高専へ七海さんを送り届けた後、私は夕食を取りつつ伊地知さんへの報告を済ませていた。

伊地知さん、今回はじめてお会いする気がするけれど、とても仕事が出来る人だ。しかも丁寧、私みたいな汚れ仕事専門のヒットマンにすら腰の低い対応をしてくる。
ぶっちゃけ、正しい意味合いでの呪術師としては底辺も底辺な呪霊の討伐率であるし、禪院家でも人では無く物的財産として扱われてるため、心遣いを感じる対応はちょっと…いや、かなりむず痒い。

ごめんなさい、初見の時に「運動が出来なさそうな眼鏡が居るな」とか思って。大変申し訳ないです。自分の先入観を恥じ入ります。

固形状の携帯栄養食と、サプリメントをモソモソ食べて水で流し込む。味が分からないので最早ただの作業だ、美味しい物を食べて気分リフレッシュ!とかすっかりしなくなってしまった。
パフェに舌を踊らせた日々が遠い昔のようだ、甘いってどんな感じだったっけな。

虎杖悠仁を回収し終えたらまた連絡するとのことで、一時待機となった。
その間に何をしておくかと考える、武器のメンテナンスもしなければならないけれど…下水道に居たせいで匂いが気になる、シャワーを浴びたい。
車に積んである着替えを持って高専の階段を登り、何処かでシャワーが借りられないか探すことにした。
日の落ちた時間の高専は静まり返り、寺院などの宗教施設特有の洗練された透明感のある空気が満ちている。
とりあえず、寮かな…真希ちゃんが居ればいいが。

お目当ての人物を探して静かな道を一人 テクテクと歩き、学生寮へと辿り着いた。
「ごめんくださーい」と声を掛けながら扉を開けば、広々とした中に声が反響する。
誰か居るだろうか、居なかったら教員が居る方まで行かなきゃならないのか…疲れるな……と、考えながらボンヤリ辺りを見回していれば、背後から「は?」と低い声が聞こえて振り返った。
こちらを見る黒い瞳と視線がぶつかる。

「あ……メグミチャン」
「お前、なんで…」

チクチクした黒髪、睫毛の長い鋭い眼、スッとした鼻筋、まごうことなき禪院面。伏黒恵……血縁上は私の、兄。
あれ、こっち男子寮だったのか…だからメグミチャン出て来てくれたのか、コイツはウッカリ。
心の中のイカれ傭兵軍団も、「また狂うか?」「兄貴でよかった」「嬉しいね全く」と手を叩いて笑っている。うるさい、狂わないわよ、今そんな体力無いもの。
と言うかまた、また可愛くない時に…今絶対下水道やら汗やら火薬やらで変な匂いなのに、最悪。私、普段は臭くなんて無いのよ。ていうか体臭ほぼゼロだから。

「シャワーをお借りしたくて、探してて…」
「……何で後退してんだよ」
「いや、あの、今ちょっと仕事終わりで臭いので……ちょっとやめて近寄らないでってば」

私がジリジリと後退する分距離を詰めてくるメグミチャンに狼狽えながら、何とかして連絡が来るまでにシャワーを借りなければ…と頭を働かす。

「シャワーくらいならここにもある」
「貸してくれるの?」
「…やっぱ真希さんの方行け」

どっちだよ!面倒臭い奴だな!その顔に免じて許しますけど。顔が違ったら問答無用で「ハッキリしないと目玉かき混ぜるわよ」くらい言って脅してた。疲れてんだこっちは。
シャワーくらい貸してよ、恥ずかしいの?別に見たって特別面白い身体もしてないし。それとも、お年頃ってやつ?同じ血が流れてる相手に興奮なんてしないでしょうに。

「シャワー貸して、ついでにシャンプーも貸して」
「男の部屋に簡単に…」
「お兄ちゃん、シャワー、貸して」

無を極めた真顔で「お兄ちゃん」と呼びながら、白けた声で言ってやれば やや悩んだ後に「………案内する」と言って回れ右をした。
実に淡泊で盛り上がりの無い交渉だった。さっさとシャワー浴びて車に戻ろう。
心の中のイカれ傭兵軍団も「急ごう!サッと行って引き上げよう」「早さが肝心」と言っているから。


………


何故か男子寮に居た妹…砂子にシャワーを貸すこととなった。こんなこと他の奴にバレたら最悪なことになると分かっているのに、貸してしまった。
現在シャワーを浴びている砂子は、先程俺を「お兄ちゃん」と呼んだ。物凄い真顔で、感情を込めずに。

しかし、真顔だろうと棒読みだろうと、呼ばれたことは事実であり、「兄」として「妹」に頼られたのならば何とかしなければいけない気持ちになってしまい、押しきられて男子寮のシャワーを貸してしまった。

