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▼ふしぐろとうじがなかまになった!

▼ふしぐろとうじはあまえるをおぼえた!

▼ふしぐろとうじのあまえる!

▼わたしにはこうかがないようだ…


効果が無いどころか、すこぶる邪魔だな…体積も態度もデカいんですよ、この黒いニャンコちゃん。

あの売られた喧嘩を買った話し合いの後、私は「おもしれぇ女(児)」判定を受け、めでたく売り払われるルートは回避出来たのであった。
仲直りのつもりか何なのか、最終的には夕飯を三人で食べ、時雨さんはリビングのソファで、私と甚爾さんは同じベッドで眠り、翌日も朝ごはんをきっちりしっかり食べて、日常は再スタートを切った。


そんなこんなで昼。
甚爾さんが私を抱えて昼寝を始め、早数十分。
もういいだろ暑苦しい…暑さと重さに疲れた私は彼の腕の中から脱走し、テレビを付けてニュース番組にチャンネルを合わせた。
アナウンサーが淡々と読み上げる内容は、事故だの政治だの犯罪だのばかりで、あまり興味の惹かれる事柄は無さそうに思えた。
しかし、ニュースの途中に挟まったミニコーナーにて、いきなり明るいミュージックと共に映し出されたのは『今日のワンニャンちゃん!』のタイトルだった。

画面の中では、いかにも愛されてます、大切にされています!というようなツラをしたワンコちゃんが大好きな飼い主に撫でられ幸せそうにしていた。
それを見て、無性にイヤ〜な気持ちになったりなどする。
この犬の方が私より人権保たれてる生活してるんですが、どういうことなんですかね…。
あ、なんか途端に惨めさを感じて泣きそう。つらい、めっちゃつらい。私もよちよちされて愛されたいです。


散り散りになった記憶を幾ら漁っても、私は自分がどういった人生を歩んでいたのかをあまり覚えていない。
分かることは、存外図太くふてぶてしく、生命の進化に関する何かしらの研究をしていた…ということくらいだ。
年齢は疎か、性別や名前も思い出せない。
だからだろうか、私はよく身体の年齢に精神を引っ張られ、子供のようにみっともなく泣きたくなったりする。まあ、絶対しないけど。
泣いて解決するなら泣くが、そうでないなら泣き損だ。あと、普通に体力が勿体無いのでね。

ワンコちゃんのコーナーは「とってもおりこうで可愛かったですね〜!」という当たり障りの無いコメントで幕を閉じ、「続いてはお天気です」という声で気象予報図がパッと映し出された。
天気を伝えるお姉さんが、「明日はカラッと晴れることでしょう」などと言いながらニコニコしているのを、ボンヤリと眺めてからテレビの電源を切った。

すると、予想だにしない光景が真っ黒になったテレビに映し出される。

何故か起きていた甚爾さんが、音も気配も無く私の後ろに座って私を見ていたのだ。
あまりにいきなりの事態に、私は何を言うでもなく硬直し、リモコンを手からボトリと落としてしまう。

「ガキがニュースなんて見てもつまんねぇだろ」
「……お、おはよ」
「おう」

画面越しに挨拶をしてから、ゆっくりと振り返り見上げる。
わあ、身長差ありすぎて顎しか見えない!
なんか腹立つな…直哉くんに見下されてる時はこんなに腹立たなかったのにな…あれ、もしかして……これってまさか…!!

