○○しないと出られない部屋(ロリコンメーカー編)


「何だろ、この状況は」
「知らねぇ。お前、賢さ売りにしてんなら何とかしろよ」
「と、言われましても」

天井近くに吊るされた電光掲示板に浮かぶ、「相手の好きな所を三つ言わないと出られない部屋」の文字列に、私は目眩がする心地だった。

つい数分前までの話をしよう。
別に何か特別なことをしていたわけではないのだが、しいて言えば甚爾さん引率での任務中のこと。
呪霊が出るとの建物内で調査をしていれば、怪しい呪力を感じる扉があったので近付いたら…これだ。
いつの間にか扉の開かない謎の白い部屋に二人で居て、分かりやすく部屋の説明に行き当たったわけである。

アホらしいとはまさにこの事だろう。
何が楽しくてこんな事を、誰とも知れぬ輩に見せつけなきゃならないというのか。

「で、どうする」
「出られる確証が無いのに指示に従うのも、ちょっと…」

隣で退屈そうに耳を掻き出した甚爾さんを放って、私は部屋の中を改めて見回すことにした。
と言っても、あるのは開かない扉とやたらに大きなベッドだけ。
何でこんなものがあるんだよとツッコミたくなるが、変に言ったら隣の御仁が愉しくなり出してしまいそうなのでスルーした。

そんなこんなで、さて、他には…と思った時だった。

「おや」

突如、頭上からヒラリと一枚の紙切れが降ってきた。
とりあえず頭を振って避ければ、床に落ちたソレを私より先に甚爾さんが摘んで拾ってくれる。

どうやら、二つ折りにされたメモ用紙らしい。
彼はそのメモ用紙を開くと、珍しく表情を固まらせ「は、」と唖然とした声を出した。

「甚爾さん、何か新しい情報でも書いてあったの?」
「待て、落ち着け」
「私は落ち着いてるけど…」
「そうじゃねぇ、いや…はあ?」

これはまた珍しい。
随分と慌てた素振りを見せる甚爾さんは、メモの内容を確認しようと近寄る私から数歩離れると、そのメモをグシャリと握り潰してしまった。

「あの、何があったかは知らないけど、情報の共有は大切かと…」
「そうだけど、そうじゃねぇだろ」

みーせーてーと追い掛ければ、甚爾さんは面白いくらい逃げ回った。
絶対私には見せたくないという強い意志を感じる。
一体何が書いてあるというのだ…と興味に引かれさらに追い掛けていれば、私の足先にカサリと何かが当たった。

下を向けばそこにはやはり紙切れが。
今度こそ手に取り中を開けば、慌てた甚爾さんの声が「おい、やめろ!」と私の行動を止めようとしてきたのだった。

だが、お構いなしに私は開く。
そして、書かれた文字列を情報共有のためを思って読み上げてしまった。


「ミッションクリアまで残り五分。ミッションがクリアされなかった場合、次のミッションが開始される。次のミッションは、セックスをしないと出られない、へ…や……」


セックスをしないと、出られない部屋。

残り五分で指示に従わないと、ここはセックスをしないと出られない部屋になる。

え、誰と、誰が???
私と、甚爾さんが???

するの???色々アウトでは???

「……悪い夢、かな?」
「だから言っただろ、読むなって」
「いやこれは、むしろ読んどいて良かったような…」

今の時点で我々の関係は大分アウトだが、それでもまだ一線は超えていなかった。

いや当たり前なんですけど。超えたら甚爾さん犯罪者なので。あ、でもこの人未成年とアレコレする以上の罪を普通に犯してたわ。じゃあもう今更か。いやまだ諦めるな。

いやいや、そうじゃなくて。
甚爾さんと私の間にそういった関係が無いのは、単に私が「したら最悪死ぬんじゃねぇか」と思われているからである。
流石にそこまで弱い身体じゃないとは思いたいが、正直甚爾さんの体力やら肉体やらを鑑みた結果、受け入れられる自信は限り無くゼロに近い。