虎杖のように寮内を見渡すこともせず、シャワールームに直行していった妹は、「すぐ浴びて出てくるから」と恥じらいも無く俺が見張りをかって出た脱衣所で服を脱ぎ捨てて、長い髪を靡かせながらシャワールームにペタペタと素っ裸で歩いて行った。
あまりに当然のように羞恥心も無く堂々と脱ぐものだから、止めることも出来なかった。
脱ぎ散らかされた服をつまみ上げ、溜め息を殺しながら服をまとめる。下着くらい…仕舞って行けよ……どうして俺は今日はじめて「お兄ちゃん」と呼んで来た女の下着をビニール袋に詰めているんだ。アイツ、認識大丈夫か。

砂子の価値観がやや不安になる。
俺と姉貴と暮らしていたら、絶対こんなことさせなかっただろう。例え兄妹だろうと、人前で脱ぐのは恥ずかしいことだと教えてやれたと思う。
やはり、あの家が悪いのか…いや待て、同じ家でも真希さんはそんなことしない、これは家が悪いのでは無く、ただ単にアイツがアホなだけなのかもしれない。

壁の向こうから聞こえる鼻歌混じりのシャワー音に対して、どういう気持ちになることが正解なのか分からなかった。
知らない曲をご機嫌な様子で歌っている。そういえば…前に会った時も風呂に入ってないのだとか言って恥ずかしがっていた。もしかしたら綺麗好きなのかもしれない。
わりとどうでも良いことだが。


暫く待っていれば、十分もしないうちに扉が開きバスタオルで身体を覆った妹がフェイスタオルで髪を拭きながら現れた。
当然だが、服どころか下着も着ていない。俺は慌てて首を反るようにして天井を見上げた。

「服着ろ馬鹿」
「そこにある鞄の中に一式入ってる」
「中に持ってけば良いだろ…」
「…普通に忘れていたわね」

忘れるな、いい加減にしろ。
見ないようにと天井を見つつ後ろを向けば、「あーサッパリした」と呟きながらゴソゴソと布の擦れる音が聞こえる。
なるべく何も考えないよう、思わないように意識を別のことに集中させた。今日の訓練内容……真希さんから指摘された箇所…真希さんといえば、コイツ前回会った時は真希さんの服借りてたんだよな。少しダボついてたから分からなかったが、さっき着ていた制服だと身体のラインかなり出るな。全身黒いけど、下着は水色……いや、何を思い出してるんだ しっかりしろ。水色…水色が頭から離れない、違うんだ、誰か、

「ねえ、着替えたけど」
「………お前、」
「何か?」
「頼むからもう少し恥じらいを持てよ…」

俺は何を言っているんだ。
胸の内側が妙に痒い。そんな気持ちになっていると、後ろで「もしもし?」という声が聞こえた。誰かと電話し始めたのか?このタイミングで?自由過ぎるだろ。恥じらいと一緒に遠慮も覚えろよ。

「了解です、はい。お疲れ様です」

短い電話を終えた砂子は、ポタポタと滴が落ちる髪を放ったまま荷物を纏め始める。

「髪、そのままだと風邪引くぞ」
「じゃあ拭いて、お兄ちゃんお願い」
「お前それ言えば何とかなると思うなよ」

何が「お兄ちゃん」だ、全然そんな風に思っていない癖に。それでも俺の手は勝手に伸びて、痛みも枝毛も無い艶やかな黒髪を丁寧に水分を取り拭いていく。
畳んだバスタオルを鞄に詰め、化粧水などを顔に塗り終えると一息ついてからチャックを閉じた。

「もう行くのか」
「……やらなきゃいけないことが出来たから」

こういう時、何と言うことが正解なのだろうか。
また来い?違う、来いと行ったって来るような奴では無いだろう。
気を付けろ…も違う、俺よりよっぽど実戦慣れしているだろう相手に掛ける言葉では無い。
頑張れ?応援?頑張るような内容じゃない時だったらどうするんだ。

言葉に迷って口を開かないまま髪を拭き終えれば、それを待っていたかのように砂子は立ち上がり、扉へ近づき手をかけた。

そして、一度振り替えって事もなさげに口を開く。

「シャワーありがと、行ってきます」

その言葉に思わず唖然と固まる。
「行ってきます」とは、人に見送られる際の挨拶だ。出掛ける時の言葉、帰ってくるからこそ言う言葉。

俺からの挨拶は期待していなかったのか、言うだけ言ってさっさと部屋を後にした妹の背を追うように立ち上がり、閉めきる前の扉を体重をかけて開いて湿った黒髪を遊ばず背中に向けて挨拶をぶつけた。

「…行ってらっしゃい、無理すんなよ」

一拍後に、気の入ってないような声で「分かってるー」と口にした砂子は、振り返らずに片手をヒラヒラとさせて廊下の先へと歩いて行く。

一体、あの日俺が散々悩んで悔やんだ時間はなんだったと言うような、易々とした二度目の会遇はこうして終わった。
まるで嵐のようだったな…と詰めていた息を吐き出して部屋の中へ戻れば、床にポツンと置かれたビニール袋が一つ。

……アイツ、脱いだもん忘れて行きやがった。
やっぱり絶対もう一度来い。つか、これ俺が洗うのか?


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