天下三つ巴のハロウィン戦線

秋、十月、ハロウィーン!!


どうもこんにちは、皆の幼女です。
もとい、色々あって幼女になっている、中身が一体幾つになったのか最早謎な元研究者です。

さて、今年もこの季節がやって参りました。
渋谷とか某テーマパークが人でごった返すイベント、ハロウィンが。
ハロウィンといえば仮装して街を練り歩き菓子類を強請るイメージが強いかもしれないが、そもそもの起源は二千年前のヨーロッパまで遡る。
ケルト民族によって行われていた秋の味覚の収穫祭、そして悪霊を追い払う宗教的儀式がハロウィンなのだ。

では、収穫祭なのに何故に仮装を?というわけなのだが、これにも由緒正しき歴史がある。
ケルトでは十月の三十一日が一年の終わりであり、現世と来世を分ける境界が弱まる時とされていた。そして、死者の魂が家族のもとへ戻ってくる日としても信じられていたそうな。
しかし、死者の魂とともに悪霊も一緒にやってくるらしく、その悪霊に人間だと気づかれないために、火を焚いたり仮面を着けたりして身を守ったといわれている。この風習が現代に残ったのが今の仮装文化というわけだ。

で、だ。
私は呪術師であるからして、悪霊なんかちっともさっぱり怖くないわけでして。
てか何なら祓えるし。むしろ骨とか動かす側だし。だから別に仮装なんてしなくて良いのだが……だが……

「私の真知ちゃんがする仮装は天使一択!これ以外認めらるわけがない!」
「いや、真知ちゃんには王道の魔女っ子でしょ!僕、良いの見つけてきちゃったんだよね〜」
「いや、天使だ」
「魔女っ子だろ」

昼間っから良い大人が揃って難しい顔して何話してるかといえば、それは私に着せるハロウィンのコスチュームについての会議であった。
いや、本当に、至極どうでもいいです。


本日の業務は身体測定だった。
珍しく暇をしていた…いや、いつも大体この人は暇なのだが、今日はとくにいつにも増してやることのなかったらしい甚爾さんは、なんと私にくっついて私の業務を見学するというので、ほぼ一日一緒になって行動していた。
甚爾さんに見守られながら走ったり、ジャンプしたり、握力を一緒に測ったり…そういったことを繰り返していた私は、あらかたやることを終えると疲れ果ててへばっていた。
あー、もうへとへとです。このまま帰って寝るのが吉…なんて思いながら業務終了の報告をしに傑さんを探して甚爾さんと校内を練り歩いていた時だった。

「あ、真知ちゃん!良いとこに!」
「あ、悟くんだ。こんにちは」
「はい、こんにちは〜!今日も最高に可愛いね〜〜!!」

向かい側から歩いてきた悟くんは、長い脚を活かして颯爽と近寄ってくると、私を抱き上げよしよしと撫でてきた。
そしてそのまま、休憩スペースへと拉致られた。
なんて見事な流れるような拉致だろうか。思わずその華麗なるお手並みにほぅ…と溜息をついてしまったが、私はこの後何をされるのやら…。

休憩室には缶コーヒー片手にタブレット端末でお仕事をする傑さんがおり、こちらに気付いたら彼は顔を上げると「やあ真知ちゃん、それに悟も」といつもの格好良い笑みを浮かべてくれた。
一度端末の電源を落とした傑さんの隣に私は座らせられる。しかし、隣の彼はここぞとばかりに私の軽くてちっこい身体を持ち上げ、自分の膝に乗せて鼻頭を私のつむじに埋めてみせた。
いつもの、おまたせ、伝統行事、真知吸い。
すぅすぅ、はぁはぁ。堪能されている…私から香る赤ちゃんみたいな香りを…。

本当は汗をかいているから嫌だったけど、これで傑さんの精神が整うなら致し方無い。
いや、仕方無いのか?本当に許していて大丈夫なのかな、これ。

「幼児の飲む粉ミルクみたいな香りだ…」
「おぎゃぁ〜」
「やはり、私の子で間違いないようだね」
「傑〜そろそろ戻ってこ〜い」

悟くんの声に習って私もべちっと一度傑さんの綺麗なオデコを叩き、正気に戻す。
これ以上は危ない、中毒になる。いやもうなっているのか?怖いな…私の匂い…。

そうして雑談もそこそこに始まった…いや、始まってしまったのがハロウィンについての談義だった。
悟くんが「真知ちゃんはハロウィン好き?」と聞いてきたので、私は素直に「とくに、なにも」と答える。

