・正臣誕 ―――――――――― 正臣は多分気付いていない。臨也さんの事務所で書類整理をしながら帰りを待つことにした。恐らく正臣は私が臨也さんと一緒に居るだけで過剰に心配するけど私は臨也さんを裏切った時点で私は駒でさえ無くなったのだから心配される要素は何処にも無かった。 「今日、彼誕生日でしょ」 突如沈黙を破ったのは臨也さんだった。日付も表示されているデジタル時計に視線を落としながらぽつりと。臨也さんがまさか覚えているとは思わなかったからゆっくりと顔を上げながら頷いて、臨也さんの表情を確認しながらクスリと笑う様にした。 「覚えてたんですね、臨也さん」 「……覚えてたっていうか、一つ頼み事をされたんだよ、ホラ。」 臨也さんが差し出したのは一つのラッピング袋。パステルカラーの黄色がやけに眩しかった。もしかして、思わず心臓が跳ねた。まるで自分の事みたいに嬉しくて、何か暖かいものが侵食していくみたいにそれを見つめた。 「沙樹から渡してくれないかな。俺から渡しちゃうと正臣君、信じないし。」 臨也さんは多分私の微かな表情の変化さえ汲み取ってそう提案したのだろう。彼の観察眼は恐ろしく長けていて、私はどうしても今も昔も臨也さんに敵わなかった。 「有難う、臨也さん。凄い、臨也さんはやっぱりエスパーなの?」 ほんの少し珈琲が噎せた様で、小さく咳き込みながら呆れた表情で臨也さんが此方を凝視する。溜め息の交じった様な声で困った表情を隠すこと無く肩を竦めた。 「冗談でしょ、沙樹」 「ふふ、昔はよくこういう事ばかり言ってた。そうしたら臨也さんはどうだろうね、ってはぐらかすの。」 「……まぁね」 「でも今は臨也さんが神様とは思って無いですよ。…本当は優しいひと。」 まるで面食らったみたいな臨也さんの表情に少しだけ微笑むと、丁度インターホンのチャイムが部屋を包み込んだ。黄色みの帯びた金髪の髪を揺らしながら正臣が自らドアを開き事務所である一室へと顔を出した。 「お帰り、」 「沙樹‥‥ってうお!?え、ちょっと‥アンタ何スかその半笑い、死ね」 思わず咄嗟に抱き締めてしまうと正臣の反応が可愛くて少し頬が緩んだ。私はと言うと何だか遠足に行く前の子供みたいな心境で、正臣が喜ばない筈が無いその代物を取り出して差し出した。 「はい、誕生日プレゼント」 「…沙樹、からは貰っ…」 「違うの。私からじゃなくて。私は代理人だよ。さて、誰からかな?」 何だよ、と茶化す様に正臣が言ったかと思えば只目を見開いた。まるで時間が止まったかの様に貼り付けられたメッセージカードを見つめるだけの時間が流れ、漸く反応を示す。‥可愛いなぁ。 「帝、人‥と、杏里‥ッ!?」 「正解。」 「でも、何で沙樹が‥‥まさか実際に会‥える訳無いよな。」 「臨也さんね、わざわざ自分から渡したら正臣が信じないからって私に‥」 「こら、沙樹。」 「わ、痛い痛い」 いつの間にか珈琲を注ぎに行っていた臨也さんが部屋に戻ると声と共に軽くマグカップの底を私の頭上にコツン、と当てる。その表情を見るとほんの少し照れくさそうだった。臨也さんは普段は言いにくい事もはっきり言えちゃう様な人なのに何だか意外だ。もし私が信者を続けていたらこんな表情見れなかったかもしれない。 「一応‥‥有難うございます。」 「‥いえいえ。」 穏やかな微笑を浮かべる臨也さんを見つめていると柔らかな甘い匂いが嗅覚を擽る。そう言えば波江さんの姿が見当たらない。靴はあったのに。 「ちょっと臨也、」 ふと顔を上げるとドアから顔を覗かせる波江さん。するとあの甘い匂いは嗅覚をより一層擽った。これはもしかしなくても、 「毒、入ってませんよね」 ポツリと呟く正臣の声が甘い香りに融けると波江さんの手には恐らく手作りのケーキが在った。 「毒入りの方が良かったかしら」 「滅相も無いっす、頂きます」 こんな事務所に不釣り合いな位暖かな空気が流れた。私が思わずそれに微睡んでしまうと正臣は少しばかり照れ臭そうにする。 (誕生日おめでとう。) 、 2011/06/23 14:28 |