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そうして、運命の日がやって来た。

12月24日、私の目を持ってしても、これより先に私の存在は見当たらない。
だから、私は先んじて五条先生に話をしに行っていた。

自分の先を見れなくなったこと、恐らく"そういうこと"であるということ、だから私を高専待機にして欲しいというお願い。

「本当に高専待機でいいの?僕と来れば……」
「いえ、私は自分の先は見えなくなってしまいましたけど、他のものの先は今も見えるので」
「……なるほどね」

私の言わんとしていることを簡単に汲み取った先生は、一度私の頭を撫でるとそれ以上は何も言わなかった。
お世話になりました、と頭を下げて、私は先生の背中を見送った。



ということで、五条先生の計らいで私は高専にて待機中。
棘くんとは朝、いつも通りに挨拶をして、お互いに気をつけようと話して終わった。
彼には何も言っていない、彼は私の正体すら知らない。でもそれでいい、彼のこれからの人生に関われないのだから、後に残るものは少ない方が良いだろう、きっと。

そうして、私は改めて果てまで見通す。

自分が揺蕩ってきた40億年と、自分のいない先の未来を、見て、視て、観て、見つめ続ける。

瞬きを、一つ。


「怒りの日、来たれり………」


呪いの王が闊歩している。
街は破壊の限りを尽くされて、呪いによって罪なき命が蟻を踏み潰すかのように消えていく。
地獄の淵で人が嘲笑われる、自らが生み出した呪いによって祟られ、殺され、臓器を啜られ、魂まで犯される。
街は赤く燃えて、文明の光が一つ、また一つと途絶えていく。
罪無き赤子も、極刑の犯罪者も、等しく無に帰す。
これが、人類の築き上げた歴史の果てか。


「恐るべき御稜威(みいつ)の王よ」


「思い、給え」


「我は嘆く」


「涙の日よ」


呪いよ呪い、何故踊る。
人の心が分かって恐ろしいのか。


そこまで見て、眼を閉じる。
瞼の裏に広がる闇と、私の先は、同じ景色であった。




___




これは、罪悪感だと思う。




___





破壊されていく建物と何らかの衝突音が聞こえる中で、私は一人夏油さんが帰りに通るだろう道の側に立っていた。

左手首の腕時計を確認すれば、予想される時間まで数十秒。
このあと夏油さんは乙骨くんの一撃で瀕死の状態まで追い込まれて、それから……。


考えているうちに、破壊音が鳴りやんだ。


冷たい壁に背を預けて寄りかかりながら、私は空を見上げる。
どれだけ時代が移り変わろうと、空の青さは変わらない。
人類はいつだって、この空に果ての無い希望を抱きながら開拓と破滅を繰り返して来た。どれだけ地上を我が物顔で闊歩するようになろうとも、空だけはまだ、綺麗なままだ。
晴れ渡る空を瞳に映し出すあの人も、夏油さんも、私も、この空の下では等しく地上で争うしか脳の無い人間でしか無い。

命は平等なんかじゃない、少なくとも、私には優先しなければならない命がある。
それは自分の40億年におよぶ生命の歴史を記憶した命でも無ければ、夏油さんと彼の理想を共にする仲間達でも無く、大切な恋人でも無い。

この世において、ただ一人。
最も尊く、最も必要なその人に、希望の糸を紡いで貰うために。
そのために私は………。


ズルズル、ズルズル……足を引き摺るように歩いて来た夏油さんを視界に捉えた。
だが、こちらには気付いていない。
私は気配を消して、誰にも悟られないように眼を瞑った。
見えないということは、私は居ないということと動議となる。だからこの場に私は存在しない、誰も彼もの認識の外で時を待つ。


力無く歩く彼の前に五条さんが到着する。


こんな状況でも笑って会話をしている夏油さんに、流石に文句の一つでも言いたくなったが飲み込んだ。彼らには彼らにしか分かり合えない感情があって、私にそれを知る由は無い。
壁から背中を離して距離を縮めるために歩いて行く。
眼を瞑っているから何も見えないが、感覚と見た記憶だけで十分だ、行くべき場所は分かっている。

予測と同じ呼吸音の近さ、同じ会話内容、同じ空気。

そうして私は、最期の一歩を踏み出す。
風を切って、滑り込むように夏油さんと五条先生の間に入り込んだ。

私は40億年かけて、死にに来た。




___



これは、罪悪感だと思う。

ここでなら、棘くんの隣でなら、正しい人になれる気がしたのだ。


知っている。


そんなはず、ないと。



___





グシャリ。


夏油さんが受けるはずだった一撃を身体の中心に真正面から受けた。

瞬間、腹から血が逆流して口からごぽりと零れ出る。
大切な内臓器官は骨や肉ごと消えてしまったので、自重を保てなくなった身体は重力に逆らうことなく地に向かって落ちていく。
瞳を開き姿を現せば、唖然とした表情でこちらに駆けてくる先生と目が合い、私はうっすらと微笑んでみせた。


後はもう死ぬだけの私に向かって先生が何かを言っている。
いや、いいんだ。先生、どうか聞いて欲しい。
私は貴方の言葉で使命を見つけたのだ、己の価値を理解出来たのだ。


私が存在する理由、それは「この世を終わらせないために、終わりに起因する因果関係を立ち切ること」だ。
だって40億年生きてるんだ、この40億年に釣り合う人間なんて、五条悟くらいでしょう?
五条悟を終わらせないために、地球が育み完成させた40億年を捧げる。
そのために生きてきたのだろう、これが答えだ。

だから私の行動は間違いでは無い。
このことを説明した場合の結果の先に見えたのは変わらず地獄であった。
だが、命を投げ捨てた場合の先には、未来があった。
ならば選ぶしか無いだろう、だって私の居ない未来には、私の好きな人が笑っている世界が見えたのだから。

「せん、せ"」

伝えなければ、伝えなければ。
40億年かけてここまで運んできた言葉を、私は貴方のためのメッセンジャーなのだから、使命をここに、

先生、どうか。

「こ、の糸を、断ち切ら……ない、で」

それ以上、声は出なかった。
音が遠ざかり、呼吸が小さくなっていく。



これは、罪悪感だと思う。
同時に、恋でもあったのだと思う。

棘くんの隣でなら、正しい人になれる気がした。
知っている。そんなはず、ないと。
だって見えていたから、この結末を。

でも、それでも、そう思ってしまった私はただの君のことが好きな女の子で、淡白で平坦だった心が跳ねる心地は、確かに恋だったのだ。
君を好きだと思うこの気持ちが、どうか特別な物でありますようにと祈った日もあった。

結局私は君のことが好きなまま、君じゃない他人のために死んでいくのだから、やっぱり棘くんは女の趣味が悪かったね。


正しくなんてなれない。

正しい女の子になんてなれないなど、そんなこと、40億年前から分かっていたのになぁ。


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