「クール過ぎない?お菓子とか貰えるんだよ?」
「真知ちゃんは安いお菓子を食べると吐き戻す時があるからね」
「ああ、胃めっちゃ弱いもんね」

そうなんです。何を隠そう私は胃が雑魚。
油っぽいものや添加物にすこぶる弱く、許容量を少しでも超えると吐き戻す習性がある。

「じゃあ仮装は?」と悟くんがさらに尋ねてくる。それに対しても首を横に振り、「あんまり、きょうみない」と答えた。

「えー、勿体ない!絶対可愛いよ!魔女っ子衣装とかどう?僕、オーダーメイドで頼むからさ」
「まじょっこて…」

呪術師なんて魔女っ子みたいなもんじゃないのだろうか。
起源としては魔術も呪術も似たようなものだし、それに私は十歳くらいの幼女なので、年頃としてはまさに魔女っ子…もしくは魔女っ娘というやつだろう。
専門職の人間が同じ分野のコスプレをしてどうするんだという気持ちになる。いや、まずコスプレなんてしませんが。

NOの気持ちを込めて首を横に振る。
するとすかさず傑さんが「私も反対だ」と言ってくれた。なんて頼もしい加勢、流石は私の担当者。

「私の真知ちゃんは正真正銘の天使なのだから、天使の衣装を着るべきだ」
「おっと、はげしいしそう」

加勢だと思っていたが、どうやら違ったようだ。

出たな、激しい思想&主張。
そしてここでも私は思うのだ。天使もやっぱり我々と似たり寄ったりな存在なのではと。
というかきっと、ハロウィンにちなむ物なんて大抵が我々と同じ括りなはずだ。そうなるとやはり、冷静かつ現実的な私としてはハロウィンの仮装に意義を見出せなくなる。

頭上では傑さんが如何に普段私がお利口さんで可愛いかを語っている。
利口なのは貴方に必要ない迷惑を掛けたくないからで、可愛いのは多分小さいからだと脳内でツッコミを入れておいた。
小さな生き物って可愛いよね、私も小さな頃の恵くんの写真とか定期的に見返して「かわいい〜♡」ってやってるもん。ちなみに本人に見付かると渋い顔をされる。そんなとこも可愛い。私の幼馴染は未だにしっかりバッチリ可愛い男の子です。

そんなこんなで第一回、真知ちゃんハロウィンコスチュームについて…の討論が白熱していた時であった。
私が拉致られた後、何処に行っていたのか不明だった甚爾さんが、何故かこのタイミングで音も気配も無くぬるりと現れ、傑さんの膝上に居た私をサラリと抱き上げると、そのまま休憩所を後にしようとする。

「いや、なに勝手に真知ちゃん連れて行こうとしてるの?誘拐って言葉知ってる?」
「さとるくん、ブーメラン…」
「真知ちゃんにはこれから魔女っ子になって貰わなきゃならないから、ロリコン無職は先に帰ってて良いよ。家には僕が送り届けるから、三日後くらいに」

???(????)

みっか、みっか?三日???
三日間も私は何をされるというんですか?悟くんの脳内ではどのような予定が組み上がってらっしゃるのでしょうか?あ、いや、やっぱ聞きたくない。詳しい説明とかいらないです。開けてはならない扉は閉めたままにしておくべきかと。

私が首を傾げれば、同じ方へと甚爾さんも傾げる。それを見た傑さんが「仲良いね」と、微妙な顔をして言った。

「魔女っ子ってなんだよ、呪術師なんだから既に似たようなもんじゃねぇか」
「分かってないなぁ…これだから女の子の魅力を引き出せない甲斐性なしは…」

甚爾さんの疑問にやれやれと首を振った悟くんは、ハロウィンだから私にコスプレをさせたいのだと強く語る。

「可愛い子には可愛い格好をさせるべき!毎日毎日似たような黒ワンピじゃなくて、たまにはフワフワヒラヒラな魔女っ子ロリータを真知ちゃんは着るべきなの!」
「概ね私も同意見だよ、悟。でもやはり真知ちゃんには純白天使の衣装を着せるべきだ」
「いや、悪戯可愛い魔女っ子真知ちゃんに一票」
「純白清純エンジェル真知ちゃんに一票」

良い年した大人…それも、泣く呪霊も黙らす特級術師二名が揃ってする会話ではないだろう。案の定、甚爾さんは白けた目をしながら「何言ってんだコイツら」と、ボソッと口にした。

ですよね、やっぱりそう思いますよね。
やっと得られた正しい反応に私は少し安堵した。しかし、その直後である。

甚爾さんは言った、

「コイツがやるなら猫だろ、なあ?」

と。

ぱちくり、ぱちくり。
首を傾げながら瞬きを繰り返してしまう。
あれぇ?この展開は聞いてないぞ〜?

