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「わあ、真希ちゃんの妹さんって凄く美人さんなんだね」


同じ学年唯一の同性である真希ちゃんには双子の妹が居るとのことで、私は写真を見せて欲しいと頼んだのだ。
そうすれば真希ちゃんは「昔のでいいか?」と言ってから、妹さんだという真衣さんの写真をスマホで見せてくれた。

真希ちゃんと同じ顔してる………めちゃめちゃ美人だ……。

これは絶対良い匂いがする、汗も花の香りがしてくるでしょ。
長い手足に形の良い胸、涼やかな目元がなんともこう………なんだ…その……えっちだ……。

いいな、こんな美人な妹さんがいて。
あ、でも真希ちゃんが姉ってのも羨ましい。
いやもう、禪院家が羨ましい、妬ましい。
こんな美人姉妹と一つ屋根の下で暮らせるとか、前世でどんな徳積んだのかな?教えて偉い人、そして私にもワンチャンス下さい。


「いいなぁ…私も真希ちゃんと暮らしたいよ……」
「寮の部屋隣だろ」
「あ!もしかして、真希ちゃんと結婚すれば、真衣さんが妹になる…ってコト!?」
「話聞けよ」


そんな感じに微妙に盛り上がりに欠ける会話をしている私達は、現在呪術高専の1年生である。

呪術師になって早数ヶ月、私は最初に聞かされたような、心が軋む程辛いことや悲しい別れなどはこれといって感じることの無いまま、楽しく穏やかに呪いと関わる毎日を送っている。
怪我は確かにちょっとしたりもしたけれど、でも思ったよりもブレることの少ない生活が出来ているはずだ。

真希ちゃんや他の人の話を聞くと、私は恵まれているんだな〜って思う。

普通に中学通って、友人関係も問題無く、荒れたり病んだりせず、部活はとくにしてなかったけど……毎日ご飯が食べれてしっかり寝れて、健やか過ぎる健康優良児。
私とは比べ物にならないくらいの大変な経験を、たった16年の間にしてきた真希ちゃんを見ると、確かに神様は平等では無いのかもしれないなって感じた。

それでも、平等では無くとも、私達は友達だし、私は真希ちゃんのことがとても好きだ。


同じように他の同期達のことも、である。


だがしかし、一人だけそうも言えない人が居た。
彼の名前は狗巻棘くんという。
彼は呪言師の末裔で、言葉が直接呪いに繋がるため、語彙を絞るためにおにぎりの具しか話せないらしい。
そんなことある?って感じだが、術式というものは実に色々あるらしい。
全くもって大変な力だ。

だがそれでも、彼は彼らしく生きているし、周りに受け入れられている。
狗巻くんは優しくてユーモアもあって良い奴だ、でも、私には彼が何を言っているのか いつになっても分からなかった。

皆ニュアンスで理解しているのに、私だけがいつまでも、いつまでも、全くもって理解出来なかった。
「シャケ」が肯定、「おかか」が否定。
そこまでしか分からない。
だから私は、彼に放課後の教室に呼び出された時、彼が何を言っているか分からないまま、「うんうん、分かったよ」と言ってしまった。

その結果がこれである。



『は な れ ろ』



あ、やべ。


そう思った時にはもう遅く、真希ちゃんにくっついてゴロニャンゴロニャン甘えていた私の身体は、運動場の隅の方へとぶっ飛んでいった。

自分の身体が宙を舞い、見える景色が反転し、空をいつもより少しばかり近くに感じる。
この状況を何処かで他人事のように思いながらも、口からは「なんでぇええーーーー!!!!」と天に轟く絶叫が吐き出されていた。

空中で身を捻り、爪先から地面に着地して体勢を何とかして立て直す。
危なすぎる、なんだあの男子…怖すぎる……。

私は着地した勢いのまま身体の向きを狗巻くんの方へと向け、走り出した。
走り寄ってくる私に驚いたような素振りを見せた狗巻くんであったが、とくに逃げ出すようなことはせずに、その場で視線をあちこちへとやっては髪を弄ったりして落ち着きの無い雰囲気をしていた。

狗巻くんの元に無事到着した私は、ゼハゼハと息を切らしながら叫ぶように文句を訴える。

「百合が!地雷なら!そう言ってよぉ!!」
「ぉ、ぉお、おかかぁッ!?」
「その否定は何!?「百合は嫌いじゃないけど、三次元は無理」って意味!?」
「…おかか!!」
「「恋愛感情の伴わない女同士のクソデカ感情が主食です」であってる!?」
「おかか〜〜〜!!!」

わ、わからん〜〜〜!!
「違う違う!」って言いたいのはわかるよ、それ以外がわからんのよ。
なんで真希ちゃんとイチャついてただけで呪言ぶっぱなされなきゃならんのだ。
ハッ……!さては狗巻くん貴様、まさか…!

「い、狗巻くん………きみ、もしかして…」
「ツ、ツナ……」
「もしかして……」
「…シャケ!シャケ!」
「「百合の間に挟まりたい」…ってコト!?」
「お" か" か" 〜 〜 〜 ! ! ! !」

狗巻くんは叫んだ。

それはもう、喉痛くなるよって言いたいくらいの声で否定を高らかに叫んだ。

至近距離で地を割らんばかりの叫びを聞いた私は、咄嗟に耳を塞いで「うわっ」と言ってしまった。
狗巻くんは私の言動に対してなんとなく悲しそうな顔をして、今度は消え入りそうな声で再び「おかかぁ…」と呟く。

狗巻くんの情緒が不安定になってしまった……可哀想に………これは私のせいなのだろうか、私が真希ちゃんとイチャついてたから?でもどうして?何故なのだ、全くわからん。

「狗巻くんごめんね?よくわかんないけど、嫌だったんだよね?」
「しゃけ……」
「分かったよ、もうしないからね」
「……しゃけ!」

お、二度肯定が出たぞ。

よしよし、何とな〜く分かってきたぞ……ハハーン、なるほどねぇ。

私の灰色の脳細胞がきらめいた。
真実はいつも一つ、つまり狗巻くんも………真希ちゃんとイチャつきたかったんだね!だから邪魔な私を吹っ飛ばしたわけだ。
なるほどなるほど、おほほ…君も隅に置けない奴だな。

私は狗巻くんに向かって「理解したよ」と深く頷く。

「いいよ、わかった……」
「いくら!」
「うんうん、そうかそうか…」

彼の瞳を見つめ、親指をサムズアップの形にして、私は訳知り顔でこう言った。


「真希ちゃんなら狗巻くんのことも抱いてくれるよ、頑張れ!」
「………………………」
「私、別に2号さんでもいいから!」
「………………………」


沈黙。
数秒の空白。

空は穏やかに晴れ渡り、気持ちの良い風がふわりと吹く。私達の背後では他の同期達が仲良く訓練を続けていた。

私の言葉に固まった狗巻くんを放って、私は訓練へと戻ることにする。

時間は無限にあるようでいて、実は有限だからね、狗巻くんばかりに構っているのは良くない。
あと私、君のことやっぱりよく分からないから、ごめんね。

悪気はないんだよ、許してね。


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