セドリックが代表選手候補に名乗りを上げた────このことは、ハッフルパフのみに留まらずホグワーツ全体に少なからず影響を及ぼした。期待の美男子が立候補したことは、寮は違えど彼に好意を抱いている女子は喜び、誰が選ばれるのかという話題により一層花を咲かせる。ダームストラング生とボーバトン生も、昨日の夕食時にセドリックの姿を見たのか、女子は他校生にも関わらず彼の噂をする様子がかなり見られる。

「誰が選ばれると思う?」
「そりゃあセドリックに決まっているわ! 間違いなしよ!」

 性格が温厚で成績優秀、スポーツもできてなおかつ容姿端麗というセドリックは女子生徒達の理想の王子様像だ。セドリックが選ばれでもしたら、ますます彼の人気は上がるだろう。

「セドリック・ディゴリーなんて、いくら監督生だからっていってもハッフルパフじゃない。そんなにきゃあきゃあ騒ぐようなものかしら」
「ここが寮の自室でよかったな。大広間でそんなことを言えば、パンジー、お前他のハッフルパフ生に何をされるかわからないぞ。この前も、ディゴリーをからかった奴が他のハッフルパフ生に色々と魔法でしてやられたらしいからな。あいつらは自寮のディゴリーのことを崇めているようだ」

 あの温厚で誠実だと言われているハッフルパフ生が他寮の生徒に呪いをかけたなんて、誰が想像しただろうか。セドリックの人気ぶりは凄まじいらしい。土曜日の昼過ぎ、寮に戻ったライジェルは自室で話をしていたパンジーと同室者に会った。

「でもしょうがないわ。彼、ハッフルパフで飛び抜けているんだもの。ハッフルパフの中で代表選手になれるとしたら、彼しかいないわよ」

 だって他のハッフルパフ生なんて私達の先輩に張り合えすらしないじゃない、という同室者の言葉に、パンジーも他の同室者もくすくすと笑い出す。ライジェルはそれをただ傍観しながら、今夜のことについて頭を巡らせていた。
 夜が近づくにつれて、生徒達の興奮は高まっていった。今日が休日でなく授業があったなら、皆昨日以上に授業のことなど集中できなかっただろう。何処も代表選手の話しかしておらず、夜まで待ちきれないのか、昼間から既に大広間に居座って今夜の代表選手発表の時の席を確保しようとしている者までいるようだ。ライジェルはその中には混じってはいなかったが、昨晩よりは対抗試合の代表選手について関心を持っていた。セドリックにはああ言ったライジェルも、結構彼が選ばれる確率も少なくないのではないか、と考えている。ただ性格がいいだけの生徒があんなに寮に左右されずに好感を持たれるものか。

「さて、ゴブレットはほぼ決定したようじゃ」

 生徒達がちらちらと視線が集まる中気にもせず夕食を口に運んでいたダンブルドアがようやく、重い腰を上げた。数多の期待の眼差しが、ダンブルドアとゴブレットに注がれる。

「わしの見込みでは、あと一分ほどじゃの。さて、代表選手の名前が呼ばれたら、その者達は大広間の一番前に来るがよい。そして教職員テーブルに沿って進み、隣の部屋に入るよう。そこで、最初の指示が与えられるであろう」

 今か今かと待ち焦がれる生徒達を煽るように、ダンブルドアが杖を振ると大広間はほぼ真っ暗になった。ただ、煌々と燃え盛るゴブレットの炎が、皆の顔を照らしている。と、一瞬ゴブレットの炎が激しく揺らぎ、青白い炎が真っ赤になる。火花が飛び散る中で、炎から出てきた羊皮紙には──

「ダームストラングの代表選手は────ビクトール・クラム!」

 沸き起こった大きな歓声の中に、クラムへの罵倒や反対の声は聞こえなかった。誰もが彼に拍手し、その中でクラムはドラコの隣の席から立ち上がり、前へと進んでいく。

「ブラボー、ビクトール! わかっていたぞ、君がこうなるのは!」

 カルカロフのクラムへの賛辞は、大広間の隅々まで聞こえ渡っただろう。だが、また赤く燃え出すゴブレットに、皆の関心が再度集まる。

「ボーバトンの代表選手は、フラー・デラクール!」

 クラムの時の半分ほども、彼女への拍手はなかった。先ほどのクラムが世界的にも名高いのもあるだろうが、ライジェルにはその差が歴然とわかった。クラムが選ばれた時には、他のダームストラング生は少し残念がりながらも、ちゃんとクラムに拍手して彼を讃えていた。だが今彼女の名が呼ばれ、前へと歩いていった時は、他のボーバトン生らで拍手する者は一人もいない。唇を噛み締めて彼女を見つめるか、下を向いてがっかりしている。中には涙をこぼし始める者まで見えた。
 最後の一人、ホグワーツの代表選手。開催場所が此処ホグワーツだからか、緊張も先ほどの倍では済まない。ライジェルも、無意識のうちに背筋を伸ばし気を引き締める。

