馬鹿と煙はビジネスがお好き


数日後の話。

日も落ちて暗さの増していく時間帯。
自室でダラダラと映画を見ながら過ごしていたら、突然来客を知らせるインターホンが鳴り響いたので、仕方無く腰を上げて玄関へと向かった。ドアスコープから向こうを見れば甚爾さんの姿があって、思わず溜息を吐き出してしまう。

今度は何しに来たんだ。全然ドアを開けたくないけど、また前みたいに鍵を壊されたらたまったもんじゃないので仕方無く鍵に手を掛けた…時だった。

「ンムっっ!?」
「シー…落ち着け、静かにしろ。そんで良く見ろ馬鹿」

後ろから口元を手のひらで押さえられ、片腕で簡単に身を拘束される。
誰かと思えば、落ちてきた声は聞き馴染みのある甚爾さんのもので、側に降りてきた顔も彼のものだった。うわ、睫毛なが。

いやそうじゃなくて。
どういうことだと私は混乱する。
扉の向こうには確かに甚爾さんの姿があって、今も「おい、居留守すんな」と言っているのが聞こえてくる。しかし、私を拘束しているのもまた甚爾さんであり、意味が分からない状況。
甚爾さんって何人もいるのか?それは嫌過ぎる。こんな奴何人もいらない。

「ドアの向こうの奴は偽モンだ。良く見ろ、俺より2cm背が高くて肉付きが少し悪い」
「???」

と、言われましても。
興味の無い人間で高難易度間違い探しをしろと言われても無理である。全然分からない。けど、何となく今側にいる方が本物だろうことは察した。だって、本物だったらこんなに悠長にドアが開くのを待ったりしないはずなので。

トントンっと口元を覆う手のひらを突付き、離させる。
すると彼は、「今忙しいから少し待てって言え」と指示してきた。
その指示に従い、私はやや声を張って「ちょっと待って!今手が離せないから!」と言った。

次の瞬間。

ガガガガガガガッ!!!!

私を背に隠した甚爾さんは、取り出した拳銃を容赦無くドアに向けて何発も発砲した。
火花が散り、ドアが焦げ、風穴が何個も開く。
背中からその光景を見ていた私は、唖然としながら彼の背中をキュッと掴んでいた。

自宅が一瞬で抗争現場になってしまった。
ヤクザ御用達のマンションとはいえ、修理費や口止め料は一体誰が出すというのか。

状況に追い付けない私を置いて、事態は進む。
背後から窓ガラスが割れる音がしたかと思えば、甚爾さんが私を抱えてそちらに向かい、瞬きする間に死体が一つ出来上がってしまっていた。

えらいこっちゃである。
どうしてくれんだ、これ。
甚爾さんの腕から離れて頭を抱えながら、一先ず仕事用品の煙草とライター、財布と、それから携帯を掴んでルームウェアのポケットに入れた。

「とりあえず場所変えるぞ。ここだとヤベェだろ」
「もう既にヤベェ状態なんですけど」
「助けに来てやったんだから文句言うなって」
「腹立つ…」

広げられた腕の中に飛び込む。
そのまま目を瞑れば、次の瞬間には胃が浮遊するかのような落下現象を味わった。
口を開いたら色々な物が出てしまいそうだったので、唇をキュッと内巻きに噛み締める。

時期にドシンッと振動が全身に伝わり、着地したことを知らせる。不可抗力だがしがみついていた甚爾さんからは、なんか良く分からないけどやたら良い匂いがした。多分、何処かの女の人の家でお高いシャンプーやボディーソープを借りてきたのだろう。良い匂いだが、似合わない匂いだった。

私を抱き上げた状態で駆ける甚爾さんは、それはもう速かった。
人間ってこんな速く走れて良いんですか?って感じだ。私も術師の端くれだったのでそれなりに身体は動かせるが、この人と比べたら天と地の差があるだろう。一芸に秀でている彼が羨ましい。羨ましいけど、なりたいかと言われたら首を横に振る。

肉体が先か精神が先か。
卵が先か鶏が先か論争のようなものだが、彼のこの鬱屈とした救いようの無い性格はどの段階から形成し始めたのか。知った所で今更どうすることも出来ないし、しようとも思わないのだが、それはそれとして何かのネタにでもなれば良いなと興味を持った。

そう、興味を持ったのだ。他でもない私が、彼に。
それは多分、あの日彼が私を自分よりも可哀想な奴だと笑いながら見下してきたからだろう。そんなことないと、お前より私は余程立派だと証明してやりたいのだ。じゃないと、自己嫌悪が酷くなるから。

でも結局、今こうして助けに来られて思うことは、私よりもずっと強くて良い匂いがするという、わりといらない情報だけが取得出来てしまった。
マジでいらない。株を上げてくるなヒモクズ馬鹿野郎が。


