Don't leave me alone あの子のそばにいさせて、あの子のそばに そんな囁きはやがて雨音に飲み込まれる。 降り続く雨の中、たくさんの木に囲まれた森の中に人影がひとつ。 撃たれた足を押さえながらしゃがみこんだ男はただただそれだけを呟き続けていた。 例外的に行われた中学テニス部対象のバトルロワイヤル。 このゲームが始まった1日目、「や」から始まる苗字を持つ彼はスタート自体が最後のほうであった。 次々に教室を去っていく友人達。 その中で始めのほうに呼ばれた赤也は柳に言ったのだ。 「俺が必ずあんたを守りますから」 はっきりとそれだけを告げて彼は部屋を出て行った。 残されていた大勢の者に振り向かれたがそんなことは柳にとっては取るに足りないことだ。 あの子は何かする気だと、彼の本能が訴えていたのである。 やがて呼ばれる自分の名に、まだ残っていた親友を振り返ってから部屋を後にした。 自分達のいた建物を出て、あの子の行きそうな場所へ向かう。 民家、灯台、廃墟…いくら探しても彼の姿は見つからなかった。 それは彼以外の人間も同じで、柳があの建物を出てからというものの人の影に一切出くわさない。 本当にここであの悪魔のゲームが行われているのかと思うこともあったが、定期的に聞こえる銃弾の音が柳を現実に引き戻していた。 ランダムで配布された荷物の中には銃器も含まれていたのだなと苦笑する。 中学生に持たせるものでは無いことは確かだ、あの大人たちは本当に何を考えているのか。 そんな事を思いながらそういえば自分の武器を確認していなかったと柳は今まで自分が提げていた鞄に目を移した。 どうやら武器を確認する余裕も無いほど赤也を探していたらしい。 ジーっという音をたててチャックが開く。 その中には説明であった食料と水、それに加えて入っていた物はどうやらここでははずれの品らしかった。 「…………タオル?」 そう、中に入っていたのはいつも自分達が使っていたようなそれで、こんなもので戦えるはずなどない。 生き残るためには武器が必須。そういう考えに至っても行動する気力も人を殺す覚悟も柳には無かった。 そんな人は恐らくここでは真っ先に死ぬ事だろう。 どこか確信しながらも柳は近くにあった木の陰に潜んで一夜を過ごした。 もし誰かに見つかって寝首をかかれても構わないと思ったのだ。自分には覚悟が無いのだから。 そう思っていたにも関わらず、運がいいのか悪いのか柳が誰かに襲われる事は無かった。 翌日の朝。 柳は聞こえてきた放送によって目を覚ました。 やがて読み上げられる仲間達の名前に唇をかみ締める。誰かノっている人がいるのだ。 呼ばれた名前に印をつけながら放送された名前の中に赤也のものが無い事に安心する。 よかった、あの子はまだ生きている そこに希望を見つけて、再び柳は赤也を探すために歩き始めた。 丘を越えたところで大きな爆発音が聞こえたので見に行ったが、そこにはあまり話したこともない後輩が転がっていただけでやはりあの子の姿を見つけることは出来なかった。 しかしどうも可笑しい。ここまで移動してきた中で柳はある違和感を抱えていた。 昨日は偶然だと思っていたが本当に誰一人生きている人間に出会わないのだ。 ゲームが始まって一日が過ぎたにも関わらずこれはあり得ないだろう。 しかし立てこもっているなら兎も角、柳は動き回っているのだ。 単なる偶然だろうと解釈した彼は、日が落ちたのを確認すると眠る場所を確保するべく洞窟の向かう。 就寝している最中に近くで銃声が響いたが、それも直ぐに止んだので柳は大人しく息を潜めていた。殺人者がいる中にのこのこ出て行くほど馬鹿ではない。 安全を確認した後再び眠りについた柳は、翌日の放送で驚かせられる事になった。 「なんだ…これは…」 二日目とは違い放送が始める前に起床していた柳は、名前をチェックしていた紙を握り締める。 昨夕の放送ではまだ半分以上いた人数が今朝には10人を切っていたのだ。 このペースは異常である。 殺された者の中にあの子の名前は無いが心配である事に変わりは無かった。 ゲームの説明であったタイムリミットまでもう1日ない。 「どこにいるんだ、赤也…」 ゲームが始まった時、あの子は確かに自分を守ると宣言していたのだ。あちらも必ず探してくれていると考えながら柳は洞窟を出た。 ただただ当ても無く島を歩き回る。 禁止エリアも増えたので行ける場所は限られているのだ、見つけることは出来る。 