なので、こんな所で悪戯に「しろ」と命じられた暁には、私は死を覚悟しなければならなくなる。
遺書とか用意しなくちゃならなくなる。最悪も最悪なシチュエーションだ。死因がソレなのは惨め過ぎる。

そんなわけで、我々に残された選択肢は実質一つであった。
甚爾さんもそれを悟ったのか、こちらに向き直り口を開く。

「お前は可愛い」
「おぉ……!」
「寝惚けてる時とか、変な顔してて良い、だいぶ面白え」
「もしかしてこれ、悪口大会だったりする?」

普段あれだけ女を誑すのが上手い癖に、何で肝心な時にこんななのか。まさか、照れているのか?それとも本当に私の好きな所が見つからないのか?うわ…ちょっと悲しいかもしれない。

甚爾さんは一度口を閉ざし目を閉じて黙った後、静かに目を開いてからもう一度口を開いた。

「あと、化粧臭く無ぇところ」
「まあ、しないからね」
「それから…」

彼はこちらを見て、一瞬瞳を揺らした。
それを見て私は「あ、」と思い、側に寄ろうとした。
だが、それより先に感情を無理矢理に仕舞い、いつもの不遜な笑みを浮かべた彼は「俺に甘いとこだな」と言って自分のノルマを達成してしまった。

「ほら次、お前」
「はぁ……」

ああ、本当この人ってこういうとこあるよなぁ…と私は思い、苦い気持ちで溜息を吐き出す。
こうやって、無意識の内にこちらを試そうとするのだ。自分が愛されているか否か、拒絶されないか否か、自分の中だけにある物差しで測ろうとしてくる。

本当に、馬鹿馬鹿しい。

私の気持ちなど知り得ない甚爾さんは、ノルマが終わった余裕でニヤニヤとしながら私の発言を待っていた。

良いだろう。
そんなに私の気持ちが知りたいのなら、包み隠さず答えてやろうじゃないか。
腹を括った私は息を吸い、喉に力を入れて甚爾さんの好きな所を思いっきり言ってやった。

恥ずかしくなっても知らないんだからな!!!

「はい、全部、全部好きですよ!!顔も声も手も、匂いも温度も全部、ぜぇーんぶ!!」
「は、おい」
「具体的に言いましょうか?言いますね。私を抱き締める時に手加減してくれる所が好きだし、側に居て欲しい時は大体側に居てくれる所が好きだし、私が泣くとどうしたら良いか分からなくて行動停止しちゃう所が可愛いなって、」
「待て、落ち着け、もういい」

ガチャリ。
後ろで鍵の開く音が確かに聞こえた。
でも、そんなこと構わなかった。構ってなどいられなかった。

目の前の寂しがりで甘え下手な癖に、試す真似だけは一丁前にしてくる馬鹿な人に、満足するまで伝えないといけないと感じたのだ。
だから、私の口は止まらない。
貴方が満足するまで、いや満足しても、言い続けてやる。

「というかね、好きじゃなけりゃ一緒のベッドで寝ないでしょ。今更過ぎません?あとね、キスもエッチもしろと言われれば死ぬ気で頑張れば出来るので、貴方相手なら」
「お前、それ…言ってて恥ずかしくないのか…?」
「別に、全然、全く、揺るぎ無く。だって愛してますし、大切なのも事実ですから」
「凄ぇな」

嘘偽の無い言葉を述べてやれば、甚爾さんは口を開いて私を見つめて来た。

どうだ、参ったか。
これは流石に私の勝ちでしょう。
……あれ、勝ち負け関係あったっけ?まあいいか、扉も開いたし。

「さ、出よう」

立ち尽くす甚爾さんの手を引いて、私は扉を開いて外へと出た。

どうやらミッションとやらはクリアされたらしく、怪しい呪いの気配はすっかりと消えていたのだった。

はあ、傍迷惑な呪いだった…。
何を目的として他人の愛に関する事情を見てみたいのか全く分からないが、やたらに疲れたのは事実。
もう二度とこんなのはごめんだ、とくに甚爾さんとは。これが悟くんとかならまだやりやすかった。あの人、ノリノリで言ってくれそうだから。

