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助けた亀に竜宮城へ案内される昔話ってあるよね、あれって「良いことをしたら恩が返って来る」ってことを言いたいのだと思うんだが、残念なことに私の元に恩返しイベントは発生しなかったようです。
そもそも亀じゃないので仕方無いか…こんな屈強な亀嫌だ……そう思いながら、大きくて強そうな男の人…七海さんに押し倒されていた。

うーむ……体積が半端無いな、肩幅5mくらいありそう、いやそんなこと無いけれど。誇張表現です、ヲタクすぐ誇張表現する。
逆光に照されながら、私を押し倒し覆い被さる御仁を見上げる。わりと緊急事態であるにも関わらず、あまり危機感は働かず、「目付き悪い人だなあ」と意味の無い現実逃避を続けていた。

「貴女、これで今月何度目ですか」
「さ、三回…くらい……?」
「違います、六回です、数もまともに勘定出来ないんですか」


苛立たし気に舌打ちまでし、私を睨み付けながら七海さんは捲し立てる。

「いい加減拾い物をしてくる癖をやめなさい。家はリサイクルハウスではありません。捨てられた物に美を見出だすな、生体を拾うな、木の棒を飾ろうとするな」
「でも、木の棒はインテリアにもなるし…」
「なりません」

ボキッ

あーー!!!不思議と手に馴染む気がする素敵な木の棒ーーー!!

私が今日拾い、帰宅後もご機嫌に握っていた良い感じの木の棒を真っ二つに折った七海さんは、「これはゴミです」と容赦無くベッドの近くに置かれたゴミ入れへと投げ込んだ。


七海さんと呼んでいる男の人は、私よりも10個くらいは年齢が上で、職業は他人を呪うこと…呪詛師であるらしい。
呪詛師になった理由を尋ねれば、光の失われた淀んだ瞳で「適正があった」と答えた彼に、私は随分疲れてらっしゃるのだなあと感じた。現代社会の闇がここにおる…。

私は一日一回だけ許されている近所をぐるッと散歩する以外は、家から全く出ずにぼんやりと時間を無駄使いして生きている人間であるので、働き過ぎて気が違えるなどといったことはお生憎様経験したことが無い。
だから彼の苦悩は理解出来なかった。

でも、助けることは出来る。

傷が癒えるまでこの家で大人しくしていればいい、どうせ家には私一人であるのだから。ついでに暇だし、一緒に協力プレイ系のゲームしましょ。
そう冗談半分に言ってやれば、七海さんは本当にこの家に居座り始めた。

絵画が並ぶ部屋で芸術鑑賞をしたり、書斎で読書を楽しんだり、お洒落な料理を作ってみたり、何だりと……気付けば彼は二ヶ月近くも私の家で悠々自適にのんびりと暮らしている。
別に大人しく暮らす分には構いやしないのだが、最近は環境に慣れて来たせいなのか、私の趣味や生活スタイルへのお小言が多くなって来た。
今もそう、どうやら私の拾い物をする癖が彼は気に食わないらしく、拾って来た物を捨てろと言う。

押し倒されている理由は、私が棒を片手に家中を駆け回り逃げていたせいであるためだ。自業自得と言えばそうなのだが……いや、やっぱり可笑しいな、思春期の女の子を押し倒して威圧してくる大人、どう考えても正常では無い。あ、でも七海さんはもう既に正常じゃないか、疲れ果てて呪詛師になっちゃってるし。ちなみにここ笑うとこです。

七海さんの下でぴるぴると縮こまりながら「言ってみたいこと言っていい?」と尋ねる、そうすれば彼はむつかしい顔をしながらも「……言うだけなら許可しましょう」と言った。お前は何様なのだ……と文句の一つも浮かぶが、口には出さず、深くも気にせず、私は口を開いて息を吸い込み叫ぶ。

「私に酷いことするつもりでしょう!!エロ同人みたいにっ!エロ同人みたいにっ!」


部屋の中が一気にシンッとした。


耳が痛むような、嫌な静寂が広がる。
見下ろしてくる瞳からは温度が一気に消えた。
……や〜〜〜あの、ちょっとふざけただけなのに…そんな……ここ笑うポイントですよ?
ジョークだよジョーク。
疲れ過ぎて呪詛師へ転職をキメた人間にはちょっと理解出来なかったかな?出来なかったようですね、終わりです。チンッ。サヨナラ。

「……言いたいことはそれだけですか?」
「いや、あの、はい…」
「では望み通りにしましょうか、エロ同人のように」

待って。違う、そうじゃない。
言ってみただけだ、望んでなんてない。
七海さんの表情が湿ったような笑みの形へと変わり、手が脇腹に添えられた瞬間、身体に電撃がビビビッと走った。

本能的に危機を察知する。

不味い!このままでは全年齢対象作品から、R18対象作品へクラスチェンジしてしまう!全力で阻止しなければ!!
私はR18の壁を超えぬため、渾身の力を振り絞り、「ぬをおおお!」と掛け声を叫びながら全力で横に向かってゴロゴロと転がり、そのまま勢い良くベッドから真っ逆さまに落ちた。

ドスッ、ゴツッ、ゴンッ

盛大な音を立てながら床に強かに身や頭を打ち付け、クルクルと目を回す。
ああ、瞼の裏でお星様がタップダンスしているわ…。

「キュゥ……」

全身に広がる打撲による痛みを耐えながら、私は一体何をやっているのだろうか……と切ない気持ちになった。
何故こんな酷いことを簡単にしようとする人間を拾ってしまったのだろう、拾い癖のせいなのか?でも、あのまま放置していたらこの人くたばっていたかもしれないし…だったらこの行為は人助けのはず。明らかに善行だろう。なのに何故、こんな痛みを伴うことに…。

暫し無言の時間が続いた後、シュルリとシーツが擦れる音が聞こえたかと思うと、ベッドを下りて私の側に歩み寄って来た七海さんは、痛みに頭を抱える私の元にしゃがみこんでジィッ…と見下ろして来た。

「楽しいですか?」
「見れば分かるでしょう…質問しないで……」
「楽しそうで何よりです」
「うぅ……」

見上げた先、大変良い笑みを浮かべた骨格からして美しい男は、私の失態を喜びながらも起き上がらせるのに手を貸してくれる。

「貴女と居ると退屈しなくて済む」
「そうすか…良かったですね…」

こっちはお陰様で最近少し痩せた気がするんですけどね、人のこと何だと思ってるんだ、いじめっ子め。

腹筋を使って起き上がり、乱れた髪を整えようとすれば、私の手が頭に届くより先に七海さんが私の髪を整えはじめた。
それはもう丁寧に、滑らかに、柔らかく、手櫛で淡々と整えるてくれる冷たい指先に頭を委ねる。

「…私も七海さんが居ると暇じゃなくていいです」
「それは何より」
「好きなだけ居ていいですからね」
「ええ、貴女に飽きたら出て行きます」

そうですか。
私はとくに感情も無く言って立ち上がり、寝室を後にする。
その後ろを七海さんが当然のように着いて来る。


私は一日一回だけ許される散歩のための外出以外、この家から出ることは無い。
この家の外にある唯一の人間関係以外、私には人との関わりが無かった。

けれど、今は七海さんが居て、彼が私の暇を潰す相手をしてくれる。

ここは平和な家である。
暴力と無縁の、穏やかな家である。

そうあれかしと望まれているから、私は平和で平穏な暮らしを続ける。


それ以外の生き方を、私は許されていないのだ。
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