「ホグワーツの代表選手は、」

 炎の中から出てきた羊皮紙は少し焦げ付いていたようだが、それでも支障はないようで、ダンブルドアがはっきりした声で読み上げた。

「セドリック・ディゴリー!」

 ライジェルが、大広間が爆発したのかと思うくらいに、歓声が沸き起こった。いつもは穏やかなハッフルパフ生がほぼ全員が立ち上がり、興奮に声を上げているのだ。喝采をしているのはハッフルパフだけに留まらず、グリフィンドールやレイブンクロー生の中にもいる。当人のセドリックはといえば、一瞬自分の名が呼ばれたのが信じられなかったのか口を半開きにしていたがすぐにぱあっと表情を明るくする。ちらりとライジェルの方を向いたセドリックとライジェルの目がかち合い、彼はにこりと本当に嬉しそうに笑みを浮かべる。ライジェルも、ほんの一瞬だけではあるが、頬を緩めてセドリックに応えた。

「ねえライジェル、今ディゴリーこっち見なかった? 多分あなたの方を見たんだと思うんだけど……」
「さあ、私にもわからないな」

 ライジェルとパンジーが普通に話しても、未だにハッフルパフ生らが歓声をあげているせいで目立たなかった。彼らの喝采がようやく収まった頃に、ダンブルドアが口を開く。

「結構、結構! さて、これで三人の代表選手が決まった。選ばれなかったボーバトン生もダームストラング生も含め、みんな打ち揃い、あらん限りの力を振り絞って代表選手達を応援してくれることと信じておる」

 代表選手の選抜が終わったことで皆ダンブルドアの話を聞くのもなおざりにして、各自そそくさと寮に戻る準備を始めていた。きっとハッフルパフ生は寮に戻ってもまたパーティーを始めて、今夜はセドリックもゆっくりと寝かせてはもらえないだろう。祝いの言葉はまた今度、もう少し興奮が収まった頃にしよう、とライジェルは考えた。

「選手に声援を送ることでみんなが本当の意味で貢献でき────」

 ダンブルドアが中途半端に言葉を切るのと、ライジェル達生徒が目を見開くのはほぼ同時だった。代表選手の羊皮紙を出した後に青い炎に戻っていたゴブレットの炎が、再び赤く燃え盛り始めたのだ。まさか、もう代表選手三人は決まったはずなのに。皆が同様に静まり返る中、ゴブレットは新たな羊皮紙をダンブルドアへと放ってよこす。それを受け取ったダンブルドアは、静寂に支配された大広間に、また声を響かせた。

「ハリー、ポッター」

 誰も、拍手も歓声も上げはしなかった。ただただダンブルドアとハリーを交互に見比べるだけ。ライジェルのいるスリザリンのテーブルからはグリフィンドールのテーブルは一番離れていて、ハリーの顔はよく見えない。ダンブルドアが再度ハリーの名を呼び、ハーマイオニーが何かハリーに囁いて、ようやくハリーは動き出した。ハリーに向けられる視線は、セドリックに送られたものとは全く雰囲気の違うものであったことは、ライジェルにもハリー自身にもわかっただろう。ハリーの姿が消え、教師達が何か話し始めると、やっと生徒達も固まっていた口を動かし始めた。

「おい、なんでポッターが……」
「ポッターって四年生よね? 立候補は十七歳からじゃなかった?」
「どうやったんだ? もしかしたら老け薬で……」
「まさか! ウィーズリー達のあれを見ただろう!」

 がやがやとした囁き合いは、いつしかハリーへの疑念の声も上がるものになっていた。

「静粛に!」

 ダンブルドアの冷たい声が大広間に響き、話し声はぴたりと止む。

「……皆、速やかに寮に戻るように。監督生は自寮の生徒を先導し、寮監が戻るまで談話室に待機するのじゃ。ボーバトン、ダームストラングの生徒も同様に、それぞれの場所に戻って待機しなさい。ほら、解散!」

 先ほどまでのダンブルドアのまとっていた優しげな雰囲気は跡形もなく、生徒達はダンブルドアの言うことに言い返すこともなかった。あんなにぴりぴりしたダンブルドアの姿を見るのは、誰もが初めての経験だっただろう。

「…………ほら、レイブンクロー! 今のを聞いただろう、さっさと寮に戻れ!」

 静寂を破ったのはレイブンクローの監督生で、彼に続いてグリフィンドール、ハッフルパフ、スリザリンの監督生達も生徒達を催促し始める。

「なんでポッターが……」
「全くわけがわからないな……」

 速足で地下の寮に戻る道で、ライジェルとパンジーは顔を見合わせた。


prevnovel topnext

- ナノ -