“思い出なんかいらん”


この横断幕を初めて目にした時の感情は今でも忘れられない。
強烈過ぎる言葉はまるで青春なんていらないと言っているかのようにも思えるが、これは今までの成績は過去のことであり、大事なのは今何をするかという意味らしい。
どんなに素晴らしい結果を残したとしても、今目の前にある勝負に勝たなければ意味がない。
そんなストイックなところが彼らの強さなのかも知らない。



「予選やし余裕やったなぁ。バレー部」
「うん」



大きな拍手を送る。
花の言う通り、稲荷崎高校男子バレーボール部はインターハイ予選を全てストレートで勝ち進み、優勝を収めて兵庫県代表校として見事インターハイ本戦に駒を進めた。
そして、流石は全国常連の強豪バレーボール部。
優勝が決まった直後は喜び合っていたが、授賞式になれば彼らは既に本戦を見据えていて優勝の余韻に浸る部員は誰一人いなかった。
県大会優勝なんて当たり前のことなのだ。



「本戦からが本番なんやろな」
「私達も負けてられへんね」
「ほんま負けてられへんわ。私らも絶対全国行くで」
「そやね」



次は私たちの番だ。
胸の前でキュッと手を握り、密かに闘志を燃やしていると授賞式が終了し、バレーボール部の部員らが応援団席の方まで近づいて来た。
稲荷崎の応援に駆け付けた観客は一層盛り上がり、立ち上がる。
それにつられて一緒に立ち上がり、再び拍手を送りながらまず1番に探したのは何となく侑くんの姿だった。



「あ、」
「(ちゃ、ん、と、み、て、た?)」



声は聞こえなかったが、多分そう言った。
こちらを向いて手を振る彼の姿に周りの女子生徒がきゃぁ!と黄色い悲鳴をあげる。
パチリと目が合ったような気がして思わず手を振りそうになったけど、“私”に向けてじゃないよね……。
今日は侑くんのファンサービスがいい日のようだ。



「ずぅっと思ってたんやけど、今回の予選…宮侑めっちゃ愛梨の方見とったよな?」
「え、そう?」
「アイツ…最近うちのクラスにもよう来て愛梨探してるし、あからさまやねん」
「…なんか私のオーボエすごい気に入ってくれてるんよね」
「ほんまにオーボエだけなんか…。今も愛梨に手ぇ振ってるし」
「あれは普通に応援してるみんなに向けてやん」
「絶対、愛梨やろ。試しに振り返してみぃ」



そう促され、嘘ぉと笑いながらも小さく手を振ってみると、侑くんの目が大きくなり、上げていた手を左右に激しく振った。



「ほら」
「そう…なんかな?」



侑くんとは少し前に話すようになり、学校でもその頻度が増えて連絡先を交換し、小まめと言う訳ではないが毎日何かしら送りあっている。
昨日は“頑張ってね”とエールを送り、“絶対かっこええとこ見せるから”といつの日か侑くん自身が言っていた同じ台詞が文面で返ってきた。
その通り、



「(侑くん…ほんまにかっこよかったなぁ)」



彼のバレーボールを見るのは初めてではない。
何度も吹奏楽部の応援団として試合観戦に訪れている。
だけど、こんなにも試合中の侑くんを目で追いかけたのは初めてで、サーブを打つ真剣な表情や楽しそうにトスを上げる姿にちょっとドキドキしたほどだ。
今から本戦も楽しみだ。



「犬か。アイツ、愛梨にだけ尻尾振って」
「この間も言ったけど、侑くん意外といい人だったよ?」
「やから、それは愛梨に対してだけで…って!いつの間に“侑くん”なんて呼ぶようになったん!?」
「え…ちょっと前?」
「なんで!?ほんまいつの間に!?愛梨!!宮侑なんかに騙されたらあかんー!!」
「ちょっと花!落ち着いて!!」










「何で急に不機嫌モードなっとんの、ツム」
「あの女誰や…。俺と愛梨ちゃんの仲邪魔しよって」



“あの女?”
客席を見上げ、治は侑の視線の先を辿った。
先ほどまでは愛梨に向かってニコニコと手を振っていたはず……。
目に入ったのは彼女と同じ吹奏楽部に所属するクラスメイトだった。



「なんや沢村やん」
「誰や、沢村て!?せっかく愛梨ちゃんが手振り返してくれたんに…!」
「(アホか…)」













________________________


大会が終了し、観客や出場選手もパラパラと会場を後にする中、私たち吹奏楽部も軽いミーティングと片付けを終えて解散になった。
いつもの部活を終えるよりは断然に早い時間。そして、今日はもう部活はない。
この後、ファミレスに行こうと盛り上がる横で私はちょっと待って、とスマホを取り出す。興奮が冷めきる前に侑くんにラインを送るためだ。
【お疲れ様!優勝おめでとう!侑くんのバレー、ほんまにかっこよくて目が離せませんでした。今日はゆっくり休んでね】
“目が離せませんでした”なんてちょっと大胆だろうか。でも、本当のことだし、深い意味はない。あの人ならこんな言葉も言われ慣れているだろう。
ええい!と送信をタップする。
すると、すぐに既読がついた。



「(はやい…)」



【愛梨ちゃんもう帰った?】
既読がついて1分もしないうちに届いた返信。
まさかこんなにも早く返ってくるなんて思っていなかったが開きっぱなしであったトーク画面にそのまままだ会場にいるとタップする。
【反省会終わってほんまもうすぐ出れるから、待っててくれへん?】
どうやら侑くん達バレー部も今日はこのまま解散するらしい。



「愛梨もファミレス寄って帰らへん?」
「あ、」



そう花に話しかけられたが、視界に入ったのは侑からのラインだった。



「何事もなく終われたことにお疲れ様会や…!」
「……ごめん。ちょっと今日寄るとこあるねん。また誘って!」
「えぇー愛梨行かへんの?」



花の声に後輩達も残念そうな声を上げてくれた。
ごめんね、次は絶対行く!と両手を振って仲間達と別れ、会場の外へ。
待ってるねと侑くんにラインをすると、またすぐに既読がついてOKのスタンプが届く。
彼はいつも真っ直ぐに私の演奏を“綺麗だ”と伝えてくれる。だから、私も文字ではなく直接伝えたいと思った。
とってもかっこよかったと。

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