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というわけで、禪院真知による偽夏油ロリコン化計画は幕を開けたのだった。

と言っても彼等の様子はとくに変わりなく、偽夏油…もとい羂索は突然手に入った玩具を着せ替え人形として遊ぶ日々を送っている。
真知は見た目だけで言えば大層出来の良い外見をしているため、羂索は様々な洋服を買っては少女に着せて遊んでいた。
白いフリルのワンピース、スミレ色のブラウス、サロペットデニム、ベレー帽、白ジャージ、レースアップブーツにタッセルローファー、他にも色々。毎日今まで一度も着たことの無い服をあれこれ着させられている真知は、精神的に疲れ気味であった。

そんなわけで本日の真知のコーデは、海辺仕様の水着姿である。
白い肌に元気な黄色のワンピースタイプの水着は、若さも相俟ってフレッシュさ全開!
太陽の陽射しにも海の青さにも負けない元気いっぱいな可愛さを引き立たせるのは、フワフワロングのポニーテール(白いリボンを添えて)である。
晒された項は綺麗で健康的、爪の先まで完璧な海を楽しむ美少女の姿。
海辺の妖精ここに誕生、一夏の恋ならお任せあれ。(by.プロデュース羂索)


「いいね、やはり私達に足りなかったのはコレだよ。分かるかい?真人」
「いや、コレって言われても分かんないけど」

真知の肩に手を添えて真人の元へ見せびらかしに来た羂索は、改めて今日の真知を見て大きく頷いた。

良い出来栄えだ。
どうせ作品として仕上げるならば、やはり見た目にも拘るべきだろう。
元々の素材が良いのだ、活かさない手は無い。

羂索は簡単に言うと、真知に呪霊などを組み込みさらなる進化をさせたいわけである。
そのため、この小さく賢い弱そうな少女を素材として大事に愛でていたのであった。

「てか、夏油は何のためにこんなことしてんの?」
「私達の関係を見せびらかすために決まっているだろう」
「ああ、要は手出しすんなってこと?」
「それもあるね」

真人の言う言葉はその通りで、羂索は一癖も二癖もある特級呪霊達に誤って真知を殺されないために、こうして近い距離で仲が良さそうな素振りを見せ付けている。
当の本人である真知からすれば、知り合って日の浅い得体の知れぬ男(知人の顔はしているが…)に着せ替え人形にされた挙げ句、手を繋がれ肩を抱かれ側に置かれている現実は、理由が分かっていてもげんなりしてしまうものであった。

今も、両肩に乗ったやたらに冷たい手を妙に重く感じている。
生き物全般が好きな真知からしてみれば珍しい程に、彼女は羂索への警戒を緩めることをしなかった。

だが、しかし!
これはこれ、それはそれ。
疲れていても、真知はしっかりバッチリ年頃の女の子である。
甘い物が好きだし、可愛い物が大好き。
毎日甘やかされて守られて、可愛いお洋服と甘い物に囲まれていれば否が応にもハッピーな部分はあった。
なので今日の水着も正直に言うと嬉しかったし、真正面から「可愛い」「よく似合っている」「君のために選んだから、着てくれて嬉しい」なんて言われたら、表情筋は勝手に緩んでしまうのであった。哀れなり。

「じゃあ、私はやることがあるから行くけれど、良い子にしてるんだよ?」
「はーい」
「陀艮、真知をよろしく頼む」
「ぶぅー」

所用により羂索が陀艮の領域を離脱。
直後、真知は自分に出せる限界の速さでその場から走り出し、ちょっと遠くに居た陀艮にひっついた。

真知ちゃんの本音:残していくな!!!!

あっちにもこっちにもヤバすぎるサークルメンバーが勢揃いな状況下な海辺、真知が頼れる先は陀艮しかいなかった。
二人はとても仲が良い。理由は単純、真知が捕まえて育てたホヤは陀艮の海で産まれた海鮮物だったからだ。
つまりは、陀艮からしたら息子の娘のようなモノ。孫という認識は無いが、自分の一部から派生した存在であるとは薄く感じ取っていた。
なので、真知のことを陀艮は拒絶しない。むしろ、似たようなナニカとして良しとしている。

しかし、それは陀艮と真知に特殊な繋がりがあってこその話。
他の方々からすれば、突然やって来た小さくて、弱くて、人間臭い存在なんて仲良くしたい理由が無かった。

漏瑚は言わずもがな嫌悪感を剥き出しにしている。
貧弱で喧しく、その癖に存在の主張は一丁前にする人間の娘なんぞ目障りで仕方が無い。
花御は逆に大した感情が湧かない様子で、真知が何をしていても興味を示さない。
それは、例え漏瑚に焼かれそうになっていてもである。

そして、最も若い呪霊である真人はと言うと……


「真知〜〜?なあ〜〜んで、逃げるの〜〜〜?」
「あ、悪意が…!滲み出る悪意が凄い…!」
「いいから、お前の魂…ちょっと俺に見せてみな」
「うわああんッ!!乱暴にしちゃだめぇええッ!!!」

イジメっ子レベルMAX、秘密は暴露し晒すもの。
真人からの攻撃を躱すためにぶぅぶぅ鳴く陀艮を盾にしていた真知であったが、呆気なく捕まった挙げ句、魂の隅々まで覗き見されてしまった。


