アンティークの輝きを放つオペラグラスを片手に、高専校舎内の比較的高い場所から下界を見下ろす。

腰を曲げ、足を開き、お尻を突き出し、それはもう熱心に、これでもかと対象の動きを眼球を駆使して追い掛けた。


現在時刻は昼の11時、下界…もとい、校庭では男子二人が楽しく仲良く、身体訓練とは名ばかりの戯れを繰り広げていた。

そんな様子を私は高い場所から一人、静かに密かに、バレないように見守っているわけである。


「いや、バレバレですよ先輩」


前言撤回、全然バレていた。

しかも背後に後輩が来ているとは全く知らなかった。
気配すら気付けなかった、さてはお前…忍者だな?

私は慌てて…いや、優雅かつ可憐に体勢を直し、髪をサラリと払いながら振り返って見せる。

「やあ、七海建人くん。こんな誰も来ないような空き教室までいったい何の用かしら?」
「次の時間、全員校庭集合なので呼びに来たんです」
「ああ、なるほど」

私は一つ頷き、会話を区切る。

つまりはこういうことだ、彼は誰かに私を呼んでくるよう言われ、健気にもこんな場所まで呼びに来てくれたというわけだ。
何て良い後輩なんだろうか七海建人。
だがまあ、残念なことに私がここから動くことは無いのだが。

私は彼から視線を外し、オペラグラスを目に翳して窓の方を振り返る。
そうして、もう一度校庭の方を眺め出した。

広い校庭では、太陽の光を浴びながら二人の男子が戯れている。
そのうちの一人を私は必死に、くまなく、これでもかと見てやった。

私の視線の先に居るのはそう、かの最強の片方、晴れ渡る青空よりも、広大な海よりも、サファイアと名のつく宝石よりも美しい青い瞳をした男、五条悟である。
ついでに言うと、一応は私の兄である。

その姿を追い回すようにジッと見つめ続けた。


何を隠そう私は身体訓練の授業をサボタージュして五条悟を観察しているのである。
それが何故かと言えば、至極簡単な話だ。
嫌いな奴の弱点を見つけるため、これに他ならない。

授業をサボるなど本来であればあってはならないことなのだが、そこはもう私も苦渋の決断であった。
だって、こうでもしないとじっくり眺めるなんて出来やしないのだから、仕方無いだろう。

「…いや、仕方無くないです。側で見学してれば良いじゃないですか」

後方から、溜息混じりにそんなことを言われる。
私は振返らずに、その言葉に返答した。

「側で見ていたら調子に乗るのよ、あの愚兄」

例えば、マラソン最中に後ろを走る私に向かって自慢気にピースしてきたりだとか、腹筋をする私の顔をニマニマと覗き込んで来たりだとか、休息中の私にウインク付きの投げキスをしてきたりだとか。
腹の立つことしかしてこないのだ、あの幼稚で我儘な図体だけご立派な男は。

だから見るならこれしかない、そういうわけだ。

「…仲がよろしいんですね」
「いえ、全く良くなんてありません、気持ちの悪いことを言わないで」

仲が良い瞬間なんて再会してから一度だって無かったけど?

何を言っているんだこの後輩は、どこをどう見たらそんな気持ちの悪い結論に至るというのか。
仲良きことは美しきことであり、美しきは正義だと声に出して言う程の私だが、こと五条悟のことは例外中の例外だ。アレは私の美意識に反するので、嫌いとカテゴライズしても良しとする。

そもそも私と彼の関係なんてものは、血の半分が同じである、それだけだ。
幼少期の事柄など、昔々にあった気にするべきでもない事柄だ。
少なくとも今の私は、幼少期の記憶や日々を一度だって大切にしたことなどはない。

彼だって恐らくそうだろう。
私との日々など、遠い昔にあった小さな日々に過ぎないはずだ。

でなければ、再会があんなものにはならなかったはず。


ということで、真面目で勉強熱心な私はサボりとは名ばかりの観察授業をここで自主的に行うつもりだ。
なので七海建人くんには悪いが、お帰り願うしかない。

「気遣いありがとう、授業に戻りたまえ」
「はあ…知りませんからね」
「無論、自己責任ですとも」

そう言ってやると、彼は無言で靴音を響かせながら去って行った。


ふむ、やっと静かになったな。
これでじっくり観察出来るというものだ。

全く、私は五条悟ほど必要性のある人間ではないのだから放っておいてくれて構わないというのに。

律儀なものだ、やれやれ。




………




始業のベルが鳴るギリギリに校庭へ戻ってきた七海は、七海を待っていた先輩術師である五条に報告を行っていた。

「あの人、五条さんの観察をするのに忙しいから来ないそうです」
「マジで?流石に俺のこと好き過ぎでしょ」

そう言って隣に居る親友の肩をガクガクと揺すり、「ねえ俺の妹俺のことめっちゃ好きなんだけど」と喜びを訴えた。

七海はその様子を見て、素直にすれ違っているなと思った。


本当に、面白いほどすれ違っている兄妹だ。
ここまですれ違っていると見ていて清々しく感じる程に。

かたや美意識がやたらに高い妹の方はこれでもかと兄を嫌っており、敵意すら向けている。その徹底ぶりは並大抵の物では無く、好意の裏返しなんじゃないかと勘ぐってしまう程には嫌っていた。

かたや精神が小学生レベルの兄の方は、自分は妹に愛され執着されていると勘違いしている。脳内お花畑状態、何をされても言われても、離れていたゆえの素直になれない態度だと思っている。所謂嫌よ嫌よも…というような解釈だ。

そして、周りから見た感想は「とても仲良し」だ。

何かにつけて構う五条と、それに素直な反応を見せない妹。
構いたがりの兄と、照れ隠しにツンツンしてしまう妹。
妹のことを大好きな兄と、兄のことを本当は気にしている妹。

そんな風に周りからは見いている。


しかし七海は知っている。
妹の方はガチで兄を嫌っていると。

それもそのはず、七海は入学したての頃、灰原共々彼女にこう言われた経緯があった。

「アレと私を家族だなどと決して言わないで頂戴ね、私の家族は将来結婚する予定の夫だけなので」

と、これでもかと冷めきった目で言われ、呪術高専とは恐ろしい所なのだと思ったのだった。

そんなことがあったので、目の前でキャアキャアと親友に「俺と妹超仲良し!」と語る五条のことを、薄ら寒い目で見ながら準備運動をすることになった。


七海としては、どちらかと言えば…などでは無く、比べるまでも無い程に妹の方を慕っていたので、引き摺ってこの場に連れて来ることは出来たけどしなかった。

確かに独特の美意識と美学を持つ先輩ではあるが、それがあるからこそ彼女は真っ直ぐに誇りを持ってこのクソな業界を生き抜いているわけで。
そんな姿勢を見習いたいとまではいかないが、格好よく、気持ちよく見ているため、七海は妹の方の味方をしているのであった。


そんなわけで、今日も今日とてすれ違っている兄妹の関係を横目に、七海は上手く躱しながら勉強と訓練を頑張っている。

巻き込まれない絶妙な位置から、慕う先輩を眺めている。

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