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目の前で起きている状況を理解するために目頭を揉んだり、数秒目を閉じたりしてみたが、何回見ても状況が理解出来ない俺はただただその光景を眺めていた。


「真知ちゃん…!!誰!?何!?あの男!!!俺と会わない間に一体何人の男を誑かしたの!!駄目でしょ!勝手にフラグ立てちゃ!!」
「あれは、とうじさん。わたしのあたらしいかぞく。あっちはめぐみくん、わたしの…わたしの、なんか」
「家族!?家族ってナニ!??真知ちゃんには俺という同じ孤独を分け合った特別な男が居るでしょ!!?」
「き、きおくにございません……」


悪徳政治家のようなことを言っている幼女…真知を見て、俺は隣で同じく状況を見守っている息子へと視線を移した。
どうやらお互いこの状況を理解出来ていないらしく、きっと今俺はこんな顔をしているんだろうな、というような表情を息子はしていた。

禪院真知は賢い子供だった。
賢すぎるがゆえに、彼女には味方が少なかった。
俺が出て行った実家の在り方に五歳の年齢でギブアップを訴え、家に帰るくらいならば高専を頼ると言い出した真知は、俺を捨て置こうとした。
だが、結局考えを改め…今に至る。

考えを改めた結果、何故か俺も一緒に五条悟と接触してしまった。
何故こうなったのか思い返すも、上手い具合に乗せられたとしか言えない。
このガキ、本当に口が上手い。

そして、五条の坊と会ったらこうなった。

「真知ちゃん…コイツに誘拐されてたんでしょ?どうやって誑かされたのかは知らないけど、真知ちゃんのその感情ってストックホルム症候群ってやつだからさぁ…ね?一回正気に戻ろ?」
「正気じゃねぇのはお前だろ」
「あ"!?」

一体何処で知り合えばこうなるのか疑問しか無いが、高専付近の街にある公園で再会した真知と五条の坊は、主に五条の坊が再会を喜びはしゃいでいる状態だった。
というか、真知の方は俺達と同じように状況を正しく掴めていないみたいだった。コイツにしては珍しいと思う。それくらい、五条の坊は一人で勝手にはしゃいでいた。

確かにコイツは俺が誘拐した。だが、誑かしたのはどちらかと言えばガキの方だった。
ジワジワと真綿で首を締めるように、もしくは中毒性のある薬を少しずつ少しずつ与えられたみたいに、気付いたら自分でもどうしようも無くなっていたのだから、俺に責任があるわけじゃ無いはずだ。
いっそのこと、あの時売っちまった方が良かったのかもしれないと後悔しても後の祭りで、俺は結局こうして真知の出方を伺いながら待つしか出来ない。

猫っ毛の髪がふわりと風に靡くのを見つめていれば、視線に気付いたらしい真知はこちらを振り返り、俺達の姿を確かめたあとまた五条悟と向き合った。

「ごじょーさん、わたし…おうちにもどりたくないの、たすけて?」
「やだ、悟くんって呼んで」
「さとるくんだいすき、わたしをたすけて」
「……………やば…これは攫うわ……」

それはもう愛くるしく、精一杯の可愛い顔をして助けを求めた真知に、五条悟は何らかの扉を開いたらしい。
五条悟が"ガチ"の一言に尽きる目の色になったのを見た瞬間、俺は迷わず真知を抱き上げ息子共々自分の後ろに隠した。

瞬間、空気が一気に変わる。
今までの嫌にはしゃいだ雰囲気から一転、五条悟は一度息を深く吐き出したと思えば、俺にキッツイ視線を向けてきた。

これ、絶対面倒クセェことになる。百十円賭けても良い。

「おい、そこ退け犯罪者」
「犯罪者予備軍が何言ってんだ、大人しく帰っとけ」
「は?俺はまだ何もしてないし、そもそも真知ちゃんから助けを求められたのは俺なんだけど?ていうか?俺と真知ちゃんは同じ痛みを知る特別な仲だから、他の奴が割り込む余地とか無ぇんだけど?」
「だから何だよ」

マジで何だよ。

対抗するのも馬鹿らしいのでそれ以上何も言わなかったが、逆にそれが良く無かったのか五条悟は「余裕ぶってんじゃねぇ!犯罪者!!」と叫んだ。
いや、どう考えてもお前よりは健全な思考してるわ。

