確かにあった春


(トラックのくだりの前、14歳頃のお話)


百花花開く春の頃。あらゆる木々は蕾を膨らませ、花咲くその日を待ちわび太陽を浴びている。
そんな春の季節。お花見でもしようと、私は甚爾さんと共に桜が見れるそこそこ大きな公園へと来ていた。

天気は穏やかな晴れ。
柔らかな風が幼い新緑の香りを運ぶ中、ポカポカとした春の陽気に包まれ、ぷかぷか浮かぶ白い雲がゆっくり流れていくのを尻目に私は甚爾さんに手を引かれていた。

「おい、ちゃんと前見て歩け、転ぶだろ」
「甚爾さんが助けてくれるから大丈夫だもん」
「どういう信頼だよ」
「絶大な信頼ですとも」

静かに淡く咲く桜並木の下は花見客でごった返して賑わっており、甚爾さんも私もそこに近付くことはしたくなかったので、桜並木からは少し離れた場所にある芝生の上へとシートを敷いて腰を下ろした。

桜の下には様々な人達が居て、彼等は飲み食いをしたり歌を歌っていたりなどして思い思いに楽しいひと時を過ごしている様子である。
そんな平和で平凡な人間達を見た甚爾さんの言葉がこちら。

「どこかで喧嘩始まんねぇかな」
「花見に血を求めるな!」

なんてこと言ってんだこのフィジカルギフテッドさんは。思わず、瞬間的に的確なツッコミを入れてしまったではないか。

「そういうお前は、花見て何か楽しいのか?」
「私はわりと楽しいよ、綺麗だなぁって」
「そーかよ」

ニコニコしながら言えば、甚爾さんは私から視線を外してうららに霞む桜並木の方をぼんやりと興味無さげに見始めた。
いやぁ、誘っておいてなんだが、本当に興味が無いことが伝わってくる態度だなぁ…。


桜が見たいと言ったのは私だった。

高専からの仕事やフリーでの仕事を続けてし過ぎたせいか、やや体調を崩した私はその日一日例の如くベッドの中で丸まっていた。
恵くんが学校に行き、家には私一人。ボンヤリと微睡みながら昼過ぎまで横になっていれば、突然開いた自室の扉から、ぬるりと猫のように甚爾さんが入って来たのだった。

彼はいつものように過労で倒れた私を温度の無い湿った感情を秘めた瞳で見下すと、布団を捲り、勝手にベッドの中へと入り込んでくる。
最早、いきなり現れることもベッドに入られることも慣れてしまった私は、寝ていたポジションを少し変えて甚爾さんが寝やすい位置を作ってあげた。

「お前はホント、学習しねぇなぁ」
「自分の限界がね、イマイチ分からないんだよ」
「暫く何もすんなよ」
「はーい」

寝っ転がった甚爾さんの側にモゾモゾと近寄り、ぴとりと身体をくっつける。
おぉ…温かい。季節はまだまだ肌寒い時期。もこもこのパジャマを着ているとはいえ、自分の頼りない身体は自ら発熱してはくれないため、ベッドでは寒さと戦うばかり。
そんな時に丁度良く来てくれた筋肉湯たんぽ。めちゃめちゃ助かる、助かりすぎる。夏は本当に暑くて、一緒に居るのが辛いくらいだけれど。

私は甚爾さんを湯たんぽとして、甚爾さんは私を抱きまくらとして扱い、互いに身体を寄せ合う。
ちなみにこういう姿を恵くんに見られると、それはもう嫌そうな顔をされるのであった。

温もりを求めて擦り寄れば、回されていた手がぽんぽんっと二回私の背を叩いた。
どうやら今日は甘やかしてくれる気分らしいので、嬉しくなって話掛ける。

「元気になったら、桜見に行きたい…ね、一緒に行こ?」
「このままだと、回復する頃には散ってるだろ」
「じゃあ、早く治すから…だから、いっぱいぎゅってして」
「分かったから、ちゃんと寝ろ」

望み通りぎゅうっと強まった腕の力に安心する。
ぽかぽかする、心も身体も。全部、全部。
えへへ…と表情を和ませれば、甚爾さんは呆れた顔をしながら、もう一度「寝ろ」と言ってきた。