その瞬間、私の灰色の脳細胞が煌めき一筋の可能性を導き出した。
もしや甚爾さんは、最初仲が悪かったけど段々仲良くなっていって、最終的には主人公と阿吽の呼吸で通じ合う系ヒロインなのでは!?
いやまさかとは私も思うが、見てみて欲しいこの顔と身体を!!
顔良し、身体良し、性格は……うん!気にしないことにしよう。性別については…うん、それも気にしないことにしよう。性別で判断するのは良くないよね、思想的に。

新たな可能性に気付いた私はその場に素早く立ち上がり、彼の周りをグルグルと歩いて様々な角度から眺めてみた。

もしかしたらこの物語は、年の差を売りにしているのかもしれない。近年、幼女とお兄さん…所謂、おにロリなるジャンルが流行っていると前世で同僚から聞いた気がするし、多分恐らくソレだろう。
なるほど、わたくし、理解しましてよ。

全てを理解した私は、では物語を推し進めるにはどうしたら良いかと頭を働かせた。
まあ、無難に困りごとを解決したりすれば良いんじゃないか?物語って大体そうやって進んでいくし、あってるだろ。知らんけど。

「とうじさん、なんかこまってること、ない?」

思い立ったが吉日、私は首を傾げながら目の前の男に尋ねてみる。
すると彼はこちらを興味ありそうな目で見つめながら、「そうだなぁ」と口を開いた。

「金がねぇ」
「…しうさんから、しごともらえばいいんじゃ」
「やだ」
「はたらいたら?」
「負けだな」

この国はもう終わりだよ。

私はその場に突っ立ったまま、遠い目をしてしまった。
幼女を煽り、幼女に喧嘩を売り、幼女を気に入り、幼女の前で働きたくない金が無いと言う人間が居る日本、多分近々終わるよ。悲しいね。

先程とは違う意味で悲しみを味わっている私を見ていた甚爾さんは、突然何かを思い出したかのように「ああ、でも…」と話始めた。

「ガキを売れば金が入ってくんだったな」
「わ、わたしのこと、まだうるきなの?」
「いや違ぇ、俺の息子」
「おわりだよ、おわり」

私達の物語は…ここまでってワケ!

こんなヒロイン居てたまるか、ふざけんなチェンジじゃボケが。
子持ちの無職、金無し、人攫い、幼女に喧嘩売る…こんな役満ヒロイン許せるか?私は許せないね、今すぐこのキャラの設定練り直して欲しい。

私の心は一瞬にして荒み、渇いていった。まだ直哉くんのが少しだけマシかもしれないとすら思った。
何なら実の父の方がちゃんと仕事もしてるし偉いと言える。
禪院家の血が流れる人間ってもしかして、一回最悪な側面見せないといけない決まりとかあったりする?嫌だよ私、そんな人間になりたくない。切実に。

赤の他人がどうなろうと正直あまり何とも思わないが、こうも目の前で親の理不尽の餌食にされ掛けている子供がいれば、そりゃ私だって何とかしてあげなければならないのでは…?という気持ちにはなる。
なので、とりあえず話を聞き出すために色々聞いてみることにした。

「そのこ、いくつなの?」
「あー……わかんねぇ、お前と同じくらいだろ、多分」
「名前は?」
「覚えてねぇな」
「いくらで、どこにうるの?」
「それ聞いてどうすんだよ、別に良いだろ…何だって」

甚爾さんの手が私に伸びる。
片手で簡単に抱き寄せてみせた彼は、私を膝の上に乗せると、私が先程落としたリモコンを手に取りテレビの電源を点けてチャンネルを回した。

バレないように溜め息を吐き、大人しく座りながら考える。
だが、悩める私の思考などお見通しらしい甚爾さんは、「何でお前が気にすんだ」と、テレビ画面を見ながら言った。

「買い手はお前の実家だ、もしかしたらそのうち結婚させられたりしてな」
「うちには、こないほうがいいよ」
「そんなことは分かってんだよ」
「……はぁ」

今度は分かりやすく溜め息を吐いてやる。
そりゃあもう、五歳児がするようなやつじゃない、ガチ呆れ溜め息である。

もういいよ、貴方がそこまでして金が欲しいのも、自分の子供に興味も愛着も無いのも、全て分かったよ。
呆れはしたが、別に軽蔑したりはしない。
育児放棄というものは、人間だけでなく様々な動物の中で起きうる事情だ。自然界の視点で語るならば、産みっぱなしは当たり前のこと。何せ、子供は生きてさえいれば勝手に育つのだから。

