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▼ 境界線が消えた日

「こんな所にいると熱中症になるぞ、瀬尾」
「うるせぇ」

 じりじりと肌が焼けるような快晴の空。瀬尾は眉間に皺を寄せて、空を睨んでいた。この空に似た、冴えた青い瞳を持つ漣の言葉に同調するかのように、雲一つなく空は広がっている。

「まぁ、瀬尾がここに居なければならない、おおよその理由は分かるがな」

 困ったものだな、と漣は目を細める。普段は獲物を狩るような鋭い目付きで違反者を取り締まる風紀の長が、瀬尾に対してだけは酷く優しく、そして躊躇いを見せるのだ。
 それが、瀬尾にとって、最も気に食わなかった。



境界線が消えた日



 八月、半ば。実家に帰省している生徒が大半で、校内の、それもこんなに日差しのきつい時間帯に屋上に居るのは瀬尾ぐらいだろう。瀬尾自身も、こんなに暑い場所に居続ける気はなかった。が、昼前に起きて、すっかり乾いてしまっている喉を潤そうと共同スペースに出てみれば、ルームメイトがセフレを連れ込んでヤっている所に遭遇してしまったのだ。
 真昼間から盛るなと文句の一つでも言いたいところではあったのだが、初対面でいきなり瀬尾の瀬尾をしゃぶろうとしてきたあのルームメイトのことだ。下手に関われば余計な巻き添えを食らうに決まっている。
 そんな理由があって、部屋に居る気にはなれず、確実に一人になれる屋上に来たのが半刻ほど前のこと。誰も来ないからとはいえ、ここに留まるには暑すぎる。
 む、と顔を顰める。額から流れる汗を乱雑に手の甲で拭いながら、瀬尾は上半身を起こした。そもそも、こんなに暑い時に外に出ている人はいるのだろうか。そう考えてみれば、わざわざ一番暑い屋上で、滝のように汗を流している自分が馬鹿らしく思えてきた。

「……場所変えるか」

 瀬尾が立ち上がろうとしたところで、屋上のドアが軋んだ音を立てた。少しだけ開かれたドアから、するりと体を滑り込ませるように外へ出てきたのは、瀬尾が一番嫌っている男。
 眩しいくらいに明るいこの場所が、恐ろしく似合わない白い肌。夜に溶け込みそうな、少し癖のある漆黒の髪。そして、それらへ目が向かない程、圧倒的な存在感を放つスカイブルーの瞳。彼と目が合う、ただそれだけで瀬尾の脳と体は接続不良を起こす。

「瀬尾」

 耳当たりの良い低音が、名前を呼ぶ。それだけで、瀬尾の中の感情が牙を剥く。

「帰れ」
「そう釣れないことを言わないでくれよ」

 言葉で突き放しても、漣はしつこく食い下がってくる。そうすれば、瀬尾が本能のまま、漣のことを叩きのめしに来るだろう、と。漣のことを憎んで、恨んで、その全てをぶつけてくれれば良い。そうなることが、漣なりに考えた瀬尾への贖罪なのだ。

「俺はあんたが嫌いだ」
「……あぁ、よく知っている」

 握り締めすぎた拳が、漣の左頬にぶつかる。殴り飛ばしてボコボコにしてやると吠えていた二ヶ月前の瀬尾なら、このまま漣を床に突き飛ばして、ひたすら拳を振るっていたに違いない。
 しかし、今の瀬尾は真実に辿り着いてしまったのだ。漣の所為でこの学園を去って行ったと思っていた親友は、瀬尾の為に学園から去る選択をしたのだ、と。
 瀬尾を守る為に姿を消した親友の想いを無駄にしない為、瀬尾の暴走を未然に防ぐ為に、その真実を隠して漣が憎まれ役を買って出たこと。それに気付かないまま、漣を散々傷つけてきた瀬尾は、自分自身が許せないのと同時に、優しすぎる漣が許せなかった。

「どうして躱そうとしないんだ?」

 漣のカッターシャツの襟元を掴んで詰め寄る。視界いっぱいに映る青色は、揺らぐことなく瀬尾を見つめている。

「俺には、瀬尾からのあらゆる痛みを躱さなければならない理由がない。だが、躱してはならない理由ならある」
「それは、もう意味がないと分かっても同じことが言えるのか?」
「意味がなくなることはないさ。俺が彼をもっと早くに見つけていれば、こうはならなかった」

 だから――、と続けようとした漣の口を手で塞いで、瀬尾は強制的に漣の言葉を遮った。

「だから? 俺が何を要求しても文句は言わねぇって話なら、俺はあんたを一生恨むからな」
「瀬、尾……?」

 常に沈着冷静で、表情が乏しい漣の驚きに満ちた顔。それを見た途端に、瀬尾は少し、否、かなり気分が高揚したのを感じた。憎悪ではない、感情の起伏。
 漣に罪滅ぼしのように接して来られるのが、酷く不愉快だったのだと気付いてしまえば、その先にあるのは『嫌い』とは正反対の気持ちだった。

「俺が周りを見ていなかったから、あいつは俺に巻き込まれた。俺が冷静に物事を見ようとしなかったから、あんたを傷付けた。あいつも、あんたも、何も悪くねぇ」
「だが、俺は」
「いいから黙ってろ! あんたがそうやって軽々しく俺を受け入れようとするから、いつまで経っても俺は何も変われないまま、自分の首を絞めることしかできねぇ」

 漣に縋りつくような体勢のまま、瀬尾は漣に本音をぶつける。情けないと思いつつも、上手く頭が、体が動かない。
 いつもそうだ、漣を前にすると恰好がつかない。だから、瀬尾はもう形振り構わず、漣を腕の中に閉じ込めた。




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