ええ、寝ますとも。
沢山寝て元気になって、貴方と春をいくのだから。
そんな思いで私は元気になることを願って眠りについた。

そして、体調を崩してから数日後…こうして無事に桜を見に来れたのだった。


早々に花見に飽きた甚爾さんを横目に、私は甚爾さんに渡しておいたリュックサックからお弁当を取り出した。

テテーン!!
見よ、この可愛らしいお花柄のサンドイッチバスケットを!
ちなみに入っているのはおにぎりです。ワカメのふりかけおにぎりと、おかかのふりかけおにぎり。私、ワカメとおかか大好き。
そして、こっちのお弁当箱には卵焼きとウインナーと、レンコンのキンピラ、あとブロッコリーのマヨ醤油和えが入っております。
お野菜、タンパク質、炭水化物、全部取れる素晴らしいお弁当を用意しましたのは勿論この私、スーパーキュートガール真知ちゃんである。

朝早く起き、えっさほいさと料理をする私を見た恵くんといったら、そりゃあもう寝起きなのも相成ってひっどい顔だった。

「真知お前……ほんと、お前…」
「大丈夫、恵くんの分もあるよ!」
「違う、そうじゃねぇ」
「恵くんのウインナーは、特別にタコさんにしたからね〜」
「タコさんはいいから、お前のその親父贔屓何とかしろよ」

タコさんって言っちゃう恵くん超可愛かったな…。回想終了。

そんなこんなで無事に完成したお弁当を、私はこうして持って来たわけである。
やっぱりお花見にはお弁当だよね、むしろそれ以外に楽しみを感じない人も居るよね。例えば、隣の御仁とか。

パカッとお弁当箱の蓋を開き、私はこちらを興味津々な様子で見つめる甚爾さんに差し出した。

「ご飯だよ、お食べ〜」
「餌やりかよ、言い方考えろ」

文句を言いつつもしっかり一番大きなおにぎりを選び取った甚爾さんは、大きな口でガブリッと一気に半分くらいおにぎりを食べてしまった。
豪快、爽快、良い食べっぷりである。見ていて気持ちの良い食べっぷりは、作った側として嬉しい限りであった。

「こっちはおかずね、ちゃんと野菜も食べようね」
「肉が少ねぇ」
「良い子の甚爾くんは、文句言わずに食べられるかな〜?」
「……ちょっと良いな、今の」
「ロリコンが何か言ってる」
「四捨五入すりゃ合法だろ」

健全なお花見中に変な視線を向けるのやめて下さい、完璧に事案ですよ、通報されたらどうするんですか。

ニヤニヤしながら私の顔へ手を伸ばそうとする甚爾さんの指先を、ぺちりっと叩いて落としてやる。
全く、油断も隙もない。こんな所で人権チャレンジをしないで欲しい。

箸を取り出し甚爾さんの手に持たせ、私もおにぎりを手に取り食べ出す。
うん、普通に美味しいです。良い力加減で握られている。流石、天才創作者。

しっとりしたおにぎりはお米の甘さとふりかけの塩加減が丁度良く、ふりかけに入っているゴマのプチっとした歯触りも楽しい味わいだ。
卵焼きはふんわり甘めに仕上げており、箸休めに丁度良い。
パリッとしたウインナーは冷めても美味しく、レンコンのキンピラの甘じょっぱさは最高の塩梅。そして、ブロッコリーのマヨ醤油にはブラックペッパーが振ってあり、お弁当の中の良い刺激となっている。

甚爾さんは何か言うでもなく、次から次へとおかずとおにぎりを交互に食べていく。
何も言わないということは美味しい証拠だ。この人と長く居るので分かるが、甚爾さんは顔…とくに瞳に感情がよく表れる。
普段は大体「つまんねぇ」「ねみぃ」「腹減った」って感じで、たまに仄暗い目付きをしている時がある感じ。
でも楽しいことや良いことが起きると、瞳の中の鋭さがやや和らぐ。
今の彼はとても凪いた、穏やかな瞳をしている。その瞳を見ていると、私の心はふんわり春めいた色に染まる。


この人が幸せであれば良いなと思う。
別に私が幸せにしてあげよう、なんて大それたことは思わないけれど、この人の幸せに私が一瞬でも関われていたら私も幸せだ。

だから、今日という日が彼の心の何処かに残り続けてくれたら良いなと思った。 

「そういや、さっき売店あったぞ。アイス売ってた」
「じゃあ、帰りに食べてから帰りましょうか」
「なら、腹空くまでもう少しここに居ねぇとな」
「日向ぼっこしてたらすぐだよ、きっと」

甚爾さんに笑い掛ける。
そうすれば、彼も息を零すように笑い返してくれた。
嬉しくなって、お弁当箱を退けて距離をゼロにして座り直す。
フフフッと笑いながら甚爾さんにぐ〜〜っと体重を掛けてやれば、腰に手を回された。その手を掴み、自分の手と重ねる。ぴったり重なった手の大きさは全然違くて、けれどそれが何故だか凄く嬉しかった。違う人間だけれど共に在れる喜びが、私の胸を満たしていく。

