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01


 たぶん、というか絶対、私は普通の人とはずれた考え方をしている。そして彼もまた、私と同類だ。……と、思っていた。

「ねぇねぇ、みょうじさんと犬飼くんって付き合ってるんだよね?」
「うん。一応」
「でも私、昨日犬飼くんが他の学校の女子と二人で歩いてるの見たよ」
「へぇ。そうなんだ」
「いいの? 浮気かもしれないんだよ?」
「いいよ別に。浮気だとしても」
「えっ……浮気されてもいいの?」

 ああ、またこのやり取りをしなくちゃいけないのか。私の口からは自然と溜息が漏れていた。
 強がりでもなんでもなく、私は彼氏に浮気をされてもなんとも思わないタイプの人間だ。だから今みたいに正直に自分の考えを吐露すると、決まって「信じられない」という軽蔑の眼差しを向けられる。このお決まりの流れには、いい加減、飽き飽きしていた。
 付き合っている男女は浮気をしてはならない、というのが一般的な暗黙のルール。それは私も知っているけれど、残念ながら私は一般的な考え方の持ち主ではないので、そうは思わない。
 お互い惹かれて、付き合い始める。その流れはたぶん普通の人と一緒。ただし私の場合は、付き合い始める段階で「お互い他に良いなと思う人ができたら同時進行オッケー」という協定を結ぶようにしている。
 だって、恋人というのはあくまでも付き合っているだけで、結婚しているわけではない。そこには何の縛りもないのだ。人を好きになるのは自由。どんな人が自分に合うのかを見定めるために何人かの人と同時進行で付き合うのは、全然悪いことじゃないと思う。
 この考え方を説明すると、ほとんどの場合「一度別れてから次の人と付き合えば良いじゃないか」「不誠実だ」というご指摘を受ける。確かにそれはごもっとも。世間一般に通じる正当なご意見なのだろう。
 しかし、私はそう指摘されることが目に見えているからこそ最初に「自分ルール」を提示しているし、それに理解のある相手とだけ関係をもつようにしている。それはセフレだ、遊ばれている、などと言われることが多いけれど、当人者同士の合意のもと成り立っている関係なのだから、外野にとやかく言われる筋合いはない、というのが正直なところだ。

 今まで付き合ってきた男の人の数は、いちいち数えていない。それが恋人なのかセフレなのか、それにも満たない何かなのか、それすらもよくわからないけれど、とりあえず、歴代の「彼氏」の中に私と長続きする人はいなかった。つまり、私と相性が良い相手、もしくは価値観の合う相手は現れていない。
 犬飼くんはつい先週から付き合い始めたばかりの「彼氏」で、きちんと私の考えを理解してくれている相手だ。見た目はたぶん平均より良い方。クラスでもちらほら彼の名前を聞いたことがあるから、人気なのだとは思う。ちなみに個人的にもわりとタイプだ。性格は、まだちょっとよくわからない。ただ、適度に軽くて話しやすいし、恋人っぽいこともそれなりにしてくれる。良い人ってわけじゃない気がするけど、悪い人ってわけでもなさそう。そういう曖昧さは嫌いじゃない。
 おそらく女の子には困っていないであろう彼の方から「おれと付き合ってほしいんだけど」と言ってもらえるとは思わなかったけれど、私は来るもの拒まず去るもの追わずの精神だから、協定さえ結んでもらえたら何の問題もない。もしかしたら「浮気オッケーな軽い女」の噂が耳に届いて、興味本位で首を突っ込んだだけかもしれないけれど、それでも別に良かった。

「なまえちゃん、この後どうする?」
「何が?」
「一緒に帰る?」
「どっちでも良いよ」
「じゃあ一緒に帰ろ」
「うん」

 放課後、彼は私の席までやって来た。昨日他校の女子と歩いていることを私に報告してきたクラスメイトは、この様子を見てどう思っているのだろう。まあ別にどう思っていたとしても私には関係のないことなのだけれど。
 手を繋ぐわけでも腕を絡ませるわけでもなく微妙な距離をあけて、ただぶらぶらと商店街の方を目指して歩く。客観的に見たら、これをデートと銘打っていいのか微妙なところだ。けれども私は、これぐらいの距離感が結構好きだったりする。付き合い始めた直後にぐんと近付かれるのは、あまり好きではないから。

「私の家、こっちの方だって言ったっけ?」
「聞いてないけど、こっちの方なの?」
「うん」
「そっか。じゃあこのまま送ろうか? それとも寄り道する?」
「寄り道ってどこに?」
「決めてないけど適当に?」

