五条悟と私は血を分けた兄妹だ。
分けたといっても、実際は半分だけなのだが。

私達兄妹は同じ年の同じ時期にめでたくも生まれた。
兄の方が3日早く、私の方が3日遅く。
つまるところの腹違い、この業界じゃよくある話。よくある、不幸でありふれた物語。

私達は5歳の頃まで共に育てられた。
同じ布団で眠り、同じ朝日を見て、一緒に散歩をし、お風呂だって一緒に入っていた。
まるで鏡写しのような兄を見て、私はすくすくと広く洗練された陰謀渦巻く屋敷で育ったのだ。

いや、育つはずだったのだ。

兄の術式が発覚したその日、平穏はいとも簡単に終わりを告げる。
五条家にとってもはや無用の長物と化した私という存在は、私を産み落とした妾の母親共々一族から追いやられた。
必要なのは兄だけ、私はオマケにもならない不要な子。

母と二人ぼっちになった私は、その後すぐに他所の家に預けられることとなる。
呪術師の子を産むことだけを目的として育てられた母には、残念ながら学も無ければ仕事が出来る器量も無かった。
彼女は一人、どこぞの大企業の社長に自慢の顔を餌にして愛人として囲って貰い、私は母からの謝罪の言葉を言い渡されながら、五条家ではない呪術師のお家の子となった。

そこからはもう、散々な…いえ、過ぎてしまえばイタリア・オペラのような悲劇の詰まった麗しき日々を歩んだとも言えよう。

そうして、高専入学を迎えたその年の春、私は10年ぶりに兄と出会う。

桜の花びらが淡く健気に散り行く中で、私達は久方ぶりの再会を果たした。
それはきっと、第三者から見れば、まるで夢のように美しい再会であったことだろう。


まあ、私からすれば……残念極まりない、夢も希望も打ち砕くような、最悪な再会だったのだが。



___




朝の日差しの眩しさに、微睡みの内にあった思考からゆるりと目を覚ます。
瞬きを数回し、二度程目を擦り、一度寝返りを打ってから、目が回らぬようにゆっくりと身体を起き上がらせた。

朝だ、今日も美しい一日が始まった。
では、一日の始まりを祝して我が美学についておさらいしておこう。



美しいモノは正義である。

なので、勿論美しい私はこの世の正義である。
そして、美しい私を称える者達の心もまた美しく、正義である。
しかして、私を称えぬ者達の中にも美しさの可能性は秘められているのだ。

この世に真に醜い者など存在しない。

うむ、これ即ち我が美学なり。



毎朝鏡とにらめっこをするところから私の一日は始まる。
自分に厳しく、されど程々に優しく。
他人にも厳しく、しかして正しい評価を。
愛と正義の心を忘れずに、勿論乙女心も忘れずに。

よしよし、今日も美しいな私。
うんうん、まさに金星の加護ありし乙女と自画自賛してしまう程に。

と、まあ…優雅に自分を讃える朝は突然終わりを迎える。
それはもう無情に、無神経に、無茶苦茶な朝の始まりを知らせるビートであった。


ドンドンッドンドンッ!!!
ゴンゴンッゴンゴンッ!!!


部屋の扉が外側から打ち鳴らされる。
力強く、遠慮無く叩かれ続ける扉へ振り返り私は少しだけ顔を顰めた。
ああ、またか。
またなのか、今日もなのか。

「おい!起きてんだろ、おい!!」

顰めた顔を元に戻し、私は気にせずにヘアブラシを手に取って髪を梳かし始めた。
寝る前にこれでもかとケアを行い、何度も櫛を通したおかげで簡単な寝癖しか付いていない。そんな優秀な髪の毛を自慢に思いながら鼻歌交じりにサラサラと梳かす。
その間も、ドアの方からは遠慮の無い音がひっきりなしに響いてくる。

ドンドンドンッ!!!
ゴンゴンゴンッ!!!

