一週間後の十月最終日前日の放課後にボーバトン魔法アカデミーとダームストラング専門学校の生徒が到着すると聞いて、ホグワーツの生徒達は皆目に見えて浮足立っていた。もはや彼らと対抗するのだということも忘れ、どんな生徒が来るのだろうか、ボーバトンとダームストラングはどこら辺に位置しているのだろうか、ホグワーツからは誰が立候補するのか、自身と親しい友人や先輩後輩、さらには想い人や恋人は立候補するのかどうか、代表選手にはどの寮の誰が一番の適役だろうか、という内容がもっぱらの話題だった。ライジェルはその手の話題を振られても、さあな、の一言で情報交換をばっさりと切り捨てていた。そのライジェルが耳にして少し心が揺らいだのは、ハッフルパフ生の一言。

「セドリックは出るのかな?」

 九月一日を最後に、ライジェルはセドリックとあれから再び話す機会を掴めずにいた。セドリックと話そうにも、彼の良い人柄のせいか周りには常に友人らがいて、楽しそうな輪を崩せない。別に、絶対に話したいことがあるわけではない。むしろ今まで、話さなければ違和感を感じないくらい親しかったわけですらないのだ。妙な気持ちを抱えながらも、ライジェルはまたしても話す機会を失い、視界に小さく見えるセドリックの姿を捉えるだけだった。
 十月三十日当日の朝にはもう既に掃除や飾り付けは済んでいた。誰もがその日の授業に完全に集中できてはいなくて、こっそり隣の席の生徒と会話しては教師に目ざとく注意されたり、いきなり生徒に授業の質問をしてたった今習った内容をちゃんとわかっているか抜き打ちの一発テストを当てている教師までいたほどだ。そんなこんなでその日の授業も終了し、生徒達は二校の客人を迎えるために正面玄関の前に集まっていた。ライジェルはと言えば、前の授業の闇の魔術に対する防衛術でまたしても少し気分が悪くなり、ボーバトンとダームストラングの代表団が来るまで医務室で休んでいた。パンジーは既に同室の他の友人とさっさと行ってしまっている。

「全く、邪悪な呪文に耐性のない生徒に、人間相手ではないとはいえ、禁じられた魔法を見せるなんて!」

 闇の魔術に対する防衛術の授業でライジェル以外にも気分を悪くした生徒がいるのか、マダム・ポンフリーはムーディの授業内容に文句を並べていた。

「ダンブルドア校長も何をお考えになって────」
「失礼します。もう夕食になるのでブラックを呼びに来たのですが」

 時折相槌を打ちながら休養していたライジェルに、二校の生徒が到着したと知らせに来たのはライジェルと同期のスリザリン生。二人は夕食に遅れないように急いで大広間へと向かった。

「あ、ライジェル! ギルベルトもおかえり」
「気分はどう?」

 心配そうに眉を寄せて尋ねてくる友人達に、大丈夫、と返せば、彼女達がライジェルのために空けておいてくれたらしい席に座った。何故かスリザリンの席にはスリザリン生以外にも十人ほどのダームストラング生らしきホグワーツのものとは違うデザインの制服を身にまとった生徒が既に座っている。

「こんばんは。紳士、淑女、そしてゴーストの皆さん。そしてまた──今夜は特に──客人の皆さん。ホグワーツへのおいでを心から感謝いたしますぞ。本校での滞在が、快適で楽しいものになることをわしは希望し、また確信しておる。三校対抗試合はこの宴が終わると正式に開始される。さあ、それでは、大いに飲み、食し、かつ寛いでくだされ!」

 ダンブルドアが言うなり、いつものように厨房で作られた食事が一斉にテーブルに現れる。ホグワーツの生徒はいつものことで慣れたように食べ始めるが、ダームストラングの生徒はいきなり出てきた食べ物に驚いているようだ。

「僕はドラコ・マルフォイ。君は純血かい?」
「ああ、僕はイヴァン・アレクサンドロフだ」

 ドラコはドラコで着々とダームストラングの生徒に挨拶と交わしている。

「ねえ、あなた、名前は?」
「僕かい? 僕はジークフリート・ブライトクロイツさ。ジークって呼んで。そういう君の名前は?」

 顔の整った男子生徒に女子生徒が質問攻めをし、美人な女子にも男子が同じことをしている。ミーハーな気質でないライジェルは敢えて空気を読まず、黙々と目の前の食事を腹に詰め込む。先ほどの気分の悪さは少しましになったようだ。

