支えるヒロイン。守られるだけではないなまえちゃんのポジションが、二人の関係の強さを表しているような気がした。

「あ! 噂をすれば……」
「爆豪くーん! こっちこっち!」

 緑谷と一緒に戻ってきた爆豪に、葉隠が声をかける。こちらに向けられた視線は相変わらず刺々しかったけれど、なまえちゃんの姿を確認した瞬間、その刺々しさが一気に和らいだ。
 こちらに大股で近付いてきた爆豪は、第一声、なまえちゃんに「今日来る予定じゃなかったろーが」と苦言を呈す。それは彼氏というより、まるで親のようだ。

「そうなんだけど、なんとなく何してるかなーと思って」
「……そうかよ」
「ビーフシチュー美味しかったよ」
「あっちでクソメガネが準備してる」
「じゃあ、」
「なまえちゃんもあっちで一緒に食べてきたら?」
「ううん。私もう食べ終わったし。かっちゃんにも会えたから、そろそろ帰ろうかな」

 なまえちゃんは結構アッサリした性格のようだった。付き合っているからといってベタベタしたりしない。爆豪はそういうところが好きなのかな、と考えていると、席を立ったなまえちゃんに爆豪が声をかけた。

「送る」
「大丈夫。かっちゃんはまだご飯食べてないでしょ? 折角のシチューが冷めちゃうよ」
「じゃあ待っとけ」
「寮すぐそこだし」
「なまえ」

 何と表現したら良いのだろう。爆豪が変なあだ名ではなく普通に名前を呼んだということに対する違和感以上に、その声には何とも言えない圧力を感じた。
 ただそれは、爆豪お得意の威圧感ではない。それとはまた違う強制力のある何かによって、爆豪の言うことを聞かなければならないという気持ちにさせられてしまう力を感じたのだ。

「……分かった。待っとく」
「ん」

 爆豪はなまえちゃんの返事を聞いて納得したのか、ウチらの元を離れて行った。そうなると残されたウチらは、必然的になまえちゃんへと視線を送ることになる。
 今のやり取りを見ていて思った。ウチは、ウチらは、何か大きな勘違いをしていたんじゃないだろうか、と。なんとなくイメージの問題で、相手に対するベクトルが大きいのはなまえちゃんだと思っていたけれど、実はその逆なんじゃないだろうか、と。
 なまえちゃんは幾人もの視線を感じて居た堪れなくなったのか「ちょっとトイレ行ってくるね!」と言い残し、逃げるように去って行った。逃げるように、というか、もはやこれは完全に逃げられたと言っても良い。

「爆豪くんってなまえちゃんのことすごく大事にしとるんやね…」
「大事にしてるっていうか、自分がなまえちゃんと一緒にいたいだけだったりして」
「爆豪ちゃん、執着心が強いタイプなのかしら」

 ウチらの視線は自然と爆豪に向く。ビーフシチューを啜っている爆豪は、周りのガヤガヤとした雰囲気のお陰か、ウチらの視線に気付かない。
 暫くそのままぼーっと眺めていると、トイレから帰ってきたらしいなまえちゃんが爆豪に呼び止められて隣に座った。何を話しているかはさすがに聞こえない。ウチの“個性”を使えば聞けないこともないけれど、それは野暮だと思うのでやめておいた。
 だって、話の内容は分からなくても見ているだけで分かる。ウチらが入り込んではいけない空気。入っても良いのかもしれないけれど、居た堪れなくなる空気が、そこには流れていた。
 なまえちゃんが何かを言う。爆豪が何かを言い返して、なまえちゃんがそれに対してくすくす笑う。爆豪がビーフシチューを一気に掻き込む。席を立つ。食器を片付けてなまえちゃんと共に玄関へ向かう。どうやら帰るらしい。
 爆豪の後を追うなまえちゃん。B組の鉄哲とぶつかりそうになったところを爆豪がさりげなくガード。そしてそのままナチュラルに手を引いて寮を出て行く。
 その一部始終を見ていたウチらは、またお腹いっぱいになった。知っている。あの二人は付き合っている、と。けれど、ああいうところを見ると本当なんだなあと改めて実感させられるのだ。

「爆豪が変わったのはなまえちゃんの影響なのかな」

 ウチの呟きに答える者は誰もいなかった。