猫。猫とはまた、王道の一つを選んできたな…と、呆れ交じりに思う。そして、貴方の方が余程猫っぽいのでは…とも思った。
だってほら、甚爾さんってばスルッといなくなったかと思えば、ヌルっと現れて側にいるし。勝手に布団に潜り込んで来たりとか、たまにどうしようもなく甘えてきたりとか。私は彼をデカデカにゃんこだと思ってかれこれ十年近く接しており、実際この接し方はあながち間違いではないらしいのだから、やはり彼は大きめの猫なのであろう。
うん、やはり猫耳を生やすべきは私ではなく、貴方なんじゃないだろうか。

甚爾さんに片腕で抱かれた状態で、私はうんうんと悩んで見せた。
きっと私が何かしらの仮装をしないと、この問題は一生解決しないだろう。それは大変困る、ストレスでしかない。

というわけで、私に与えられた選択肢は四つ。
一、魔女っ子フリフリロリータ仮装をすること。
二、純白純真エンジェルになること。
三、にゃんこでニャンニャン。
四、逃走。

酷い選択達だ。なんで私はこんなことで頭を悩ませなきゃいけないのか。

悩みに悩んだ私は、ウニャウニャと猫のように身を捩り、甚爾さんの腕の中からぬるっと抜け出す。足音も立てずに床に降り立った私は、「おはなつみ、いってくる」と嘘を付いてその場から逃走を果たしたのであった。

西陽の眩しい廊下を小さな足を動かし、早歩きで進む。
てってこてってこ、安全圏を目指して突き進む。
彼と一昨日会った時にスケジュールを聞いていたから、多分今の時間なら体育館か何処か、身体を動かせる場所にいるはずだ。

渡り廊下を抜け、体育館の入口へ。
重い扉をガラガラと体重を掛けて開ければ、案の定私の安全圏はそこにいた。

「めぐみ、くん!」
「真知、どうした」
「めぐみくん〜!」
「、おい」

スタタタタッ。
ガバチョっ。

駆け寄り、腰元に勢いよく抱き着く。
むぎゅっと背中に手を回して腹に顔を埋めれば、洗濯洗剤と汗の混じった恵くんの香りがしてホッとした。
私を受け止めた恵くんは反射のように頭と背に手を添えてくれる。彼は口数は少ないがとても優しい良い子なので、私に何かあったことを察して、暫く息が整うまでの間背を撫でてくれていた。
やがて呼吸が整うと、恵くんは私と目線を合わすためにしゃがみ込んでくれる。
甚爾さんは私と喋る時、私をひょいっと抱き上げるが、恵くんはこうしてしゃがみ込んでくれるのだ。紳士的かつ親切。自慢の幼馴染みは今日も身内には優しい。

そうして落ち着いた頃、一先ず彼に先程起きた論争について説明した。
話を聞いた彼は頭の痛そうな顔をして、眉間を揉みながら「アイツら…」と、担任と担任の親友と父親を"アイツ"呼ばわりした。こういうとこも可愛いと、私は思います。

「ちなみに、めぐみくんはどれが良いとおもう?」
「別に。俺はそういうのに興味は無い。お前も嫌なら嫌って言えよ」

それはその通りだ。
嫌ならハッキリ嫌と言う。当たり前のことだ。けれど、それは同時に中々難しいことでもある。

嫌というよりは、「何故私だけがやらなきゃいけないのか」という感情が強い。
やるなら皆でやるべきだ。一人でやっても恥ずかしくて疲れるだけ。という思いを込めて「めぐみくんもやらない?」と聞けば、あからさまに嫌そうな顔をしたので微笑ってしまった。

恵くんは捲っていたジャージの袖を元に戻しながら立ち上がると、「まだ終わってねぇから」と言って筋トレだかウォーミングアップだかに戻ってしまった。
体育館の壁際に行き、背を預けてぺたんと座り込む。
私と恵くんしかいない広い体育館に、彼の靴底を鳴らす足音がキュッキュッと響いていた。
ボンヤリと、身体を動かす恵くんを眺め続ける。彼は時折こちらを気にするように視線を寄越しながらも、淡々と運動を続けた。