「時は来た」

 生徒達が食事を終えた頃、ダンブルドアが立ち上がってその声を響かせた。

「三大魔法学校対抗試合はまさに始まろうとしておる。箱を持ってこさせる前に、二言、三言説明しておこうかの」

 箱ってなんだ、という疑問から大広間が少し沸くが、ダンブルドアは気に求めない様子でさらに続ける。

「今年はどんな手順で進めるのかを明らかにしておくためじゃが。その前に、まだこちらのお二方を知らない者のためにご紹介しよう。国際魔法協力部部長、バーテミウス・クラウチ氏、そして魔法ゲーム・スポーツ部部長、ルード・バグマン氏じゃ」

 クラウチへの拍手は少なかったこともあってか、次のバグマンへ向けられた拍手はライジェルにはすさまじいものに思えた。ライジェルも二人とも知っている。クラウチについてはレギュラスから話を聞いていて、バグマンに関しては、ライジェルが彼の著書を持っている。

「バグマン氏とクラウチ氏はこの数ヶ月、三校対抗試合の準備に骨身を惜しまず尽力されてきた。そしてお二方は、カルカロフ校長、マダム・マクシーム、それにこのわしとともに、代表選手の健闘ぶりを評価する審査委員会に加わって下さる」

 ダンブルドアの発した、代表選手、という言葉に、生徒達の私語は皆無になった。

「それでは、フィルチさん、箱をこれへ」

 数多の視線が見守る中、フィルチが運んできたのは宝石できらきらと輝く大きな木箱。だがまだ中身は確認できない。

「代表選手達が今年取り組むべき課題の内容は、すでにクラウチ氏とバグマン氏が検討し終えておる。さらにお二方は、それぞれの課題に必要な手配もして下さった。課題は三つあり、今学年を通して間を置いて行われ、代表選手はあらゆる角度から、魔力の卓越性、果敢な勇気、論理・推理力、そして言うまでもなく、危険に対する能力などを試される。皆も知っての通り、試合で競うのは三人の代表選手じゃ。参加三校から各一人ずつ。選手は課題の一つ一つをどのように巧みにこなすかで採点され、三つの課題の総合点が最も高い者が優勝杯を獲得する。代表選手を選ぶのは公正なる選者────炎のゴブレットじゃ」

 ダンブルドアは口を閉じるなり杖を取り出し、フィルチの持ってきた箱を軽く杖で叩く。と、蓋が軋みをあげながら開き、ダンブルドアが中から木製のゴブレットをそっと取り出した。見た目はそれほど素晴らしいものに見えないゴブレットだが、その中に注がれたような青白い炎は見る者の目を引き付ける。

「代表選手に名乗りを上げたい者は、羊皮紙に名前と所属校をはっきりと書き、このゴブレットの中に入れなければならん。立候補の志ある者はこれから二十四時間の内にその名を提出するように。明日、ハロウィンの夜にゴブレットは各校を代表するに最も相応しいと判断した三人の名前を返してよこすであろう。このゴブレットは今夜、玄関ホールに置かれる。我と思わん者は自由に近づくがよい。年齢に満たない生徒が誘惑に駆られることのないよう、炎のゴブレットが玄関ホールに置かれたならその周囲にわしが年齢線を引くことにする。十七歳に満たない者は、何人もその線を越えることはできん」

 最後に、とダンブルドアは付け足す。

「この試合で競おうとする者にははっきりと言うておこう。軽々しく名乗りをあげぬことじゃ。炎のゴブレットが一旦代表選手にと選んだ者は、最後まで試合を戦い抜く義務がある。ゴブレットに名前を入れるということは、魔法契約によって拘束されるということじゃ。代表選手になったからには、途中で気が変わるということは許されん。本当に競技する用意があるのかどうか確信を持った上で、ゴブレットに名前をいれるのじゃ」

 解散になると、すぐさま生徒達はたった今ダンブルドアが話したことでがやがやと興奮していた。

「先に帰る。疲れた」
「えっ、ちょっ、ライジェル! 待って、私も帰るから!」

 先ほどまでの闇の魔術に対する防衛術の授業のせいか、珍しく就寝には早い時間に眠気が襲ってきたライジェルは今すぐにでも寮のベッドに倒れたかった。ライジェルと慌ててついてきたパンジーは、足速に地下のスリザリン寮へと向かっていった。


prevnovel topnext

- ナノ -