セドリックとチョウがクリスマスダンスパーティーの約束をした次の日の朝、パンジーとドラコと共に朝食を食べていたライジェルの元に、すうっと音もたてずに一羽のワシミミズクが降り立った。風も、他のふくろうに比べれば無いも同然だ。ライジェルはそのワシミミズクに見覚えがある。立派な体格、黄褐色のベースに線引かれたような縞模様、艶やかな羽、ライジェルが間違えようもないそれはレギュラスのふくろうだ。よく躾られているそのワシミミズクはライジェルの前に降りると、そのまま身動き一つせずにライジェルを見つめる。脚には手紙が縛りつけられていて、ライジェルはそれをワシミミズクの脚を傷つけないようにそっと解いた。

「ありがとう。もしこれの返信がいらないのなら、ふくろう小屋で少し休んでから父様のところにお帰り」

 ライジェルの言葉を解したワシミミズクはホーと鳴いたあと、その大きな翼を広げてふくろう小屋の方に羽ばたいていった。

「綺麗なふくろうね」
「父様のふくろうだからな。それなりのものを選んであるしきちんと躾もしてある」

 パンジーと話しながら、ライジェルはぴりぴりとレギュラスからのものであろう封筒の封を開ける。中身は重くない。何か急ぎの用事だろうか、と手紙にさっと目を通したライジェルはぴたりと身体を凍らせた。

「ブラック? どうした?」

 ライジェルの表情に異変があったのかと気づいたドラコが尋ねるも、ライジェルは手紙を食い入るように見つめたままで答えない。

「…………すまない、少し抜ける」

 ようやくライジェルは動き出したと思いきや、すぐにローブのポケットに手紙をしまい急いでトーストの残りを口に詰め込んで席を立った。速足で歩いていたライジェルは、誰もいない廊下で足を止めた。ゆっくりとポケットから手紙を取り出したライジェルは、再度その内容に目を通す。

 愛するライジェルへ。
 年末に緊急の仕事が入った。今年のクリスマス休暇はホグワーツに残ってくれ。今回ばかりは断れない用事なんだ。すまない。

「そんな…………」

 クリスマス休暇の帰省を心から楽しみにしていたライジェルは、落胆の色を顔に浮かべながらとぼとぼとスリザリン寮へと帰っていった。





「うそ、ライジェルホグワーツに残るの? 残念だったわね」
「全く残念そうに聞こえないのは私の気のせいなのか? 違うだろうな」

 沈んでいるライジェルとは裏腹に、お化粧道具を送ってもらった甲斐があるわ、とパンジーは嬉しそうだ。げんなりとしているライジェルは、午前の授業中も半分上の空だった。それだけレギュラスからの手紙の内容がショックだったのだ。

「じゃあクリスマスダンスパーティーも出るわよね?」
「出るとは言ってないだろう。第一相手も決まっていないのに──」

 力無く昼食を口に運ぶライジェルは、もはや生きる気力さえ見えないようだ。ライジェルが放つどんよりとした空気に、スリザリン生もダームストラングの生徒達も彼女の座る席の近くを避けていく。だが、その空気をものともしないような声が降ってきた。

「ねえ、ダンスパーティーの相手決まってないって本当?」

 突然聞こえた声にライジェルとパンジーが顔を上げると、ライジェルの向かいの席に一人の男子生徒が座るところだった。ホグワーツのものでないその制服は、ダームストラングのそれだ。向かい、いいよね、とライジェルの了承も聞かずに座った彼は、結構な長身の男子だ。ライジェルも、女子だけでなく同年代の男子と比べても背は高い方になるのだが、彼はライジェルよりも十センチメートルほど背丈が大きい。ちょうどセドリックと同じくらいだろう。柔和で端整な面立ちの彼は、セドリックとはまた違って柔らかい雰囲気を醸し出している。ライジェルはどこかで彼のことを見たことがあるような気がしたが、よくは思い出せなかった。