ビュンビュンと変わる景色に目を回し、甚爾さんが足を止めた頃にはグッタリとしていた。
所謂グロッキー状態。地面に降ろされたが、平衡感覚が掴めなくてその場にへたり込んだ。

「弱すぎだろ、もっと鍛えろよ」
「ウェぇぇ……ぐるぐるするぅ…」

それでも一応周囲を見渡せば、どうやら何処かの港だった。
周りは大型の貨物倉庫だらけで、少し離れた所からは人が出入りしている"何か"が見えた。

「あれは…倉庫で囲いが出来ている、何かの施設?」
「良く気付いたな、ありゃ裏者御用達の賭博闘技場だ」
「まさかだけど、出るとか言いませんよね?」
「合法的に殴り飛ばしゃアピールにもなるし、金も稼げる。一石二鳥だ」

いや、あの…合法じゃないです。全然合法ではないです。賭けてる時点でアウトですよ甚爾さん。そしてアピールってなんですか、ちょっと意味が……あ、

彼の言葉に表情を引き攣らせた私はハッとした。
もしや、最初からこれのために今日私を張っていたというのか?

「あの、私の名前使ったりしてないよね?」
「した。俺はお前の手下として出ることになってる」
「今日襲撃されたのって、もしかして甚爾さんが何か関係してたりします?」
「………知らねぇ」
「し、してるじゃん!!絶対してるじゃん!!私を嵌めたな!?」

こ、コイツ……!!
このカスゴミクズが…!!
絶対これ、この襲撃、犯人はコイツだろ!!私分かっちゃったぞ!?

事件の経緯はこうだ。
伏黒甚爾は何かしらを理由で、高専が私を捜索しているのを利用して呪詛師を陽動し襲撃を企てた。
そして、この闘技場で私と自分がニコイチだということを周りに示すことで、報酬+自分と私の関係を周りに見せ付けることが出来る。ついでに襲撃は引くかもしれない。
実際彼は私からの依頼金代わりに良い思いをもうしていて、さらにはオマケでこれから戦い金も入る。プラスアルファ、これからも襲撃があるかもしれないからと私の側を離れない理由も手に入れられるし、周りへの牽制にもなる。つまり、どう足掻いても彼には旨味しかないのだ。

頭が可笑しい。イカれているとしか思えない。
何が楽しくてそんなことを…ああ、いやそうだ、そうだった。コイツは私が惨めで可哀想だとはしゃいで喜ぶ人間だった。自分より可哀想な奴が隣にいると安心する、最悪な大人なんだった。ついでに私が嫌がると興奮するド変態だった。何だろう、自分の人生に後悔しか感じなくなってきた。

「死ね……」
「俺が死んだら困るのはお前だろ。あ、それともあれか?一緒に死んでくれって誘いか?熱烈だな」
「最悪だ…先生たすけて…」
「その先生はお前より五条のガキの方が大事だったワケだが」

なんでそこまで知っているんだ。でも事実だから仕方無い。そう、腹を立てても仕方無いのだ、今更何もかも。

この人といると常に腹立たしい気持ちでいっぱいになるが、私が足掻いた所で状況は何も変わっちゃくれないのも確かだ。
もう、ここまで来たら成り行きに任せるしかない。

「覚悟は決まったか?」

俯く私の顔を覗き込むためにしゃがんだ甚爾さんが、私の顎に手を添えて顔を上げさせる。
ムカつくくらい喜々としている表情を見て、私は反対に真顔を極めていった。マジ腹立つ、人の不幸を喜ぶな馬鹿。

「中華が食べたいです、ちゃんとした小籠包が出る店の」
「いいぜ、その代わり俺を雇い続けろ」

挑発的な笑みを浮かべながら、ちょんちょんと自分の首を突付く甚爾さんを見て、望み通りに一瞬だけ首をギッと絞めてやった。ついでに一応ほっぺにキスもしておいた。めちゃくちゃ気分が悪くなった。

甚爾さんの首から手を離し、自分の力で立ち上がる。服の膝やお尻についた砂利を手で払って、背筋をグッと伸ばした。
戦うのは甚爾さんだが、襲撃者共の情報収集は自分でしてやろう。そうして全員蹴散らして、早いとここの碌でも無いクズを解雇してやるのだ。


とにもかくにも、私は私に出来ることを淡々と熟そう。
今更アレコレ考えても無駄なのだから、小籠包のために頑張ろう。

「ところで一つ疑問なんですが、いつから張ってたんですか?」
「基本ずっと張ってたが…お前少しは危機感養った方が良いぜ?盗聴器何個仕掛けても気付かねぇから心配になっただろ」
「え、気持ちわる……」


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