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▼ 観望

「大してかっこよくもなければ全く可愛くもないあんたが会長様と釣り合う訳ないでしょ? ほんっと迷惑なんだから!」
「そんなこと言われても、ねぇ……」

 ここ数日間、学校行事の準備に忙しくて、弥生は全く卯月に会えていなかった。卯月不足だ、と弥生が教室まで会いに行くと、何やら弥生の親衛隊の隊長と卯月が口論になっていた。いや、一方的に卯月が文句を聞かされていると言った方が正しいのか。
 それにしてもあの親衛隊長、かなり勝手なことを喋ってくれている。後でじっくり言い聞かせなければならない。
 相手の勢いに気圧されている恋人の姿は、あまり見たくはない。負けてんじゃねぇよ、と思いつつ様子を窺う。

「金輪際、会長様に近づかないでよね!」

 キャンキャンと吠える親衛隊にまた何も言い返さないのかと呆れて、仲裁に入るついでに説教でもしてやろうかと教室の中へ一歩踏み込んだ。その時だった。
 卯月が急にへらりと笑って、軽快に喋りだしたのは。

「見た目が駄目だから相応しくないというよりは、自分が会長と付き合いたいから俺が邪魔って言ってるようにしか聞こえないんだけど。違うかな? 菖蒲親衛隊長さん」

 人当たりの良さげな満面の笑みを貼り付けて、落ち着いた声で尋ねる。あれだ、駄々をこねる子どもと面倒見の良いお兄ちゃんという感じだ。
 くしゃりと顔を歪めた隊長の姿に弥生は溜め息を吐いた。あれは絶対火に油を注いだに違いない。

「あんたに何が分かるの! 会長様と何の接点もなかったあんたに知らない間に会長様を取られてた僕の気持ちなんて分からないでしょ? うぅ……ぐすっ、あんたなんか大嫌い、ばか、あほ、ハゲ」
「ごめんなさい、でも俺には会長が必要なんだ。せっかく綺麗な顔をしているのに擦ったら赤くなっちゃうから駄目だよ? 俺は会長の為に強気で一生懸命な菖蒲親衛隊長さんが大好きだけど、嫌われちゃったな」

 最近分かったことが、卯月が天然タラシであることだ。
 卯月に助けてもらった生徒が、恋愛感情とはまた別で好意を寄せている。謂わば卯月信者みたいな生徒達が着々と増えている。
 放送部は完全に信者ばかりだ。
 人の長所を引っ張り出して褒めるのが上手い上に、何よりあの笑顔に心を撃ち抜かれる人が後を絶たない。何と言うべきか、一言で表すならばエロいのだ。色気やらフェロモンやら色々なものが駄々漏れになる。
 案の定、赤面する親衛隊長に弥生は苛立ちを覚え、舌打ちをする。卯月は自分のものだと大声で叫んでやりたい衝動に駆られる。

「やーよーい? そんな顔しなくても大丈夫ですよ」
「う、づき……いつの間に……」
「最初から気づいてたんですけど、どうするのか様子見てたんですよ。ずっと眉間に皺寄せっぱなしでヒヤヒヤしました」

 どうしてばれたのか不思議そうな弥生に、卯月は苦笑いを溢した。弥生の眉間を指でつつきながら、卯月は弥生に理由を教える。

「この学園で一番人気の弥生が来れば、みんな騒ぎますから」
「ハッ……」

 弥生は今周りの状態に気付いたのか、ボッと火が出そうなくらい真っ赤に染まった弥生が慌てて卯月の腕の中から抜け出した。しかし、卯月にされるがまま、いつものように抱きしめられていた弥生の姿は既に多くの生徒が目撃しており、次の瞬間には卯月の手を引いて弥生は走り出していた。
 背後から割れんばかりの悲鳴や歓声が聞こえてきて、弥生は自室に辿り着くまで無我夢中で走り続けた。そして自室に着くなり、寝室のベッドの上に毛布の山を作った。

「弥生」

 卯月が呼びかけてみても、毛布の山は動こうとはしない。

「またしばらく忙しくなるんでしょう?」

 一緒に居られる時間が減ってもいいのかと問いかける。もぞり、と少しだけ動きを見せた毛布の山にあと一押し付け加える。

「今日の夕飯は弥生の大好きなハンバーグにしましょうか」
「……それは卑怯だ」

 がばっと毛布から不満そうに顔を出した弥生に、卯月はちゅ、ちゅと軽く触れるキスをした。たったそれだけのことでも、大袈裟なくらい弥生の心拍数は跳ね上がった。

「こうでもしないと弥生は顔を見せてくれないと思ったので」

 この笑顔の前ではどんなに取り繕うとも適わない、と弥生は思った。未だ熱の引かない頬を両手で包み込まれて、弥生は卯月の手の冷たさについ目を閉じた。

「そんなに可愛い顔しないでくださいよ」
「卯月ぐらいだろ、そんなこと言ってんのは」

 照れているのを隠そうとする弥生の口を塞ぐ。弱い上顎を舌で擦れば、弥生は目に涙をうっすらと溜めて短く甘い吐息を漏らした。

「も、むり……」

 限界だと訴えれば、くちゅり、と音を立てながら卯月は離れて行った。

「こういったことをしてくる輩がいるかもしれないんで、ちゃんと用心してくださいね」

 にっこりと有無を言わさぬ顔で弥生を見る卯月に反論出来ず、こくこくと頷くことしか出来なかった。
――絶対に卯月より上手くキスが出来るようになってやる。
 口の周りに垂れた唾液を拭われながら、弥生は秘かに決心した。


END



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