甚爾さんが手と指を少しずつ動かす。
大きな手が私の手をギュッと包み込むように握った。その後、暫くしてから私の指と指の間に、甚爾さんの節のある長くて大きな指がモゾモゾと入り込んで絡まってくる。

ギュッと握れば、甚爾さんも力を少しだけ入れてくれた。
嬉しくて、幸せ。凄く心がポカポカする。

「この手で何人の女性を泣かせてきたんですかー?」

繋いだ手をユラユラ揺らしながら言ってやれば、甚爾さんは鼻で笑って「お前も泣かせてやろうか」と言った。

「私が泣いてたら一番に困る癖に」
「そりゃ…そうだろ」
「私もね、甚爾さんが辛いと苦しくなるよ。だから、なるだけ幸せでいてね」
「まあ、お前次第だな」

そうやって他人に人生の幸、不幸を任せっきりにするのはよろしく無いよ、と言ってやろうかとも思ったが、そうでもしなきゃ幸せを体感出来ない人なことは今更のこと過ぎて、私は笑って彼の願いを受け止めるだけにした。

彼が欠伸をするのにつられて、私もふわりと欠伸をする。
ポカポカした春の淡い陽気は眠くなる。
お弁当を食べたら、少し寝転んで昼寝をするのも悪くない。

一人じゃ不安で眠れないが、二人くっついていれば何処でだって温かな気持ちで眠れるだろう。

指を解き、手を離し、まだ残っていたおにぎりを一つ取って甚爾さんに差し出す。
バカッと傷跡のある口が大きく開いた。口元へおにぎりを持っていけば、彼はガブリと大きな一口で半分くらい一気に食べた。

うん、やはりこれは餌やりな気がする。ヤギの餌やり体験とかこんなだった記憶がある。

「甚爾さんは…黒ヤギ…」
「どうした、眠いか?」
「そうかもしれない…」
「じゃあ、寝るか」

私の手からおにぎりの残りを取って口に放り込んだ甚爾さんは、最後におかずの卵焼きとウインナーをそれぞれ口にしてからお弁当箱の蓋を閉じた。

「残りは起きたら食う」

言いながら、座る私の身体をひょいっと両手で持ち上げる。
そのまま腕の中に仕舞い込まれ、ゴロンとシートの上に横になった。
腕の中から見上げた甚爾さんの顔には憂いなど一つも無くて、快晴の空はイマイチ似合わないけれど、それでも何よりも誰よりも安心出来て幸せな気持ちになれた。

叶うならば、このままずっと二人で幸せに寝転んでいたい。
ずっとずっと、飽きることなく。いつまでも。

この人の側が一番安心するの。
どこよりも、だれよりも。




___




オマケ(恵視点)


真知の親父贔屓は小さな頃から変わらず、今もしっかりと続いている。

アイツがそんなに好きなのかともう何度質問したかは覚えていないが、毎回彼女は当たり前のように「もちろん、大切だよ」と、聖人君子の微笑みを持ってして答えを返す。
お世辞にも良い人間とは言えない奴をよくもまあ あれだけ慕い続けられるなと感心するが、どうにもあの二人の仲を邪魔してやろうという発想には今日に至るまで思うことは無かった。

体調を崩して寝込んでいる真知の部屋へ入って行こうとする親父を見て、「おい」と一応声を掛ける。
すると親父は、チラリと俺を色も温度も無い目で見てくる。

「アイツが許すからって、あんまり寄り掛かり過ぎんなよ」
「ガキが親に説教かよ」
「いつか手離してやれよ、ちゃんと」
「…うるせぇな」

こちらの話に聞く耳など持たず、親父は真知の部屋へと音を立てずに入って行った。

良く言えば相思相愛、事実を述べるなら酷く醜い依存。
真知は限りなく相手を許す。それは親父だけでなく、俺も、五条さんも、誰にでも。
だから止まり木のようにアイツの元へ帰りたくなる。そういう、魔性の気がある女だ。

いつか自由と本当の意味での幸せを見つけて欲しいと思うのは、幼馴染のエゴだろうか。
少なくとも、親父のことなどさっさと飽きて、他の人間を選んでくれとは思う。

親父に真知はあまりにも贅沢過ぎる。
だからといって、自分の姉に惚れるのもどうかとは思うけどな…。

mae ato
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