「なあ!!ちょっとで良いから話聞けって!」

私はその声と音の全てを気にせずふわふわの泡で顔を洗い、十分に保湿をして、それから歯を磨いた。
鏡の前でイッと歯を出し磨き忘れが無いかしっかりチェックをしてから、未だ鳴り響く雑音を対処すべく扉に近付く。

鍵を内側から開け、ドアノブを捻って扉を開いてやる。

雑音の主とのご対面である。
もっとも、この雑音も一週間に最低でも一回はあるので、ドキドキもワクワクもしないのだが。

「おはよう、五条悟くん」
「なあ、今日夢の中で…」
「ストップストップ、先に朝の挨拶をすべきでしょう?」
「……おはよう」
「はい、おはようございます」

扉を開けた先、朝日と共に視界に飛び込んできた人物へ向けて挨拶をすれば、彼は勝手に喋りだそうとしたのでそれを静止した。
挨拶は人間の基本だ、それすら出来ないなんて恥ずかしいことこの上ない。

私達は挨拶を交わし、同時に視線も交わす。

この、私の優雅な朝を破壊したその人の名を、五条悟という。
呪術界の御三家が一つ、五条家に生まれし現代最強とも言われる術師。
無下限と六眼を有し、才能も、地位も、名誉も、そして美貌すら備えた完璧にして最強の人。
それこそが、私と血を半分だけ分けた兄であった。

朝の輝かしい光の中では彼の美貌は目に毒となる程で、しかし目を逸らすことも許されるわけなく、私は淡々と話の続きを無言で促す。

「今日さ、夢ん中でホットケーキ食べててさ」
「それは、誰が?」
「俺が。でも夢だから、起きたらホットケーキ無くて」

話していて分かったのだが、どうやら彼はまだ半分くらい寝惚けているらしい。
いつものツンツンした態度が半減しており、年相応のあどけなさを感じる。

まあ別に、それを可愛いなどとは間違っても思わないのだが。

「だから、ホットケーキ……」
「ホットケーキを?」
「食べたい、作って」

わざわざそれを言いに、顔も洗わないまま寝ぼけ半分の状態でここまで来たというのか。
そもそも、そういうあたかも甘えたようなことを言う相手は、私ではなく親友にすべきではないのだろうか。
きっと彼ならば、仕方なさそうにしながらも何だかんだで朝からツヤツヤのバターとメープルシロップのかかったホットケーキを焼いてくれるに違いない。いやこれは私の夏油傑に対する偏見なのだが。

私は無言で五条悟に背を向けると、フローリングを素足でペタペタと歩きながらクローゼットの前に行った。

洋服の仕舞ってあるクローゼットを開き、制服の下に着るブラウスとカーディガン、それから靴下とブラジャーを取り出してベッドへと並べる。

「なあ、ホットケーキ」
「ホットケーキがなあに?」
「だから、作れってば」
「…違うでしょう?」

パジャマのボタンを上から一つ二つプツン、プツンと外し、通していた腕を袖から抜く。
床にパサリと落ちた上着に反応し、玄関の方から「はっ!はあ!?なんで脱いでんだよ!」と、目が覚めたらしい反応が一つ返ってきた。

それを確認しながらも、私は着替えを続ける。

「ホットケーキを作って下さい、お願いします…でしょう?」
「いや、おま!脱ぐなよ!!俺がいんのに!」
「君が居るから何か?」

そう、別に私が五条悟を気にして朝の着替えを遅らせてやる…だなんてこと、全くもって必要無い。
何故なら、私は私の身体に絶対の自信を持っているからだ。例え天下の往来で全裸になろうと、見られて恥ずかしい場所などありはしない。むしろ、寄ってたかってデッサンして欲しいほどだ。

だから脱ぐ。着替える。
パジャマのズボンをストンッと足元に落とし、着ていたキャミソールも脱いでパンツ一丁の状態となる。

「なんでパンイチになってんだよ!」
「着替えているからに決まっているでしょう、変なことを聞くものね」
「意味分かんねえ!俺がいんのに、なんで!!」
「騒ぐ暇があったら顔を洗って下さいな」