何と言うべきか迷う。
その間もキャンキャンと犬のように吠え続ける男に、とうとう痺れを切らしたらしい真知は俺の後ろから飛び出ると「ほえちゃだめ、わかった?」と落ち着いた様子で言った。完璧な犬扱いに、若干笑いが込み上げる。

「だって、だってソイツがさあ…!」
「それより、さとるくんっておかねある?」
「なに?幾ら欲しいの?銀行まで走ってくるけど」
「さいていでも、さんぜんまん」

突然金を要求したかと思えば、幼女が小さな指を三つ立てて言った金額に、俺達は同時に黙り込んだ。

さんぜんまん、三千万………マジか、コイツ。
まさか五条悟に金を借りようと言うのか。

一ヶ月以上前の話を思い出す…真知は俺の話を聞き、恵を自分が買い取ると言い出した。あの時はどうせガキの戯言だと思っていたが、どうやら本気だったらしい。
真知は本気で恵を買い取り、禪院家に渡さないつもりだ。
そのために必要な金をここで工面する。

いや、まさか…もしかして。
俺はこの時になってやっと、コイツが何故五条悟と接触しようとしているのか、そして俺を連れて来たのかが分かった。

コイツは初めから五条悟に何かしらの工面をして貰い、恵を買い取る気でいたのだ。
高専に下るのはそれが一番手っ取り早いから。五条悟と交渉が上手く行かなくても、高専ならば任務を受ければ金が手に入る。そのうえ、立場も保証される。
だが俺があの時止めたから、こうして交渉方法を変えて正面切って全員で顔を合わせることになった。

視線を下にやれば、真知は確かな知性と譲らない意志を持った瞳で前を向いていた。
きっと、コイツは将来大変な女になるなと、背筋がゾクリとした。

「それは、あー…真知ちゃんのお家が提示してる、真知ちゃんを見つけたら貰える金のこと言ってる?」
「いや、ちがう。それはまた、じぶんでこうしょうしにいく」
「じゃあ何?何で三千万?」
「ぜんいんけが、めぐみくんをほしがってるから…さきにわたしが、かうことにしたの」

さんぜんまんで。

そう言って俺の方を手のひらで差し示し、「で、このひとにはらう」とさらに追加して言った。
この時点で俺は、もう何も言う気は無かった。

「は?なに?その犯罪者、息子を地獄に売り飛ばす気で居たワケ?」
「そうだよ」
「………真知ちゃん、俺と一緒に暮らそう。幸せにするから」
「しあわせになるだけが、じんせいじゃないので」
「え…断られた…?」

五条の誘いを断り、真知はその小さな手で俺の手を掴んで握った。柔く握り返せば、同じように握り返してくる指先に何かを感じ取る。
その何かに、酷く安心しそうになる自分が確かに心の隅に居た。

「かぞくがいちばん」

恵の方を向き、別の方の手を伸ばす。
二人の子供達は互いに小さく頼りのない手を繋ぎ合い、顔を合わせて瞳で何かを伝え合っていた。

「真知ちゃん…本当にソイツのために借金すんの?俺のとこ来たら、借金せずに済むよ?」
「おなじこうやなら、たのしんであるけるほうをえらびたいから」
「はぁーーーー………」

顔に手を当て大きな溜め息を吐いた五条は、「フラれたの初めてなんだけど…」と言いながら肩を落とした。

同じ荒野なら、楽しんで歩ける方を選びたい。

賢いコイツは何処まで先を見据えて生きているのか。何を考えて、俺を選んだのか。賢さと程遠い人生ばかりを歩んで来た俺には分からない。
ただ、確かにコイツの歩く道は楽しい物なのだろう。そこだけは、何となく分かる気がした。


こうして、禪院真知は五条悟から大金を借り、ついでに後ろ盾も得た。
後日、高専とも話し合いを済ませた彼女は、将来的に高専に行くことを約束に彼等との協力関係も築き上げた。

トントン拍子に話は進み、残すは実家との話し合いだけとなる。

彼女曰く、「いつだって、せいぞんきょうそうはかしこいものがかつしくみなのよ」とのこと。
俺はその言葉を信じ、京都に戻って行く頼りなく小さな背中をただ見送るのだった。

mae ato
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