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10


 クリスマスを機に、おれと彼女の関係は劇的に変わった。そして、彼女の気持ちも大きく変わったのではないかと思う。
 セックス中は別として、彼女は基本的にクールだし、感情の波がほとんどないタイプだ。理性的で何事も冷静に受け止め、喜怒哀楽がわかりにくい。そんな彼女がおれのことを好きだと言ってくれた。それは本当に嬉しいことだ。しかし人間とは貪欲な生き物で、おれは更に欲張って求めたくなってしまった。
 おれのことが好きだと言うのなら、仮におれが他の女の子と仲良くしていたら嫉妬してくれるんだろうか。そんなことを考えていた矢先、年越しのお参りに行く道中でひゃみちゃんと宇佐美ちゃんと綾辻ちゃんに偶然出会った。
 おれとしては彼女と手を繋いだままでも良かったし、なんなら「おれの彼女。可愛いでしょ」ぐらいの挨拶をするつもりだったのに、彼女はまるで見られたらまずいとでもいうかのように手を離した。その反応を見たら、なんだ、おれと付き合ってるってバレたくないんだ、って。そんなにおれのこと好きじゃないんじゃないの、って。面倒なことを思ってしまったのだ。
 だから、試すようなマネをするのは少々気が引けたが、ここで会ったのも何かの縁だと思って、わざと三人と他愛のない話をして彼女を一人にした。おれが逆のことをされたらめちゃくちゃ嫌だし、たぶんイライラする。もしかしたら話に割って入るぐらいのことをするかもしれない。しかし彼女はクールで感情の波がほとんどなく理性的だから、大人しく待っているだけ。勝手な話だが、おれはそれが不満だった。

「犬飼先輩、彼女さんのこと待たせちゃって大丈夫ですか?」
「あー……うん、大丈夫だと思う」
「綺麗な子ですね」
「でしょ? 自慢の彼女」
「クリスマスの日から付き合い始めたのになかなか会えなくてピリピリしてましたもんね」
「あれ、ひゃみちゃん気付いてたの?」
「気付きますよ。あれだけ浮かれて彼女ができたって言ってくる犬飼先輩、初めて見ましたし」

 浮かれていたなんて全然自覚していなかったおれは素直に驚いた。会えなくてピリピリしていることを悟られるぐらい彼女のことしか考えていなかったのか、と。
 ひゃみちゃんに悟られていたということは、もしかして辻ちゃんにも気付かれていたのだろうか。二宮さんはそういう方面にうとそうだから何も察していないだろうが、イライラとかピリピリとか、そういう嫌な空気は周りに悟られぬよう上手く誤魔化せていると自負していただけに、ちょっと情けない。
 そもそもおれ、彼女ができたってそんなに浮かれて報告したっけ? 普通に「彼女できたんだー。いいでしょ」って言っただけだと思うんだけど。あー、でもよく考えたら、彼女ができたってこと自体自分から誰かに言ったことってなかったかも。そりゃあ浮かれてるって思われても仕方ないよなあ。

「久し振りのデートならゆっくり楽しんでください」
「ありがと。そうさせてもらうよ」

 そうして三人に別れを告げて、改めて彼女に対する自分の気持ちを再確認させられた直後、その愛しい彼女が不機嫌になっていた。普通なら「なんで怒ってんの?」と思うところだろう。しかしおれは違った。期待していた。嫉妬してくれているんじゃないか、って。そしてその期待は裏切られなかった。
 彼女はしっかりたっぷり嫉妬に駆られてくれていて、おれはそれがどうにも嬉しくて、ニヤニヤしながら不服そうな彼女のポケットの中に手を突っ込んで冷たい手を握り初詣に繰り出した、というのが前回のデートの流れ。つまりおれは彼女にかなり好かれているということが証明されたわけだ。それなのに、どうして正月休みあけの学校でこんなことになっているのか、おれには理解できない。

「これはどういう状況?」
「犬飼、くん、」
「あーあ。もう見つかっちゃったじゃん」

 学校は午前中で終わり。ボーダーの方で用事があるわけじゃないから、午後からはゆっくり彼女と放課後デートに繰り出そうと思って連絡をした。しかしどういうわけか、返事がない。おかしいと思って彼女の友だちに声をかけたら「もう帰ったんじゃないかな」と言われ電話をしてみたが、やっぱり出ない。何かあったのではないかと心配になり、まだ学校に残っているかもしれないと校舎内を探していたら、第二理科室で見知らぬ男子生徒とキスしている彼女を発見した。そして今に至る。
 もう見つかっちゃったってどういうこと? もしかして本気で付き合うって話は冗談だった? おれは遊ばれていた? 彼女はいまだに浮気アリの恋愛を続けているのか?
 そんなはずはないってちゃんと信じたいのに、先ほどのキスシーンが頭にこびりついて離れない。明らかに「しまった、どうしよう」という顔をしている彼女が何も言ってくれないから、余計に信じがたくなってしまう。
 しかしおれは気付いた。あの表情は、この状況を見られてまずいと焦っているというより、何かに怯えているようだということに。何かって何に? そんなの、この状況ではわかりきっている。