軽快な足音、安心できる人の気配、心地よい疲れと、窓から入ってくる柔らかな秋風。
眠りに落ちるには好都合過ぎる条件達により、私はあっという間に意識を手放し睡魔の渦に招かれてしまう。

側からは「まあ、こうなるよな…」という呟きが薄っすらと聞こえてきた。
うん、すみません。こうなります。
だってほら、この身体は幼女なので…。




………




元からだが、真知はよく寝るタイプの奴だ。
隙あらば寝る。目を離した隙に寝る。会話の途中に寝る。食事をしながら寝る。
一応医者にも家入さんにも診せたが、結局のところ彼女はいつも「異常はナシ」の状態だった。
つまりは、とにかく睡眠欲が強く、よく寝る子供だということ。
なので、こうして体育館で突然寝だしたことも別に珍しくはなかった。

風を引かないようにと着ていた上着を脱いで掛けてやっていれば、ふと入口から気配を感じ取る。そちらを見遣ると、俺達を観察でもするかのように眺めている親父の姿が。
俺は上着を掛けるのをやめ、中腰だった体制を戻して眉間にシワを寄せる。
親父が来たなら、真知のことは親父に任せなきゃいけない。それは幼い頃からの、家庭内での暗黙のルールだった。

前提として、親父と真知は別に男女の関係がある訳ではない。
親父は真知に寄り掛かり、彼女を精神的支えにして生きている。本人は「誑かされた」だの「俺が見てないと死ぬ」だのと言っているが、そんなのはただの言い訳に過ぎない。アイツは真知がいないとまともに生きる気が無い男だ。そして、そんな親父を真知は信頼し、側に居ることを自ら選んでいる。

かれこれそんな関係を十年近く続けている二人の関係には、最早名前も付けられない。
そして、誰も間に入り込む余地がない。
真知の幼馴染みであり、親父の子である俺ですら。

「来たならさっさと真知を連れて帰れよ、ここじゃ風邪引く」
「そうだな。コイツは弱ぇから、放っておいたら死んじまう」

別にそこまで弱くは無いだろ、とは思ったが黙っておく。代わりに、面倒な感情を吐き出すための溜息をついた。
そうこうしている間にも親父はさっさと真知を抱き上げ、「じゃあな」とだけ言って去って行く。
こうして結局、今日も真知は親父によって回収されていった。

きっと真知はあーだこーだと言いながらも断り切れず、最終的にはハロウィンの仮装だか何だかをするのだろう。そして周りの奴等からこれでもかと構われて、グッタリとした表情を内に仕舞い込みながら俺の元にやって来るのだ。
それで、愚痴にもならない戯れ話をのんびり優しい口調で話して、淡く微笑んで、安心したように眠りにつく。
まるで俺だけは安全だと、信頼しているとその目で、声で、態度で語り掛けて……けれど、結局最後は親父が掻っ攫っていくのだ。
アイツの何もかもを、当たり前の顔をして。

許せない、という気持ちはなかった。
ただ、一匙程度の悔しさは確かにあった。

だがそんな悔しさは、真知からすれば「めんどうくさい」ものなのだろうから、俺は決して零さずに仕舞い込むのであった。



………




高専、研究室ではなく、生徒達が学ぶ校舎の廊下にて。
目の前でいつもよりヒラヒラとした黒いワンピースの裾を揺らす真知を眺めながら、俺は真顔で「は?なんでだよ」とツッコんだ。

「何でって、何がです?」
「なんでデッカくなってんだ、聞いてねぇぞ、おい」
「ああ…昨日研究員の方から指示されて、今日はこっちのモードなんです」

そういうことなら先に言っとけと、ややムカついた腹いせに小さな頭を混ぜるように撫でれば「ああ、猫耳カチューシャが〜」と、明るい声で楽しそうに笑いながら俺の手に自分の指を絡めてきた。

ハロウィン当日。
結局断りきれなかった仮装をすることになった真知は、五条の坊から渡された様々な衣装の中から猫耳カチューシャと赤い首輪を自ら着用することにした…と、前々日に俺に話してきた。
正直その時には既にハロウィンの話など忘れていて、コイツはいきなり何のプレイを所望してやがるんだ?と不可解な気持ちになったが、そんな俺に慣れている真知は懇切丁寧に「仮装をしないと一部の方々が面倒になるから」と説明を果たした。
そしてハロウィン当日、朝からさっさと高専へ向かい自分の業務を片付けていた真知は、どうやら業務の途中で十五かそこらの身体のモードになっていたらしく、昼過ぎに顔を出せば猫耳女子高生として菓子を貰うだけ貰う彼女の姿があったもんだから…俺は流石に一言物申したくなったというわけだ。

