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▼ 境界線が消えた日

「もう余計な考えは捨てろ、漣。好きなようにしていい、なんて事を言ってみろ。泣いて嫌がってもぶち犯すからな」
「……刺激的すぎる告白だな」
「くっそ、余裕でいられるのも今だけだからな」
「いや、余裕なんかないぞ」

 ぎゅ、と抱き締められて、瀬尾は身体の内側からも熱が上がるのを感じた。それと同時に聞こえてくる、漣の心臓の音。それは、瀬尾と同じぐらいのテンポで脈を打つ。

「変わりないだろ?」

 クスクスと、まるでイタズラが成功した子どもの様に無邪気に笑い声を溢す。瀬尾は漣の胸元から顔を上げて、口をへの字にした。

「こういうとこ、ずるいよな」
「ん?」
「ほら! そうやって、あざといことしやがって!」
「すまん、瀬尾が何を言っているのか理解できない」

 完全に吹っ切れた瀬尾には、漣の言動全てがクリティカルヒットしていた。漣に限定してストライクゾーンが広すぎる。漣に会えば睨み、嫌味を言い、時には拳を交えていた今までの自分と、今の自分との漣に対する感情の差が瀬尾を混乱させている。
 困っている漣もかわいい。気を緩めるとそんな言葉しか出てこない。

「暑さにやられたか?」
「あ? 暑いのはあんたの所為だ」
「あぁ、抱きついたりなんかしたら暑いな。すまない、気が付かなくて」
「……無自覚天然タラシ」
「何か言ったか?」

 回りくどい攻め方では通じない。そう確信した瀬尾は、漣の腕を掴んで歩き出した。

「瀬尾、どこに行くんだ?」
「あんたの部屋」
「まぁ、涼しい場所に移動したいなら構わないが」
「俺が、あんたを抱くって言っても許すのか?」

 じわり、と掌に汗が滲む。先程までうるさかった蝉の鳴き声が小さくなる。呼吸の仕方さえ忘れてしまったかのように息が止まる。
 振り返って見えた漣の表情は、相変わらず優しいものだった。



*****



 ギシギシとベッドが悲鳴を上げる程、激しく漣を追い詰める。漣のように、相手を思いやる優しさを持ち合わせる余裕なんてものはなかった。

「さざ、なみ…っ」

 挿入してからずっと、瀬尾は漣の名前を呼び続けている。瀬尾の必死なその姿が、漣にとっては弟のように可愛くて可愛くて仕方がないのだ。それはもう、つい瀬尾の頭をよしよしと撫でてしまったくらいに。
 それが、瀬尾の対抗心に火を点けることだと気付いた時にはもう遅かった。ひたすらゴリゴリと前立腺を執拗に擦られ、散々喘がされた。

「ぁ、も、むりだ…んっ…あ、ぅ……」
「まだ、まだ……」
「あまりいじわる、するなよ」

 ガンッと鈍器で殴られたような衝撃が走る。あの漣が、意地悪なんて単語を発したのだ。それも舌足らずな言い方で。

「あーくそッ、もう喋んな。喘ぐだけにしろ」
「分かりやすくて面白いな」
「うるせぇ」
「んっ、あ!」

 一層強く腰を打ち付けながら、互いの間で震えている漣の性器に触れた。漣が出したものを指先で掬い上げ、塗り込むように上下に擦る。それだけでも、既に何度も達している漣には堪らないようだった。

「あ、くっ…、んっ!」

 申し訳程度の薄くなった欲を吐き出して、漣はベッドにくたりと倒れ込んだ。
 常ならば血色が悪いようにも見える肌は、ほんのりと朱く色づいていて、壮絶な色気を放っている。目に毒だ、と思いながらも、視線は釘付けになったまま逸らすことが出来ない。濡れた青い目から溢れた雫に、瀬尾はごくりと喉を鳴らした。
――あぁ、きれいだ。
 ぺろりと反射的に舐め取れば、漣は数回目を瞬かせた後、口元を緩めた。

