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聞かれたことを答えただけなのに、どうやらそれはあまり彼等にとっては良いことでは無かったようで、私は現在彼等の「先輩」である個体にして私を排出した男、夏油傑の膝に乗せられ頭を撫でられていた。彼の自室で。

先の会話の後、授業を受け、休み時間が来たと同時に灰原雄によって手を繋がれ、七海師匠も同行し連れて行かれた先は夏油傑の部屋であった。
彼等はそこで、会話の内容を話すと、何やら私にはよく分からない事を話してから、私を部屋に置き去りにして出て行ってしまった。

そして、彼等が出て行った後に夏油傑が「おいで」と言ったので、命じられた通りに側に行けば膝の上へと座らせられ、頭を撫でられた。

流石の私でもこれは分かる。
きっと、気を使われてしまったのだと。
私にとっては当たり前で慣れ親しんだ文化で、製造される前から決められていた任務内容だったけれど、彼等からしたらショッキングなことだったのかもしれない。
今度から自分の話についてする時は内容を選ばなくては、と反省する。

「解体なんてさせないよ」

私が黙って反省していると、頭を撫でる手を止めた夏油傑がそう言った。
何故そんなことを言うのだろう、解体されることは任務遂行に必要なことで、我々は謂わばこの体内にある卵子を保護するための移動型シェルターのような物なのに。

「解体しなくては取り出せません」
「取り出さなくていいよ」
「任務が遂行出来ません」
「遂行しなくていいよ」

笑顔で言い切る彼に、私はたじろぐ。

「でも……私、そのために…」
「君はただ、私の側で息をしていてくれたらそれでいいんだ」
「………でも、」
「私は人類だよ、人類種からの命令に従えない?」

有無を言わせぬ笑みと物言いに、何も言えなくなる。
見上げていた顔をうつむかせ、口を接ぐんだ。

私は人類種の命令は聞くけれど、貴方は私の世界の人類種では無いのに。
けれど、私をあの宇宙から救い出してくれたのは紛れもなく夏油傑で、誰にも何処にも届かないはずの声を拾ってくれたのもこの人なのだ。

なんとなく、理屈は分からないが………逆らえないと感じた。
だから私は黙ったまま、首を縦に振った。

「良い子だね、でも心配だから縛りも結んでおこうか」
「しばり…?首輪でも着けるのですか?」
「それもいいね、でも今回は別の方にしよう」

小指を出して、と言われたので小指を出す。そうすれば、私の小指に夏油傑の小指がからめられ、ぎゅっと力を加えられた。
その意味も知らないままに、私は彼の言葉を聞く。

「解体してくれと求めないって約束、出来るね?」
「……はい」

人類種に従うのは当たり前のこと。
人類種が解体を求めないならば、仕方無い。
モヤモヤとした気持ちはあったが、自分の中でなんとか無理矢理結論付け、離された小指を不思議な心地で眺めた。

「夏油傑さん」
「傑でいいよ」
「傑さん……あの、私………」

そこまで言って、その続きを言うのを躊躇ってしまった。
私は人類のことをよく知らない。
私は人類と似た容姿をしているが、人類では無い。
だけど、似た姿形をした者の側に居ることは、どうしてこんなに心地良いのか。

私、貴方の元に吐き出されて良かった。
今すごく、安心しているの。

製造されてからすぐに宇宙に出された。
狭い狭い宇宙船の中で、乙女座銀河団を調べるためだけに生きてきた。
長い孤独との戦いだった、声の出し方を忘れないために毎日意味が無いと分かっていながら通信を飛ばし続けた。

この宇宙には最早、我々を必要とする存在も、人類種が芽吹くための土壌も無いことなど分かっていた。
それでも、この使命すら手離してしまったら私には何も無くなってしまう。
孤独と、無限に広がる闇と、いつか訪れる死だけを抱えて生きねばならなくなる。

それが怖くてひたすら祈っていた。
いや、違うかもしれない。
私は何処かで、あの星々が浮かぶ広大な宇宙を呪っていたのかもしれない。

あの宇宙から救われた先が貴方の元で良かった。
だってきっと貴方なら、もしも私が宇宙を呪う怪物になった時、食べてくれるでしょう。

解体せずに、別の価値を見出だしてくれるでしょう。
量産型の私に。
もう人類種にとっては何の価値も無い私に。


「どうしたんだい?」

問い掛けられたが、何も言えず口を閉じた。
でも何だか無性にそうしたくて、私は膝の上で体勢をゴソゴソ変えて向かい合わせになり、自分の身体よりもずっと大きな身体にするりと身を寄せた。
温かくて硬い、皮膚の向こうから血液の流れる音が聞こえる。
瞳を瞑れば宇宙と同じ暗闇が広がっているけれど、寂しくない、怖くない。

安堵に身を緩めていると、私の身体を覆うように腕が回されぎゅっとされた。

遠くでチャイムが鳴ったのは聞こえたが、許されるならばもう少しだけこうしていたい。
もう少しだけ、ほんのちょっとで良いからこの人に包まれていたい。

「もうちょっと、こうしててもいいですか?」
「今日一日こうしてようか」
「流石にそれは……」
「じゃあこのまま一眠りしよう、起きたらおわり」

私を抱き締めた状態で、そのまま夏油傑は身を横にした。
ボフッと身体がマットレスに沈み、衝撃に目を瞑っていればふんわりと布団がかけられ、もう一度ムギュッと抱き直された。

これ、知ってる。
抱き枕というやつだ。

気付いた時には既に遅く、彼は一言「おやすみ」と言った側から寝息を立て始めた。

…私は昨日の夜9時半に就寝し、朝5時に起きた。つまりはしっかり8時間以上睡眠を取っている。だから全く、これっぽっちも睡魔は無い。
それに授業がある。
あと思いのほか腕が重い。
どうしよう、どうしよう……。

しかし残念なことに、抜け出せそうにも無いので、一応形だけでもと目を閉じ、暫くの間黙ってじっとしてみることにした。

……………

……………

…………………


暇だ。
もう少しだけくっついていたいとは思ったが、もう十分だ。
よし、眠っているか確認しよう。眠っていたら腕を押し退けて部屋から待避しよう。

寝てるかな?大丈夫かな?チラリ、うすーく片眼を開く。


「ピッ」


開いた視界に飛び込んできた、予想とは違う光景に思わず変な声が出た。

夏油傑、思い切り目を開いてこちらを見ている。

それもただ見ているのでは無い。何だか妙に慈愛の籠った眼差しをしている、こ…怖い………何故そんな顔で私を眺めているのか、全く理由が思い付かない。
得体の知れぬ慈愛に私は身をプルプルと震わせながら、グニグニと身体を捩り彼から身を離そうとする。
だがしかし、そうはさせまいと暖かな笑みを深めた夏油傑は腕に力を込めて抱き込んで来た。
背中をポンポンと叩かれる。
な、何これ………何ですかこれは、七海師匠教えて下さい、この男は何故男なのに母親の真似事をしているのですか?
それとも、男では無く女だったのですか?
確かに言われてみれば…胸が大きくて包容力がある……この人は何かの母親なのか?

ああ、人類とはなんとも、奥が深い生き物だ……。



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