「なあ、さっきの何処まで本当なんだ」
「え、この話題まだ続くの…?」

疲れで肩を落として歩いていれば、私の手を握り直した甚爾さんが少し手を引いてきた。
立ち止まって彼を見上げる。何となく…何となくだが、妙に喜色の浮かぶ瞳の奥に、変な熱を感じるような、無いような…。

「いつも寝に誘うのは、そういう意味だったのか?」
「ガチロリコン」
「もうそれでいい、で?どうなんだよ、なあ」

嫌だ〜〜〜!!面倒臭すぎるこの人〜〜〜!!!

勢いに任せて言わなきゃ良かったと後悔しても後の祭り。
繋いだ手をスルスルと擦り出す調子に乗ったロリコンに、私はしょっぱい気持ちになって手を振り解こうとブンブン振った。
だが、当たり前に相手の方が力が強いため離れない。何なら距離を詰めてもう片手を腰に回してくるので、たまったもんじゃ無かった。

多分これはからかいが七割で、何処まで許されるか試しているのが二割で、残りの一割が本気のやつだ。
ああ、なんでこんな廃墟で調子に乗った色ボケ人間とイチャつかなきゃならないんだ。意味が分からない。つらい。

「なあ、良いのかよ、本気にするぞ?」
「あの、しろと言われれば頑張るけど、別にしたいわけでも興味があるわけでもなくて、」
「んなわけ無ぇだろ、俺がお前くらいの時は凄かったぞ」
「その話聞きたくない〜〜〜」

何が凄かったんだ、性欲か?経験人数か?スキルやテクニックの有無か?どっちにしろ果てしなくどうでも良いので、そろそろ離れて欲しい。

とうとう腰に回った腕が私を抱き締め、繋がれた手の指先に唇が降りてくる。
あからさま過ぎる接し方に、私の表情は赤く染まるでもなくただひたすらに歪み、ドン引きの表情を浮かべていた。

いや何これ、そもそもあの…今ってまだ任務中なんですよね…。あと、実は私って十五歳のティーンなんですよね…貴方の息子と同じ学年の。

チュッと指先でリップ音が鳴り響く。
上目遣いでこちらの様子を見ながら、私の指先に唇を押し当て喋る甚爾さんは随分とご機嫌で、何だかなぁ…という気持ちになった。

「これは良いんだな。じゃあ、次は何処にすっかな」
「どこにもしなくて大丈夫なので、早く帰ろう…色々と疲れたよ…」

ゲンナリして見せれば、「仕方ねえなぁ」と言って身体を離してくれる。
それに安心してホッと息を吐き出せば、甚爾さんの手が私の顔に向かって伸びてきた。

ビックリして咄嗟に目を瞑る。
顎を指で引かれた感覚のあとにやって来たのは、唇の端を舐められる感覚だった。

「じゃ、続きは帰ってからにする」
「………」
「……おい、めちゃくちゃ嫌そうな顔すんなよ、流石に傷付くだろ」
「………うわぁ…」
「お前、本当に俺のこと好きなのか?」

好きだし愛しているけれど、犬が相手ならまだしも、突然人間に舐められたら普通に不快に思うよ。

これ見よがしに溜息を吐いた私は、甚爾さんを無視して歩みを再開した。
顔を洗いたいし、手も洗いたい。そういう気分でない時にするそういう触れ合いは、ストレスにしかならないと学んだ。

それでも強く拒絶出来ないのは、結局の所寄り添いたい相手として強く求めているからなのだろう。
我ながら重症だ。

きっと今日も一緒に寝るし、その体温に安堵する。
多分、私の魂はここが良いのだろう。

この人の側が、安心するのだろう。
あーあ、やんなっちゃう。


mae ato
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