 あまり温度を感じない会話だった。季節は秋を過ぎて冬に差し掛かろうとしている十一月。ちょっと寒いね、なんて言いながら距離を縮めるカップルになど到底なれない私たちは、やっぱり微妙な距離をあけたままのろのろと歩みを進める。
 寒いし、このまま帰ろうかな。行きたいところも特にないし。しいて言うなら、

「温かいもんでも飲む?」
「え」
「寒いじゃん? コーヒー派? 紅茶派?」
「……コーヒー派」
「やっぱり? そんな感じしたんだよね」

 どこらへんがコーヒーっぽい感じなのかはよくわからないけれど、そんなことよりも、私は彼の提案に密かに驚いていた。なぜって、私も全く同じことを言おうとしていたから。まるで私の頭の中を覗き見たみたいだ、なんて、有り得ないことを考えてしまう。人間にそんなことができるはずないのに。
 彼は私の返答を同意と見做したのだろう、近くのコーヒーチェーン店に迷わず入っていった。彼を追うようにして入った店内はほんのり暖かくて、かじかみかけていた手がほぐれていくのを感じる。

「何にする?」
「んー……」

 こういう時、私は優柔不断だ。ファミレスに行っても、結構時間をかけてメニューを眺めてしまうタイプである。今回の場合、新発売の苺のやつも気になるけど、定番のキャラメルのやつも捨てがたい。さて、どちらにしようか。

「なんか迷ってる?」
「苺とキャラメル、どっちにしようかなって思ってる」
「じゃあ苺とキャラメルのやつ一つずつ。ホット……で、いい?」
「え、うん」

 スマートに注文を済ませてしまった彼に、本日二度目の驚き。なるほど、彼が女の子に人気がある理由が、今の一連の流れでわかったような気がする。適度に軽い。けど、適度に強引で、適度に気が利く。何に対しても匙加減が上手いから、不快な感情を抱かない。
 今まで、年上、年下、同い年、全員付き合ったことがあるけれど、彼のような対応をしてくれる人はいなかった。だからどうというわけではない。ただ、彼への好感度が少し上がっただけだ。
 適当にお金を出し合い、お釣りは「あげる」と言われたので数十円を財布にしまう。こういうルーズな勘定の仕方を嫌だと思う人も多いのかもしれないけれど、私は好きだ。気を遣わなくて良いギリギリのラインを、彼はよく見据えていると思う。そういうところも上手い。

「キャラメルの方でいいの?」
「おれはどっちでもいいよ。ていうかどっちも飲みたかったんだよね?」
「そうだけど」
「途中で交換しよ。はんぶんこ。そのためにこれ頼んだんだし」

 私が悩んでいる二つを頼んで、途中で交換する。はんぶんこしてくれる。たぶん普通の高校生カップルなら何とも思わないことなのだろう。けれども私は普通じゃないから、普通のことが擽ったくて変な感じがする。

「なんか、恋人っぽいね」
「恋人だからね」
「……そっか」
「え、おれの告白聞いてたよね? もう一回言おうか?」
「聞いてた。言わなくても大丈夫」
「そう?」

 へらっと力のない笑みを傾けて手元のマグカップを口元に持っていく彼は、何を考えているのか読み取れない人だと思った。私も手元のマグカップに口をつける。苺風味のそれは、思っていた以上に甘い。
 昨日、他校の女の子と歩いてるところを見たって子がいるんだけど、それって本当? 喉元まで出かかった言葉を、苺風味のそれと一緒に飲み込む。まさか自分が相手の行動をこんなにも気にする日がくるなんて。ただの気紛れだとしても、今までの私なら有り得ないことだった。
 詮索したいわけじゃない。それが事実だったとしても、浮気だったとしても、私たちの協定では何の問題もないのだから、詮索する必要もない。しかし、本来なら気にも留めないことなのに、少しでも事実確認をしたくなってしまったのはなぜなのだろう。
 私は初めて、自分のことが理解できなくなった。自分のことを理解できるのは自分だけだというのに。

 たぶん、というか絶対、私は普通の人とはずれた考え方をしている。そして彼もまた、私と同類だ。……と、思っていた。だから私が提示した「自分ルール」を理解してくれたのだ、と。でも、もしかしたら、私たちは同類じゃないのかもしれない。そんなことを漠然と思った。
 差し出されたマグカップには半分より少し多い量のキャラメル風味の飲み物が残っている。はんぶんこって言ったのに。そう思いながらも、私はちょうど半分程度残った苺風味の自分のそれを彼に渡した。彼はそれを何も言わずに受け取って口をつける。

「甘いね」
「うん」
「でも美味しい」
「うん」

 会話の温度が、ほんの少し上がったような気がした。