私は最もなことを言いながら、ブラジャーを身に着けた。
今日の下着は上下ピンク、優しい桃色はまさに春らしい色をしてあり、私の身体を淡く麗しく飾り立てる。

ついでブラウス。白く滑らかな肌触りの良い生地に腕を通し、掛け違えることなくボタンをキッチリ上までとめる。
そして振り返ってベッドに座り、靴下を脚に通す。
無駄の無い黒い靴下は、膝下ピッタリに私の脚を包みこんだ。

うむ、これで良し。

そうして未だ玄関から少し歩いた所で立ちっぱなしとなっている五条悟に、私は一応話し掛けてやった。

「顔洗った?」
「それどころじゃねえ、馬鹿女!」

馬鹿?馬鹿だって?
この私の超絶スーパーエレガントなモーニングサービスシーンを見ておいて、開口一番言う言葉が馬鹿だって?
素晴らしい、ブラボー!もっと脱げ!何なら踊れ!ではなく、馬鹿…って言った?

………まあ、馬鹿な子ほど可愛いと言うものね、つまりは遠回しな褒め言葉…ということにしておきましょう。
だって馬鹿と言われる理由はどこにも無いのだし。


掛けてあった制服を手に取り、スラックスを穿いて、カーディガンを着て、それから上着を羽織った。
よし、今日も完璧。
完璧かつ完全な装備、隙も無駄も無い美しい私の出来上がり。

さあ、あとは朝ごはんを食べて支度をすればやることはおしまいだ。

冷蔵庫を開き、中からヨーグルトと野菜ジュースを取り出す。

「ホットケーキは?」
「残念ながら、朝はヨーグルトと決めているの」
「は?わざわざここまで来たのに?」

目が覚めたのだろう、いつもの唯我独尊お坊ちゃまな態度が出始めた。
そも、誰も来いだなんて頼んでいない。それに、仲良く朝ごはんを共にするような間柄でもない。

そう、私達血を分けた兄妹は別に仲が良いわけではないのだ。

昔…5歳くらいの頃、共に五条家で過ごしたあの時は、確かに仲の良い兄妹だった。
何処に行くにも手を繋ぎ、互いの目を見て語らい、肩をぶつけて笑い、言葉にせずとも好意と愛着を感じ取れるくらいには仲が良かった。

しかし、今となってはそんなもの遠い過去の出来事に過ぎない。
何せ人格形成もままならない時期の話だ、彼が何歳で人格形成を終えたかは知らないが、少なくとも私は五条家を後にしてからの日々によって今の人格となったと言っても過言ではない性格をしている。

まあ、もっと単純な話をしてしまえば、私は彼…五条悟のことが好きではない。
どちらかと言えば嫌いで、苦手で、面倒で、白状な奴だと思っている。

それについては相手にも十分伝わっているはずで、だから別に、朝ごはんを一緒に食べる必要はこれっぽっちも無いのだ。

私は低いテーブルの前に座り、そこに朝食とスプーンを並べて手を合わせる。

「いただきます」
「はー……ホットケーキ…」

ペリペリペリ…ヨーグルトの蓋を剥がし、白く滑らかなそれをスプーンで掬って一口。
口の中に広がる爽やかな酸味と、程よい甘さに頬が緩んだ。
ああ、美味しい。今日も一日頑張れそうな優しい味わいだ。