「お前…その格好で高専内練り歩いて、菓子強請ってたのか?」
「悟くんに見せたらやめるにゃん」

やる気の一切が感じられない表情を浮かべながらも、義務的に語尾を猫っぽくしている所に律儀さを感じる。
他人から褒められたであろうことで調子に乗っているのもあるのだろう。真知はやる気が無いなりに、俺の前で後ろを向いて「なんと、尻尾もあります」と自慢してきた。

「ね、今日の私可愛い?」
「お前が可愛いのはいつものことだろ。あんまり調子乗ってっと喰われんぞ」
「え、あー…はい、気をつけ、ます…」

素直に褒めてやれば、途端にしおらしくなる。
可愛いか可愛くないかで言えば、真知は大体いつも可愛い。可愛くないのは馬鹿みたいに骨に興奮している時くらいだ。今の姿だって、良いに決まっている。いつもの十歳前後の片腕サイズな真知も良いが、多少は大人っぽいサイズになった真知のチープな猫耳姿は色々と掻き立てられるものがあった。

褒められて嬉しいのだろう、照れながらも側に擦り寄ってきた真知の腰に腕を回せば、そのままピッタリと身を寄せてきたのでこちらも幾分か気分が良くなる。

「やっぱ喰っちまうか」
「喰うって…狼男のコスプレでもするの?」
「しねぇよ。良い年したオッサンにコスプレさせてどうすんだ」
「大丈夫、恵くん以外は笑ってくれるよ」

息子が冷たい目でコスプレした親父を見てくるなんて、この世で一番悲しいハロウィンだろ。というかそれ以前に、喰うってそっちの意味じゃねぇよ。

分かってるんだか分かってないんだか分からない真知は、「ふふふっ」と愉しげに声を出して悪戯っぽく笑っている。どうやら今日は、俺に少し意地悪がしたい気分らしい。

そういやハロウィンは悪戯か菓子を渡すかの二択を迫るんだったか…と、ここにきてようやく趣旨を思い出した俺は、まあ菓子なんて持ち歩いてないし、悪戯は仕方ねぇかと真知が自分の猫耳を外して俺に被せてくるのを許容してやった。

「私より甚爾さんの方が猫耳似合うよ、可愛い可愛い」

デカい男に猫耳被せて何が楽しいんだか。
ついでとばかりにクリップで留めていた尻尾まで取り外しだした真知にストップを掛け、次は俺の番だと「トリック・オア・トリート…だったか?」と、口にしてやった。
すると彼女は人々から巻き上げ、紙袋いっぱいに入った菓子を見せながら「はい、お好きなのをどうぞ」と言ってくる。そりゃまあ、こうなるよな。

「じゃあ、遠慮なくコイツで」
「あ、ちょっと!」

で、そう言われたらお前を選ぶしか選択肢はないわけで。
紙袋を広げる真知の頭に猫耳を返し、ヒョイッと抱き上げてしまう。抗議のつもりかジタバタと足をバタつかせながら、「私は非売品なんですが!」と声を荒らげるので、鼻で笑ってやった。

「知るかよ。良いから大人しく良い子にしてろ、お前少し疲れてるだろ」
「まだちょっとダルいくらいだから、大丈夫だもん」
「そうやって無茶して何回倒れりゃ気が済むんだ、なあ?」
「…ごめんにゃさい」

猫耳を自分で付け直した真知を横抱きにして、適当に休める場所を探すために歩き出した。
暫くすれば諦めたらしく、腕の中の重さは一層増していく。きっとそのうち眠くなり始めるはずだ。身体がデカくなろうと、小さなままだろうと、コイツは隙あらば寝る奴だから。

寝ちまったなら、そのまま家まで持ち帰って寝かせてやろう。
ハロウィンだか何だか知らねぇが、こんな姿を他の奴等に見せてやるのも癪でしかない。
例えそれが実の息子だろうと、彼女にとっての恩人だろうと、大切な仕事仲間だろうと。
俺だけが知っていればいい。何もかも。

この重さも温もりも。
猫のように丸まって眠る姿も。
全て、俺の腕の中だけにあればいいんだ。

mae ato
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