「最近全然相手してくんなかったから久し振りにって思って折角こんな人気のないところまで引っ張ってきたのに、彼氏ができたからもう無理とか言われてさあ。今まで平気で何股もしてきたくせに急に一人の男だけで満足できるわけなくね? あ、お前も混ざる?」
「……なまえちゃんが誰と付き合ってるか知らないんだ」
「そんなの興味ねーもん」
「興味ないかもしれないけど教えてあげる。彼氏、おれなんだよね」

 自然と怒りが声となって滲み出ていた。これにはさすがに彼も驚いたようで、おれのただならぬ雰囲気を感じ取りこの状況が相当ヤバいことに気付いたのだろう。「キスしかしてねーから!」と非常に不愉快な言葉を残してそそくさと退散して行った。
 彼女の方を見ると今にも泣き出しそうな目と視線がぶつかる。いつも凛としている彼女がこれほどまでに小さく見えたのは初めてのことだ。それだけ怖かったのだろう。この寒い教室で胸元がはだけた状態の彼女はアンバランスで、おれはそっとボタンをとめていく。

「犬飼くん、ごめんなさい、」
「なんで謝るの?」
「ちゃんと断れなくて、逃げることもできなかったから……」
「なまえちゃんは無理矢理連れて来られただけでしょ。仕方ないよ」
「でももしあのタイミングで犬飼くんが来てくれなかったら、私、」

 そこで言葉に詰まった彼女は、俯いていた。よく見れば身体が少し震えている。おれは彼女を包み込むように丁寧に抱き締めた。
 最初僅かにびくりと震えたが、子どもをあやすように背中をトントン叩くと落ち着き始めたのがなんとなくわかって安堵する。おれはこうして彼女に触れることを許されているんだ、と。彼女を安心させるための行動で自分が安心感を得ているなんて滑稽だ。

「ほんの少し前までは何とも思わなかったの。誰に触られてもキスされても、ああこんなもんか、って。でも今日は、怖くて。犬飼くん以外の男の人に触られたくなくて、でも、今まで私がしてきたことを考えたら今更何言ってんだよって思われるのも当然だから強く拒むこともできなくて、」
「うん、わかった。もういいよ。大丈夫だから」
「またこういうことがあるかもしれないよね? 自業自得だけど……私、どうしたらいい?」
「どうもしなくていいんじゃない?」
「え?」
「おれが公言すればいいだけでしょ。なまえちゃんはおれのものになったから手出さないでくださーいって。しばらくはさっきみたいなヤツが出てきちゃうかもしれないから、おれ以外の男とは二人きりにならないように。わかった?」

 至極シンプルな提案をしたはずなのに、おれの胸元から顔を上げた彼女はぽかんとしていた。このちょっと抜けた表情も、彼女にしてはレアだ。
 何がそんなに理解しづらかったのだろうか。もう一度「わかった?」と尋ねると、彼女は我に帰りいつもの整った表情に戻った。

「そんなことしてくれるの?」
「これぐらい普通じゃない?」
「でもそんなことしたら冷やかされたり揶揄われたり嫌な思いするでしょ?」
「別におれは何とも思わないし笑顔で惚気られる自信あるけど」
「……ありがとう」
「どういたしまして。でもおれ以外の男にキスされたのは嫌だったから、なかったことにしちゃおっか」

 どういう意味かイマイチわかっていない彼女の唇に触れるだけのキスをして「こういうこと」と笑ってみせる。すると彼女も意図を理解したようで、自らおれの首に手を回し唇を重ねてきた。

「これじゃ足りない」
「わあ、積極的」
「嫌なこと全部忘れさせてほしいんだもん」
「すごい誘い文句だね」

 おれは茶化すように言って額にひとつ口付けを落とす。先ほどまで震えていた純真無垢な天使は、あっという間に漆黒が似合う小悪魔に変身してしまった。女って凄いなあと感心させられる。
 さて、それじゃあ行こうか。流れるように手を繋ぎ冷たい教室を出る。今日は誰に出会そうとも、この手を離してやるつもりはない。