うちの店にヤクザが来た。
名刺を渡されたわけではないが、俺にはわかる。
真っ黒のスリーピーススーツと黒いネクタイ。高級感溢れる革靴まで真っ黒。
シャツだけが目を引く赤だ。
もういかにも夜の男って感じ。極めつけは黒いサングラスと派手な髪。がたいの良さも、素人とは思えない。
「ハイライト」
レジに持ち込まれた大量の弁当と一緒に煙草を注文される。
銘柄じゃなくて番号でいってほしいなあ、なんて思ったら思考を読んだように「12番を頼む」と言われた。なんでそのタイミングでつけたすの。怖い。
「お、お、お弁当温めますか」
温めるに決まってるだろうが、俺。余計なことを聞くな、俺。山に埋められるぞ、俺。海に沈められるパターンかもしれないぞ、俺!
すっかり怯え切っていると、男の口角があがった。
「よろしく頼む!」
「っ、はい!」
野球部みたいな返事だ。意外といい人なのかもしれない。
ちょっと和んだ深夜のコンビニへ、地味な女が入ってきた。
おいおいおいお姉ちゃん、今は出ていったほうがいいよ、下手に絡まれたら死ぬよ、俺としては一人じゃないのはありがたいけど。君は清涼剤だ。女神だ。永遠にここにいてくれ。
「おいで」
そう思ったのに、女はヤクザに手招きをされて今にも死にそうな顔で近づいてきた。
癒しは一瞬で恐怖に変わった。ふたりはまさかの仲間だった。
「好きな菓子を選んでくるといい」
「お腹空いてないです」
「だが、昼を食べてだいぶ経つだろう」
「恐怖のあまり空腹を感じません」
「そうかそうか。ならば元気になるよう、うちに帰ったら特性のカラフルラムネのような菓子もどきを出してやろう。特別だぞ」
どう考えても薬物じゃないですか、ヤダー。女と気持ちが一つになった瞬間だ。
「やっぱりこれください」
薬漬けはごめんなのか、彼女はしくしく泣きながらハーゲンダッツを持ってきた。
商品チョイスが地味に強気なのはなんなの。
「追加でこれも頼む」
「ひゃい」
声が裏返ってしまった。
だって男がヤのつく職業だということは、もうほぼ間違いないのだ(しかも薬使ってくるタイプ)。
お願い清涼剤、助けて。
ちらりとしくしく泣く女を盗み見る。
(それにしても、こっちは何者なんだ。情婦?)
たしかに可愛い顔立ちだけど、地味だ。教室のメンバーでたとえるなら図書委員長って感じ。眼鏡とおさげが似合いそうな彼女は、ヤクザと関わりのありそうなタイプには見えない。
もしかしたら利用されているのかもしれない。ダッツで買収されているとか……(そんなことある? 知らないけど)。
いずれにせよ、さっさとお帰りいただきたい。
俺は手早く袋詰を済ませた。
「こちらお先にダッツですー」
「弁当を温めている。君はこれを持って先に車に戻りなさい」
これから弁当パーティーでもするつもりなのか、大量の弁当をひたすらレンチンする俺を横目にヤクザは女を先に店から出した。仲間は去った。早くチン終われ。
ひたすらレンチンすること、十分。俺はようやく仕事をやり遂げた。
「お待たせしましたー」
「ありがとう」
弁当をまとめてレジにおけば、男はおもむろにサングラスを外し、胸元にさしこむ。
それから俺の名札をちらり。
「ふーむ、佐藤というのだな、君は」
「は、はい、地味な名前でして、へへっ」
頭をかきながら自虐する。
彼も笑ってくれたのでまあいっか、と思ったのも一瞬。ヤバい。目が笑ってないって気づいてしまった。
「あまり人の女をジロジロと見るものではないぞ」
男の笑みが、引っ込む。
「人の、女?」
思い当たるのは彼女のみ。
思わず駐車場に目をやりそうになった俺に、ヤクザが顔をつきつけてきた。
鳥類だったら尻尾を巻いて逃げ出しそうな目力に、思わずのけぞる。
「ひっ」
「あれは俺のお気に入りなんだ。彼女を値踏みされると、弁当箱に詰まった総菜のように詰めてしまいたくなる」
何を、何に? 俺を、コンクリたっぷりのドラム缶に?
恐怖におののく俺に、男はようやく目を細めた。
「また来る!」
来ないで。……と客に言えるはずもなく。
俺は立ち去るヤクザに頭を下げる。まるで弟分みたいに。
「あ……ありがとうございましたー」
またのご来店お待ちしております。
その言葉を飲み込んだことくらい、大目に見てくれ。
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