×
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -

02


 それは恋愛じゃなくて遊びだろう、と。今まで何度も同じようなことを言われてきた。おれからしてみれば、遊びの延長線上に恋愛があるのだからそれは当然だ、と思うのだが、普通の人は、恋愛と遊びは全くの別物らしい。おれにはその線引きがよくわからない。
 恋愛は風船に似ていると思う。ふわふわ軽くてどこかに飛んでいってしまいそうなところとか、膨らみすぎたり尖ったものにちょっと触れたりしただけで、簡単にぱぁんと割れてしまうところとか。
 おれは風船が割れてしまうほど大きく膨らませたことがない。つまり、それほど相手に対して大きな感情を抱いたことがないのだ。好きで好きでどうしようもなくて弾けるような恋になる前に、ちくりと針で刺されて割れてしまうから。まあ自分からしぼませてしまうことも多々あるのだが。

 そんなおれに最近できた彼女は、一言で言うなら普通の子ではなかった。勘違いされると困るので先に言っておくが、これは悪口ではなくめちゃくちゃ褒めている。普通の子ではおれに合わない。だから普通じゃない彼女は、おれにぴったりの彼女じゃないかと思っているところなのだ。
 どこらへんが普通じゃないかというと、まずおれが告白した直後「浮気オッケーで良いなら」という条件を突き付けてきたところ。仮にも「付き合ってくれ」と告白してきた相手に対して「私は浮気をします、あなたもどうぞ浮気してください、そういう感じでも良いですか?」と、ご丁寧にお伺いを立ててきたのである。こんなの、どう考えたって普通じゃない。
 ちらりと噂は耳にしていた。お互い浮気オッケーという条件で付き合い始める女の子がいる、と。それがどんな女の子なのか気になって遠目に眺めていたりしたのだが、ぱっと見は普通の女の子にしか見えなくて、おれは首を傾げた。
 可愛いか綺麗かで分類したら可愛い方だとは思うが、辛口評価をすると、失礼ながら中の上ってところだろう。スタイルも普通。まあ脱いだらわかんないけど。
 そんなわけで、おれは確かめようと思った。彼女がどんな女の子なのか。噂が一人歩きしただけでただの普通の女の子だったら、たぶんすぐに別れることになる。けど、噂通り普通じゃないなら、彼女の条件をのんで可能な限り付き合いを続けてみたいと思った。

 そうして始まった交際は、たぶん順調。恋人らしく放課後デートもしてみたが、その時の反応は上々だったと思っている。前評判通りクールというか、淡白な印象だが、それなりに女の子って感じもちゃんとあった。
 今のところ、おれはまだ他の女の子と二股をかけたりはしていないが、この調子だとおれが本当に浮気をしても何も言ってこないだろう。良くも悪くも、彼女はおれにあまり興味を持ってなさそうだし、何より、執着心というものが感じられなかったから。

「なまえちゃん、今日時間ある?」
「私は大体いつでも暇だけど」
「それじゃあおれんちおいでよ」
「え。なんで」
「おうちデートってやつをしようと思って」

 付き合い始めて二週間が経過した。十一月も半ばに差し掛かり、また一段と寒さが増してきた金曜日の放課後。今日は防衛任務がないから、ボーダーに行くかどうかは任意だった。ふらふらしているおれだが、これでもボーダー隊員としてそこそこ忙しいので、こういう何もない日は珍しい。
 そんな貴重な放課後を、おれは彼女に費やすことに決めた。と言っても、彼女におうちデートを断られたら他の誰かに暇潰し相手になってもらおうとは思っているのだが。
 彼女は少し驚いた様子でおれをまじまじと見つめた。おそらくおれのお誘いが本気か何かの企みを秘めているのか見定めようとしているのだろう。そんなに警戒しなくても、おれはそこまで策士じゃないというのに。
 どうぞ気の済むまで見つめてくださいと言わんばかりに、こちらも笑顔で見つめ返す。彼女はおれと見つめ合っていても、照れる素振りをちっとも見せない。普通ならちょっとぐらい照れてくれるんだけどな、と思ったところで、この子は普通じゃないんだったと思い出す。こういう反応も新鮮で面白い。

「急に行っていいの?」
「もちろん。いいから誘ったんだよ」
「いつもそうやって女の子を誘うの?」
「そういうの気にするんだ?」

 意外だった。今まで付き合ってきた女の子たちと自分を比べるようなタイプじゃないと思っていたから。

「別に。訊いてみただけ」
「いつもってわけじゃないよ」
「そう」
「それで、来てくれる?」
「歩きながら決める」
「そんなに警戒しなくてもいいのに」
「警戒してるわけじゃないよ」