柳は時折聞こえてくる悲鳴や銃声にそちらへ向かったが、そこにあるのは変わり果てた部員の姿でそれ以外には無かった。 やがて始まった正午の放送では、生き残っている者が4人になっており柳は息を呑んだ。 変わらず死亡者の中に赤也の名前は入っていない。 「な…んで、」 残り4人。 残っているのは柳と赤也、それにあまり名前を呼んだことも無い後輩が2人。 共に戦った同級生はみんな居なくなってしまった。そんな喪失感と同時に押し寄せる感情。 それはある種の恐怖。 「ああ、柳先輩こんな所に居たんですね?」 背中に悪寒を感じて柳は振り返る、そこにはあまり関わった事のない後輩の姿があった。 柳がこのゲームが始まってから初めて出会った生きた人間である。 しかし彼は恐らくもう平常ではなかった。顔やジャージに掛かっている血の量は尋常ではないのだから。 「あらあらぁ?何だ先輩凄く綺麗。誰も殺ってないの?それとも毒殺?はは!先輩らしいなあ!」 柳は何も言っていないにも関わらずその後輩は言葉を繋ぐ。 血走った瞳は完全に光を失っている。柳は突然のことにその場を動けなかった。 銃口を向けられたと思った瞬間にはそれが足を貫いていて、重力に逆らえずそのまま地面に崩れ落ちる。ゆっくり鞄に手を伸ばすが手に掴んだものはタオルだった。 こんなもので反撃など出来ないだろう。 「あはははは!先輩呆気なさすぎじゃない?タオルなんか取り出してどうしたのさ!ははははは!!」 再び銃口が柳に向けられる。もうだめだと諦めかけた時、銃口を向けていたはずの彼が突然倒れた。 「あ、かや…?」 目の前に飛び出てきたのは赤也であった。 ずっと会いたかった人物が目の前にいる。直ぐに飛びつきたかった、しかし足の痛みがそれを妨げる。 「柳先輩!大丈夫っスか?!!」 動けない柳に赤也は駆け寄った。 その顔は先程の彼と同様血に濡れていてどうしようもない気持ちが押し寄せてくる。 「赤也…!血が…!!」 慌てて持っていたタオルで拭こうとするがその手を止められる。 「…俺のじゃないから大丈夫っスよ」 赤也がつげた言葉の意味を理解して複雑な思いが柳に押し寄せる。 つまり彼もノっていたのだ、このゲームに。 その事実はとても悲しかった、それでも… 「そう、か…生きていてくれて良かった…」 ずっと会えなかったが、ここで出会えてよかったと思う。 きっとこの子は生き残るだろう、好きな人に殺されるならそれはそれで幸せだと思った。 「っス。でも俺、柳先輩に生きて欲しいから、」 「え?」 突然2人の間に銃声が響いて、気付けば赤也の右腕からは大量の血が溢れている。 「っあ…!ちっくしょおおおお!!」 「切原あああああああああああ!!!」 先程倒れた後輩はまだ息があったらしく、震える手で銃を握っている。 それに応戦して赤也も負傷していない左手で銃を構えた。 何もできず、柳はただ銃声が鳴り止むのを待つしかない。 やがてそれが聞こえなくなった頃には、後輩は血まみれになって倒れていた。 どうやら弾の残りはそんなになかったらしく、赤也は先に受けた右手の傷以外に怪我はなかった。それでもその傷が深い事に変わりはない。 「赤也…!今すぐ手当てを!」 しゃがみこんで右手を押さえている赤也に持っていたタオルを巻いて応急処置をする。 少し遠くに飛んでいる鞄の中には救急箱が入っていたはずだと柳は立ち上がろうとしたが、先程の足への銃弾に阻まれそれは叶わない。 「大丈夫っスよ先輩」 柳からタオルを巻いてもらった赤也はそのまま立ち上がった。 それを見て目を見開いた柳に赤也は優しく笑う。 「そんな怪我をして大丈夫な訳…!」 「先輩」 生きてください。 柳に顔を近づけそう耳元で告げた後、額に軽くキスを送った赤也はその場から立ち去った。 ついさっきまで撃ち合っていた銃を拾って。 「赤也!!待て!赤也…!!!」 小さくなって行く背中に叫ぶがその主が振り返ることはなかった。 彼の姿が消えた後いくつもの銃声が響き、それが止んだと思えば耳障りな放送が2人の死亡と柳の優勝を伝える。 願ったのはあの子との未来 望んだのはあの子と笑い会える日々 だからこんな結末は必要なかったのに もういないあの子を思えば頬を熱いものが流れた。 お願い、お願いだから おれをひとりにしないで バトロワネタは一度やってみたかったんだ でも悲しいからきっとこれっきりかな…幸せな2人がみたいです H23.11.6 [mokuji] [book] >>Back |