「…なあ、俺にも一口」
「ホットケーキは?」
「ホットケーキが食べたいけど!お前が!作ってくんないから!」
「だったら夏油くんに作って貰えば良いじゃない」

さっきも言ったが、きっと何だかんだで作ってくれるだろう。
あの人、クズなのに優しくて甘やかし癖があるから。いや、クズだからこそなのかもしれないが。

そんなことを口にすれば、ムッとした顔をしながらテーブルを挟んだ向かい側に座ってきたので、文句を言われる前にヨーグルトを乗せたスプーンを口に突っ込んでやった。

こうすると、育ちの良い彼は絶対に飲み込んでからでないと喋り出さない。

彼が飲み込む間に私も一口。
そうして、彼が飲み込んだらすかさず次の一口を突っ込んでやる。
それを繰り返し、ヨーグルトが空になるまでパクパクモグモグ続ける。

「ごちそうさまでした」
「食べたら腹減ったんだけど」
「お部屋に帰るのをお勧めます」
「はー……マジで時間無駄にした…」

そうでしょう、そうでしょう。
五条悟にとって私と過ごすなど、朝の貴重な時間を無駄にしたと言っても過言ではない。
何せ、私達は仲良くないし、私は彼のことが嫌いだし、彼もそれを知っているはずなのだから。
そんな相手と朝を共にするなど、愚かな選択だったと言えよう。
己が行いを存分に反省すると良い。

良い気味だ…と、私はほくそ笑みながら食べ終わった物を一式持ってシンクへ向かった。
スプーンを洗い、ヨーグルトのカップをゆすぎ、野菜ジュースの入っていたコップを洗い、こうして騒がしい朝食の時間は無事に終わった。

タオルで手を拭き荷物をまとめるために振り返れば、そこにはまだ五条悟の姿があった。
彼は大きな欠伸をしながら、振り返った私に「腹減った」と訴える。

「夏油くんの部屋を尋ねると良いわ、彼なら色々蓄えがあるだろうから」
「今から傑の部屋行くのめんどくせーし」
「残念ながら、私の部屋に君にお出しできる物なんて無いのが現実でして」

淡々と、感情を乗せずに語り終える。

静かにフローリングの上を歩き、昨夜のうちに用意しておいた荷物をもう一度チェックしてから、私は鞄を手に取り部屋を後にするためだらしのない格好をしている五条悟に立つよう促した。

立て、立つんだゴジョー。なんちゃって。

「さあ立って、歩いて、部屋から出て」
「押すな、引っ張んな、追い出そうとすんな!」
「そして歯を磨いて顔を洗って着替えなさい、外見の乱れは心の乱れよ」
「妹なのに姉っぽいこと言うな!」

妹と言ったって、三日だけしか遅く産まれていないのだが。

まあ、そんなに言うならば妹っぽい言い方をしてやっても良い。私はわりとサービス精神は旺盛なタイプの人間だ。
それで気が済んで部屋に戻り、遅刻せず教室に来てくれるならば全然構わない。むしろ嬉々としてやってやるとも。

私は未だ玄関口でウダウダと抵抗を見せる兄に、上目遣いでこう言ってやった。

「お兄様、朝礼に遅れてしまいます」
「…世話焼き妹バージョンで」
「もーお兄ちゃんったら、遅刻しても知らないんだからね!」
「よし」

何がよしだ、何が。
サービスは終わりだ。良いからさっさと出て行け、そして二度と来るな。

腕を引っ張り部屋の外に縦に長い巨体を追い出す。
すかさず扉を閉め、鍵を締め、私は颯爽と廊下を歩き出した。

朝から余計な体力と精神力を使ってしまった。
これはもう、他の何かで補うしかない。
ああ全く、美しい朝が台無しだ。

しかし、例え朝が台無しになろうとも私の完璧かつ最高な美しさに曇りは無い。
むしろ、五条悟という内面がクソな人間が隣をダラダラと歩いているからこそ、私の美しさが引き立てられる。

無論、引き立て役など私の美しさには本来必要ないのだが。


こうして私の朝は、この厄介で煩く面倒な兄を、兄の親友である同級生の元へ無事押し付け…失敬、送り届け終えた所から再スタートする。

貴族のように爪先からふわりと床に足を落とす歩き方をし、朝日に照らされながらゆっくりと散歩をしつつ教室に向かった。

美しくあれ。
誰に求められずとも、認められずとも、自分に誇れる自分を。

最強とは程遠い、しかして最高な私である人生を生きるため、今日も私は魂を輝かせて生きるのであった。

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