魂……それは人間がより良く生きるために生み出された概念であり、人の本質や記憶、精神や感情や意識を示した形無き物。あるのでもなく、ないのでもない。そんなモノ。


魂神精識(ごんじんしょうしき)。
常住不変の魂が存在するならば、それは輪廻すら飛び越える。

真人から見た真知の魂は正に常住不変に近く、不変腐敗の魂は例え世界を跨ごうと肉体を変えようと変わることなく有り続けていた。
それがどれ程異常なものかと言えば、魂の専門家とも言える真人が興味関心を抱き、こう述べる程。


「凄い、凄いよ、お前は。世界なんてとうの昔に通り越して、概念より先に進んじゃってる」

花が咲き、枯れればそこには土しか残らない。人間もそうだ、人間も…産まれて生きて死ねば、最後に残るのは骨だけだ。
けれどお前は違う。
お前は死んでも魂が残る。
肉体も世界も通り越して、魂が自由にあらゆる可能性に至るんだ。

「俺の言いたいこと、分かる?」


真人に心臓の真上を手のひらで触れられながら砂浜に推し倒された真知は、静かに彼の語る言葉を聞き終えた。

互いに視線は一切逸らさなかった。
真人は興味関心、可能性の追求と回答を求めたくて。真知はただ、目の前の対話に答えるために。そのために視線は互いの目から逸らさず思考を働かせ続ける。

思考が働く、思索が巡る。
智見、考思、想念、倫理、発想、追求。

哲学、省察、究明、観想、死性、前提。

想像、黙考、夢想、思料、認識、思潮。

信教、仏法、宗門、教理、教義、教条。

あらゆる知を活かし、持てる限りの知識を総動員させ、戦略的思考と分析的思考を同時に働かせる。
でなければ、真知はこの問題に間違えた時点で気紛れに殺される可能性があったからだ。

知恵を絞る。真人から与えられた言葉をヒントに、限りなく真実に近い可能性を探り当て、それをさらに考察し、やがて一つの答えに行き当たる。

凡そ十数秒、真知は口を閉ざした後に自ら得た解答をぽつりと語った。
 

「正定聚(しょうじょうじゅ)・不退転(ふたいてん)」


仏教の教えの一つ。
ある境地の一つを指す言葉。

言ってから呪霊に仏教が通じるかと思ったが、しかし、真人は過不足無く真知の表そうとする概念を汲み取り笑みを深めてみせる。

「そう、浄土へ往生することが決定付けられ、いずれ悟りを開き仏になる聖者の魂。それに近いのが、お前の魂」

ゆるりと上がった真人の口角は、自分の言葉を正確に汲み取り上げた者への称賛の証だった。
一旦正解を探り出せた真知は、さらに考察と解答を語る。

「私に起きる不可解な現象は、そこに至るための旅路ということ…ですか?」
「その通り、お前は成るべき者に成るために…そのためにここへ来たんだよ、きっと」

真人の手が真知の心臓の上から離れていく。
真知はその手をチラリと見ながら、一気に働かせたせいでヒート寸前の脳内を整理するために少しばかり思考を休ませながら、言葉の整理をした。

正定聚。
それは仏になれることが正まさしく定まっている者のこと。もしくは、その境地に在ることを言う。
不退転。
それは仏になるための修行の道筋を後戻りしないこと。

真知はここで自分は最初から後戻りをするつもりは無かったのだと、己の在り方を一つ知る。
何故だろうかと考えたが、理由はすぐに察せた。戻る場所など無いからだ。

自分にあるのは今の肉体と、数多の骨のみ。
そして骨とは死した者が最期に娑婆に残すもの。

自分は死した者が残した骨に陽を照らし、共に浄土へ旅立たんとする。

即ち、最も近い概念で表すならば『御使い』
天から使命を与えられ、天によってその身を縛られ、しかして魂だけは自由を得て使命を果たすための道を歩む者。

自分はきっと救うべきモノが何処かにあるからこそ、ここへと辿り着いたのだ。

結論付け、一度目を閉じる。
人間に住処を追われたクジラのように、真知の安住の地は目を閉じた先にある暗闇の中にしか今は無かった。
大切な体温に包まれ眠る陽だまりの世界は、今はあまりにも遠かった。


そんな真知を真人が笑う。
目を開けた真知は哀愁や郷愁を内に仕舞い込み、ただ賢さを携えた眼差しだけで笑う呪いを見つめた。

「いいよ、真知」

スルリ。
呪いの手が冷たい瞳をした真知の髪を柔く梳き、髪に絡まった砂粒を払う。
その手付きは嫌に優しく、尊ぶ素振りすら伺えた。
彼は言う。期待と興味、それから憐憫を持ってして。

「俺が夏油から守ってあげる。ちゃんと導いてあげる。俺はお前が何処に辿り着くのかを見たいんだ」

だから見せて、全部見せて。
そう言って、真人は真知の上からゆっくりと退くと甘い笑みを深めた。


「素敵なお姫様になってね、真知。そしたら、お前の魂で人間共を終わらせてよ」

全部骨にして、陽で消し去って。
この世界も、海に沈めてしまえよ。

mae ato
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