そう、人間もその他動物も虫も同じ。
子供が立派に育つかどうかは運次第である。
虫が産んだ卵が無情にも鳥に食われてしまうように、人間も運の中で育つのだ。

彼の子供は運が無かった。ただそれだけのこと。
………それだけのこと、で見て見ぬフリして終わらせられたら、楽だったんだけどなあ…。

「わかったよ、いくら?」

私は甚爾さんの膝から立ち上がり、つまらなさそうにテレビを見る彼の前に立った。
すると彼は少し興味の湧いたような、意地悪な笑みを浮かべてみせた。

「お前に払える金額じゃねぇよ」
「しゃっきんするよ」
「そんなにお友達が欲しいなら、俺がなってやるから我慢しな」
「ともだちなんていらないよ」

首を横に振ってもう一度「いらない」と言う。
そうすれば彼は、意地悪な笑みを消して仄暗く冷たい目をした。
ともすれば、女子供は泣いてしまうであろう目付きを真正面から受け止める。

「いい加減にしろ、それ以上こっちの事情に踏み込んできたら、」
「わたしをつかったほうが、ぜったいかせげるよ」
「………は?」
「だから、わたしとけいやくをむすんだほうが、ぜったいりたーんがあるってば」

苛立ち始めた男を前に、腕を組んで堂々と構えてやった。
お前なんてもう怖くないからな、の意である。実際本当に怖くは無かった。

だって、私の方が賢いので。
知恵と勇気があれば、人間に乗り越えられない試練など無いのだ。

「それに、わたしをえらんだほうがぜったい、じんせいがたのしくなるよ」 

だから私を選べ、さあ早く。
そう急かし、昨日と同じように彼に向かって手を差し出した。
自信たっぷりな私を見て、彼は胡乱な目付きをしながら苛立ちを仕舞う。

「その自信はどっから湧いてくんだ…」
「けいけんとかしこさ」
「んなワケねぇだろ、ガキの癖に何言ってんだ」
「でも、ほんとだよ」

差し出した手で甚爾さんの手を握り、ギュッと力を込める。

「いっしょに、たのしいじんせいをおくろうよ、ねっ」
「プロポーズか?」
「……わたしにもえらぶけんりは、あるとおもわれ…」
「何でそこで冷静になんだよ、俺がスベったみたいにすんのやめろ」

握っていた手に力が込められ、グイッと前に引っ張られた。
勢いにつられて胸の中にダイブした私は、自由な片手で彼をギュッと抱きしめる。まあ、女児の細腕で込められる力なんて微々たるものだが、きっと彼に今必要なのはお金でも何でも無く、こういうものなのだろうと思ったから抱き締めてやった。
まるで底に大きな穴の空いてしまった器のような心は、どれだけ何かを注いだ所で満たされることは無い。
なら、その穴を塞ぐか小さくするしか選択肢は無い。

不思議と自分には出来る気がした。
いや、不思議でも何でも無いな。やり方が分かるから、やってやろうという気になっただけだ。

彼に必要なのは愛でも恋でも金でも無い。
認め合い、寄り添い合い、明るい場所へと無理矢理に引っ張っていく手…そういう物が必要なのだと、私は感じた。

「だいじょうぶ、わたしはかしこいから、まかせたまえ」
「頼りねぇ身体して何言ってんだ。軽すぎだろ、飯食え」
「めし、いちにちいっしょくだったから…」
「…お前、絶対あの家に戻んなよ」

テレビから流れる昼ドラを背景に、私達は再び昼寝に戻った。

惰眠をむさぼるなんて今世では初めてだなとか、やっぱり腕重いなとか、そんなことを考えながらいつの間にやら夢の中へと滑り落ちていく。

寝心地は最悪だが、もうそんなことは構わなかった。

mae ato
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