・捏造まみれ ――――――――― 掴めない男。それは私がこの男に関わった瞬間から彼がそういった類の存在であるという定義、若しくは定位置であった。 もし仮に今までの振る舞い全てが虚勢であると言われても私はすんなり納得するだろう。それ位、フィクションじみた男だ。 そうして今に至っては珍しく黙々と自身の書類整理をこなしている傍ら、何の影響かは知らないがクラッシック音楽が鼓膜を震わせ続けている。 「どういう風の吹き回しかしら。」 「何が?」 視線はパソコンの液晶画面に向いたまま、キーボードを打つ指は止まる気配を見せない彼の様子に溜息を漏らしながら只私は溜息を漏らした。其処に感情は一ミリも乗ってはいないけれど、この男は私の問い掛けの真意を解っている。だから何の話、だなんて愚問には応えない。 「…ドビュッシーの、月の光ね」 「ハハッ、ご名答。ドビュッシーって此だけ綺麗な旋律を作るのに、人妻に手を出したり心中未遂したり、結構背徳的じゃない?」 「随分詳しいのね。」 「否、何処かで聞いただけなんだけどね。だけど、その壮絶な人生があの旋律を作り上げたのかもしれないしそうじゃないかもしれない。だからこそ人間が、」 ――嗚呼、くどい。この様な台詞を彼はあと何回紡げば気が済むのだろう、吐き気がするわ。 言葉を遮る様にデスクに手を掛け、彼の座っている椅子を反転させ向かい合わせになるかならないかで思わず饒舌な言葉を放つ唇に私の唇を押し当てた。 「黙りなさい。」 それはキスでもなく、唇を重ねたとも言わず只本当に唇を押し当てただけの色気の無いもの。荒々しいと言っても過言では無い。 「随分と無防備だね、波江。」 バサバサ、と山積みの書類が豪快に地面に広がる。それは歪んだ弧を口元に携えながら彼が仕組んだ只の演出で、再び唇を重ね合う頃には書類も地に伏せている頃だろう。僅かに細めた紅い瞳と視線が合うと唇から舌へと駆ける熱が、より一層隠った。 (溺れるなら道連れ、) 2011/06/20 11:49 |