「ああ、そうだが?」

 それほど親しくもないどころか多分初対面で馴れ馴れしく口を聞いてきたその男子生徒をライジェルが不審げに見たことに気づいたのか、そうだ、自己紹介もしてなかったね、と彼は人懐こい笑みを浮かべた。

「僕はダームストラングの六年生の、ジーク・ブライトクロイツだよ。君はライジェル・ブラックさんだろう? マルフォイ君から聞いたんだ」

 にこにこと目を細めて笑うジークに、なおもライジェルは警戒するように軽く睨む。ブライトクロイツ、ライジェルはその姓に聞き覚えがある。ブライトクロイツ家は確か、ドイツの方の純血の一族だ。ドイツ地方についてはライジェルもあまり知らないが、それでも名前は知っている。

「それで、何の用だ? まさかダンスパーティーの申し込みでもあるまいに」
「そのまさかだって言ったら?」

 ぴしり、ライジェルが凍りつく時に音が出るとしたらそう発せられただろう。予想外の問い掛けに、ライジェルは吃驚した。

「うーん、覚えてないかな? 僕、何日か前に君をダンスパーティーに誘って見事にふられたんだけど」
「あ、いや……その…………すまない」

 確かに数日前にダームストラングの生徒にダンスパーティーの誘いを受けた気がするな、とライジェルは記憶を引っ張り出す。だが、その時ライジェルは次の授業の小テストで頭がいっぱいであまり覚えていなかったらしい。申し訳なさにライジェルが声を小さく謝ると、気にしないで、とジークは笑った。

「確かその時は君に、帰省するから無理だって言われたんだよね。帰省するならしょうがないか、って思ってたんだけど」

 そこで一度言葉を止めたジークは、ライジェルの目を覗き込んだ。ライジェルはその視線に昼食を食べる手を止める。ジークの目がライジェルのそれを離さない。

「帰省、しないんだよね。なら、もう一度言うよ。僕とクリスマスのダンスパーティーに言ってくれるかな?」

 いつの間にか、ライジェルの周りの生徒達は皆ライジェルとジークを見つめていた。ダームストラングとボーバトンの生徒がホグワーツに到着した時に、ダームストラングの生徒に美男子がいるとジークは女子に騒がれていた。そのジークが自らライジェルに申し込んでいるのだ。だが、そのライジェルは今までに何人も誘いを断っている。どうなるのかはらはらと見守る周囲を余所に、ライジェルは頭の中で考えを巡らせていた。確かに昨日までライジェルは帰省するからという理由で幾つもの誘いを断っていた。だが、今ライジェルにその断る理由はなくなった。今のライジェルはジークを断る理由はないのだ。その上、数百年というかなり古い頃からの名家であるブラック家やロングボトム家や七、八代前から力を持ち始めたが絶大な権力を握るマルフォイ家とは違って、ブライトクロイツ家はそこまで有力な一族ではないと思うが、だからといって無下にはできない。ここでライジェルが変な行動をとれば、ブラック家の評価も落ちてしまうかもしれない。

「…………わ、わかった……」

 考えに考えた末に出したライジェルの答えに、ジークはぱあっと一気に顔を明るくさせた。と同時に、ライジェルの周囲で何故か張り詰められていた空気もふっと緩む。

「ありがとう。今までの誘いを断ってきてよかったよ。じゃあ、クリスマスはよろしくね」

 にこりと最後に口で弧を描いたジークはすぐに立ち上がり、上機嫌で大広間を出ていった。

「…………あいつ、食事もしないで、何しに来たんだ?」

 結果的にはライジェルにクリスマスダンスパーティーの申し込みをしたという理由ができたものの、それをジークが聞いたのは大広間に来てからだ。わけがわからない。

「……おい、セド? しっかりしろセドリック! ……大丈夫かこいつ?」
「駄目だジェフ、こいつショックで固まってるぞ」

首を傾げたライジェルは、今の一部始終を見てショックに凍りついている者が若干一名いることに、気がつかない。

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