 じゃあ躊躇わずに来てくれたらいいのに、という言葉は飲み込んで、お得意の笑顔を張り付ける。別に無理強いする必要はない。おれはそこまで彼女に固執しているわけじゃないから。彼女がおれに対してそうであるように。
 のんびりと校舎を出て靴に履き替え門を目指す。おれが左に曲がったら彼女もそれに倣って付いて来てくれて、そこで今更のように、そういえばおれの家の方向は彼女の家の反対方向だということに気付いた。

「家、反対だよね?」
「うん」
「来てくれることにしたんだ?」
「わかんない」
「途中で引き返す可能性もあるってこと?」
「そうだね」

 抑揚のない声で返事をする彼女は、おれの半歩後ろを大人しく付いて来ているくせに微妙なことしか言わない。ついでにどこを見ているのかもよくわからなくて、やっぱり変な子だなあと思った。迷うぐらいなら「今日は行かない」って断ればいいのに、中途半端に付いて来て期待をもたせるようなことをして。いや、そんなに期待はしていないのだが。
 歩いている間の会話も、特に実りのない内容ばかりだった。今日の授業のこと、出された宿題のこと、明日の小テストのこと。こうして言い並べてみると、より一層、恋人同士がするような会話ではないことが顕著にわかる。
 お互いのことを知ろうとするわけでもなく、甘い睦言を囁き合うわけでもなく、友だち同士でもできる会話を重ねながら歩くこと十分弱。次の角を右に曲がったら間もなくおれの家というところで、彼女が立ち止まった。
 ええ……もしかしてここまで来て帰っちゃう? さすがにちょっと期待してたんですけど。……という感情は表に出さず、おれは何食わぬ顔で「どうかした?」と尋ねる。我ながらパーフェクトな対応だと思う。

「犬飼くん、今私以外に誰か付き合ってる子がいる?」
「今のところなまえちゃんだけだけど。なんで?」
「先週、他校の女の子と歩いてるの見たって言われたから」
「ふーん。誰かな。ボーダー関係かも。覚えてないや。それで、もし他に付き合ってる子がいたらなんなの?」

 浮気はオッケー。ただし、こそこそ隠したりされるのは嫌だ、という感じなのだろうか。浮気の報告については付き合う時の条件に挙げられていなかったから、今後気を付けるようにしよう。
 心の中で新たな情報を整理しながら問い掛ければ、彼女は僅かに動揺を見せた。そしておれをちらりと見た後ですぐに目を伏せる。

「……ごめん。うざいね、こういうの」
「うざくはないけど、どうせならそういう話はこんなところじゃなくておれの部屋で二人きりになってからしたいかな」

 素直に思っていることを口にしたら、彼女も素直に「わかった」と了承してくれた。どうやらおれのお望み通り、うちに来ることを決意してくれたらしい。
 止めていた足を動かし、お目当ての角を右に曲がる。何軒か立ち並んでいる家の、手前から数えて二番目。めちゃくちゃ立派というわけでもなければみすぼらしいというわけでもないごく普通の一軒家がおれの家だ。
 鍵を取り出して扉を開け「どうぞ」と中に招き入れる。この時間は誰もいないから、玄関の扉を閉めてしまえば、おれと彼女は正真正銘この家に二人きり。それはなんとなくわかっているのだろうが、彼女は警戒心も躊躇いも見せずに入ってくれた。
 きちんと「お邪魔します」と言うところも靴を玄関先で揃えるところも好感がもてる。二階に上がって自分の部屋に案内し、彼女が入ってきたのを確認してからドアをパタンと閉じたら、すぐ傍で立ち尽くしている彼女と目が合った。その視線をどう解釈するべきか。この子は感情が読みにくくて困る、けど、そんなところに惹かれているような気もする。

「二人きりになったら何の話するんだったっけ?」
「忘れた」
「じゃあ恋人っぽいことしようか」
「例えば?」
「ハグとか」
「うん」
「キスとか」
「うん」
「それ以上とか?」
「うん」
「いいの?」
「犬飼くんこそ、いいの?」

 男はダメなことなんてないよ、という本音は吐き出さず「なまえちゃんがいいならぜひ」と紳士を気取って微笑む。彼女は教室で見つめ合った時と同様、ちっとも照れてはくれない。それが残念なような、興味深いような、複雑な心境だ。
 ただ、きちんとおれに向き合ってくれるあたり、この子は大切な部分が汚れていないのだと思った。おれが触れたら汚れてしまうだろうか。それとも、彼女がその色におれを染めてくれるだろうか。
 今まで感じたことのない高揚感を悟られぬよう気を付けながら、おれは彼女の手を取ってゆっくりと指を絡めた。外気で冷えた指先同士が、熱を求め合う。この指先が熱くなるまで、そこまで時間はかからないような気がした。