メールの着信を知らせるバイブレーションが部屋に響いた。現在、朝の8時である。正直なところ、レオンはまだ寝足りなかった。久し振りに与えられたと言っても過言ではない二日連続の休暇である。ごろりと寝返りをうち、枕に顔を埋めた。任務の場合は電話がかかってくるはずだから、プライベートの連絡に違いない。

彼女がいないレオンにとって、プライベートの連絡なんてものは重要度ゼロにも等しかった。
枕の両端を耳に抑えつけて聴こえなかったことにした。もう一度寝よう、そうしよう…。

後で後悔することを、まだレオンは知らない。


-prologue-


同時刻、ロンドン、ヒースロー空港。
携帯電話を片手に、ガチガチに緊張した表情をしているディアナが搭乗手続きを待っていた。

(送っちゃって良かったのかなぁ…)

ロンドン勤務になってから既に一年が過ぎ、様々な仕事をしたと思う。思うだけで大したことはしていないだろうという気もするが、ディアナにとっては一生懸命な一年と少しだった。

何より、仕事どころではない時期もあった。
同じ欧州だがどこかは全く分からない村に拉致され、危うくよくわからない不穏な実験の材料にされるところだったのだ。これまた訳のわからない自称カリスマ率いるロス・イルミナドス教団というところの実験は、プラーガという種を人間に植え付けて……思い出したくないほど気持ちの悪いものだった。

その事件を通して知り合った、ディアナと合衆国大統領の娘であるアシュリー・グラハムとは、今もメールや電話をするほどの仲である。

そして、その事件で再会した、レオン・S・ケネディ。
彼は、幼馴染のクレア・レッドフィールドと、彼女の兄のクリスの安否を確かめにラクーンシティに向かった際に出会った、当時はラクーンシティ警察に配属になったばかりの青年だった。ラクーンシティを何とか脱出した後も少し世話になった。クレアが単身ヨーロッパに向かった先で捕まってしまったという情報や、助けを呼んだときにも一緒にいた。しかし、クレアを助けたいと無茶を言ったディアナを、反対もせずに、クリスに引き会わせてロックフォート島に向かわせてくれた、なかなか懐の広い人間であった。
それ以降、クリス伝手にアメリカ合衆国の大統領直属のエージェントになったと聞いたきりで、連絡を取る手段も断たれてしまった。思い出(あまり良い思い出ではない)の中にだけ生きる彼の面影をたまに脳裏に浮かべながら、ディアナはその拉致される日まで過ごしてきた。
捕まっていた教会から自力で抜け出し、村の入り口付近で実に6年振りの再会となった。その時の驚愕した表情は一生かかってももう一度見れるかどうかわからないだろう。

思い出に残るレオンから、6年の成長を経たレオンは、誰もが振り返るような美男子になっていた。もともと美しい顔立ちをしていたが、大人の落ち着きというのだろうか、冷静沈着な有能なエージェントの雰囲気がそう見せるのだろうか、とにかくディアナも彼の成長ぶりに驚愕したのだった。

その事件直後、レオンに渡された小さな紙の切れ端(恐らく書き損じたレポートの裏側だろう)に書かれていた電話番号とメールアドレスを、今初めて使ったというところだ。
何とも表現し難い緊張が体中を心臓にしたみたいで、ドキドキと未だに止まない鼓動に汗まで出てきてしまいそうだった。
たかが、メール一通なのに、こうまで緊張するというのもいかがなものか。味わったことのない妙な緊張が早く落ち着くように、深呼吸をしてみる。

【お元気ですか、突然のメール失礼します。ディアナ・アストライアです。今日、これからアメリカに向かいます。これからはアメリカ勤務なので、もし何か機会があって、お会いできたら嬉しいです。それでは。】

たった八つの文を打つのに一時間はかかった。朝早くで、目をこすりながら登場を待つ人もいる中で、一人真剣に携帯電話を持って打ちこんでいる自分は、さぞかし変だったであろう。
別に恋人でもない人に送るメールなはずなのだが、何だかちゃんと文章を作って送らなければという気持ちでいっぱいだった。

『ハーバードヴィル行き34番、搭乗手続きを開始致します―――』

人の波が動いた。一年振りに踏むアメリカを想像しながら、自然と顔が綻んだ。







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