「犬みたいだな」
「言うことは聞かねぇけどな」
「それも愛嬌があっていいじゃないか」
「……ライオンが懐いても、あんたなら違和感ねぇわ」

 むしろ、漣が猛獣を侍らせていても驚くことはない。抱かれているのは漣のはずなのに、主導権は漣が当然のように握ったままだ。それも全て、瀬尾に着実にダメージを与えている。
 ベッドへのエスコートから失敗したのだ。今まで漣に対して酷い態度を取っていたのだから、せめてこれからは優しくしようと試みていた、はずだった。それをいとも容易く崩され、気付けばこの有様だ。
 ぽんぽんと頭を撫でられて、喜ぶべきか怒るべきかもう訳が分からなくなった瀬尾は、噛み付くように不格好なキスをした。

「キスをするのは初めてか?」
「馬鹿にしたけりゃすりゃいい」
「いや、可愛いなと思っただけだ」
「馬鹿にしてるじゃねぇか」
「可愛くて仕方がないだけだ、馬鹿にはしていない」

 漣は真剣な顔で、瀬尾のどこが可愛いのかを力説し始めた。くだらないと聞き流していたのは最初だけで、十個目を挙げる頃には強制的に漣の言葉を唇ごと奪った。

「さっさと風呂に入れ」
「一緒に入らなくていいのか?」
「あああああもう黙れよ!」
「ふっ……、分かった分かった」
「笑うな!」

 ピシャリ、と言い放つ。たった一つしか歳は変わらないというのに、どうしてここまで差があるのか。例え歳の差がなかったとしても、今と変わりない気もするのだが。
 そんなことを瀬尾がぐるぐると考えている間、たっぷりと張られたお湯に肩まで浸かりながら、漣はあー、うーと唸りながら、数時間前からの己の行動を振り返って後悔していた。

「やりすぎた、か……?」

 煮え切らない瀬尾を一歩踏み出させる為とはいえ、煽り過ぎた自覚はあった。
 結果、声が枯れるまで喘がされた上に、出すものも出し尽くし、疲労感がのしかかっている。体力には自信があった漣でも、本来ならなることはない受け身での行為は負担が大きかった。
 漣が瀬尾を挑発しなければ、もっと負担を減らすことが出来たのかもしれない。が、それでは漣が納得出来なかったのだ。
 瀬尾が優しくしようと気を遣っていたことは、ちゃんと分かっていた。優しくされるのでは、漣の中の罪悪感が消えてくれない。それに、互いを気遣うセックスなんかより、互いにぶつかり合うような荒々しいそれの方が、よっぽど自分達には似合うと思ったのだ。
 そうでもしないと、二人の間にある境界線は消えないだろう、と。
 必死に余裕を取り繕っているのを仮面の下に隠して、漣は腕を広げて瀬尾が来るのを待った。嘘で固めていた殻を瀬尾が壊してくれるのを、ずっと待っていた。
 散々瀬尾のことを可愛いと連呼していたが、本当は可愛いところよりも多くかっこいいところを知っている。

「にやけたりしてないよな?」

 浴室の鏡でも、洗面台の鏡でもしっかりと変な顔をしていないか確認してしまうくらいには、瀬尾に対して本気で、ポーカーフェイスを保つのがやっとなのだ。

「上がったぞ」
「あぁ……って、なんで全裸で出てくんだよ服着ろ!」
「うっかりしていた」
「馬鹿野郎!」

 浴室へと押し戻され、忘れ去っていた着替えを身に付ける。リビングの方から瀬尾がぶつぶつと何かを言っているのが聞こえてくるが、今のは素で忘れていただけだった。
 濡れた髪をガシガシとタオルで拭きながら、再びリビングへと戻れば、瀬尾がどこか不機嫌そうな顔で漣を見た。

「あんた、他人にもこうじゃないよな?」
「こう、とは?」

 かくり、と首を傾げる漣に内心叫びつつ、瀬尾はなんとか表面には出さず平静を装った。

「あー、とにかく、人を誑し込むのはやめろよ」
「俺が誑し込むのは瀬尾だけだから安心してくれ」
「んあああああそれだよ! そういうのをやめろって言ったんだ俺は!」
「反応が面白いから、つい」

 瀬尾の反撃が始まるまで、漣はひたすら瀬尾にちょっかいを出し続けていた。二人の間にはもう、何も遮るものなどなかった。







――登場人物――

 瀬尾 渉(せお わたる)
 漣 慎(さざなみ しん)



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